INTERMISSION18 獅子奮迅の益荒男たち
雷が走り抜ける。
空間を断つ黄金の光は、斬撃の線。
速さを突き詰めたそれは、常人の目には重なり合い、波濤となって見えただろう。
『両 断 失 礼』
「そうやすやすと!」
この場にいるは、剣客一人と一体。
既に速度は人類の上限値を破って久しい。動きの余波で大気が捻じれ、弾け飛ぶ。
足の一歩。身体の一挙一動。傍に誰もいないのをこれ幸いとばかり、両者全開で加速していた。
『雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄ッ!!』
ロイ・ミリオンアークはまさしく疾風迅雷の如く。
しかしそれよりも驚くべきは、『雷撃皇帝』の轟雷である。
巨人の図体には見合わぬ超音速の挙動。剣と魔法の世界にあっても、速度×質量=破壊力の式は不変。即ち、単なる斬撃と侮れば刹那に砕かれるだろう。
(この巨体でこれだけの速度! 明らかに──上位存在として、独自のルールの下に活動している!)
例えるならば、自分だけ異なるレギュレーションで動いているような反則技。
誰もが六面ダイスでの勝負に興じる中、百以上の出目しかないダイスを振っているようなものだ。
振りかざされる大剣。来る、と思った時には、もう振り抜かれている。
(想像の数倍速いッ! 見てから避けていては間に合わない!)
横一線に迸る雷撃を、天地逆さの姿勢で飛び越えながらロイは見ていた。
ほんのわずかな予兆を見逃さず、敵の攻撃を把握し、常に先の一手を取り続ける。言うは易いが、それをこれだけの精度で行える者はそうはいないだろう。
(見え、ない! 感じ取れもしない! ただ──分かる! 理屈も理論もいらない! 僕は、俺はこの上位存在の攻勢を捌けているッ!)
過程を把握はできない。だが結果として、十数秒にわたる超音速の攻防の果て、ロイ・ミリオンアークは五体満足で生存せしめている。ならば道理など不要。
ただ身体の動くままに任せる。ある種の無念無想に等しいそれこそが最適解。
『疾走之風の如く、然らば──王の息吹に迫らんとするか──!』
(……?)
もはや雑念など剣に入りようもない。入りようがないというのは、ロイの脳裏に戦闘と異なる意識が芽生えても、それが剣筋を曇らせないことを意味する。
だから、巨人の斬撃が秒間十数撃放たれるのを避けつつも、彼の思考は戦闘とは異なる別の軸へとスライドしていた。
(王の息吹と言った。知る限り、その言葉は……大陸が戦乱に二分されていた、建国以前の時代に残るものだ)
天井を地面のように蹴り、三次元のルートでロイの身体が躍動する。
斬撃を避け、潜り、逸らし、機を伺いながらも思考を回す。
(僕はマリアンヌほど博識じゃないけど、流石に知っている。建国の英雄が現れるよりもずっと前。禁呪が七つ揃うよりも前。今はもうない、ある国の王が用いたといわれる神罰に等しい偉業)
無論、はるか昔の記録である以上、どこからどこまでが真実なのかはわからない。
少なくとも、情報を拾っていけば、恐らくそれは広範囲殲滅魔法の類だろうと推測できた。
ちなみにマリアンヌは建国の過程とかマジで興味がないので、当然ながら王の息吹とかマジで知らない。
(記録を有しているのか? 上位存在の成り立ちについて、根本的なところはまだ明かされていない。しかし時空を超越して存在するのなら、建国時期に出現していた可能性もある!)
ロイは空中を舞いながら視線を鋭くした。
鷹の目が戦場を見抜く。開けた空間を把握し、瞬時に演算をスタートさせる。
(いや、それは関係ない! 僕が考えるべきはそこじゃない、この戦いにどうやって勝利するかだ!)
度重なる斬撃。それらを掻い潜り、飛び越え。
ロイは視線の先に上位存在の姿を常に捉えていた。
(防御は固くない! これが人間なら即座に殺せ、る、が……! 上位存在相手に、素直に攻めていいのか……!?)
飛び散る余波で、広場の壁は全方位が削れている。
地面に手をついて飛び跳ねた時、明確に広場が広がっていることにロイは気づいていた。
(……ッ!? まずい、長期戦になると他の上位存在の空間とつながって、混戦になるかもしれない!)
そもそもこれは前座に過ぎない。余力を残しつつ最速で仕留めるのは大前提だ。
縦横無尽に空間を走りながら、確実なタイミングを狙いすます。
雷撃皇帝の剣筋は決して大振りではない。だが幾十もの交錯を経て、ロイは微かなクセらしきものを見抜いていた。
(間違いなく、ただ振るっているだけじゃない。これは何かの型を元にした攻撃だ! 十二連撃のつなぎ目がある!)
大上段からの振り下ろしを起点として、斬撃が迸ること十二回。そこで一呼吸を挟みつつ、状況に応じて起点を変えつつ再度十二サイクルを始めている。
絶え間ないように見えて、サイクルごとの切り替えには、他のつなぎ目より微かなスキがあった。
『反 転 落 雷』
「そこだ! もらったッ────!」
乾坤一擲。
自身を投げ出すように、相手の攻撃へと飛び込んだ。恐れはない。すり抜けるようにして、雷の合間を縫う。雷撃皇帝が驚愕らしき反応を見せた。だがもう遅い。
狙い過たず、ロイの放った一撃が、雷撃皇帝の頭部へと吸い込まれた。
肌を絶対零度の冷気が舐める。
悪寒と混ざり合うそれに、全身の神経がぐちゃぐちゃになっていくのを感じた。
(この野郎! 冷気が単純な温度低下以上の何かになってやがる!)
物理学に則った温度変化ではない。
明らかに、上位存在特有の、世界を運営する法則からは外れた独自のルール。
自身の体温を維持するための魔法を初動で打っていなければ──おそらく、ユートは既に氷漬けになっていただろう。
(外部へ押し付けるほどではないはず、ってのには俺も同意したが……! これでまだ、その領域には至ってないってのかよ!?)
驚愕は正しく、しかし不足していた。
まさしく上位存在『氷結領域』は、神々が便宜上呼ぶところの神域権能保持者へは至っていない。
自分の外側へ、自分のルールを押し付けるまでには至らず。
故にこの冷気は明確な攻撃行動なのだ。
「クソッ────」
数度火属性攻撃魔法を撃ち込むも、全ては凍てついて転がっている。
炎が氷を解かすという自然現象は、今この場に限っては反転していた。マリアンヌですら覆すことは難しいと断じた相性を、氷結領域は当たり前のようにひっくり返している。
「いいや! 決定的じゃねえだろ、まだ!」
追い込まれているからこそ。
ユートは大声を上げて、自分を鼓舞した。
「本当に圧倒的なら、二節詠唱の防御なんかでここまで耐えられはしねえ! つまりは、まだひっくり返せる──!」
大回りに広間を走り抜ける。彼の後を追うようにして地面が凍っていく。
それを確認して、やはりなとユートは笑みを浮かべた。無作為な全方位冷気では仕留め切れていないのだ。
(だったら! 最初に炎の攻撃を凍り付かせたのも、自分に対して指向性を向けた防御行動だったと考えるべきだ! そうして考えていくと──うおっ!?)
足が氷の上を滑り、転びそうになる。
慌てて両足に纏わせていた魔力を炸裂させ、急増のブースターとして身体を跳ね上げさせる。
余波に踏みしめていた氷の地面が焦げる。とっさの判断としては間違いなく正解だった。何とか冷気から逃げきって、ユートは安堵し。
「……ッ!?」
今の一連の流れ。明らかにおかしなポイントがあった。
炎のブースターで、迫りくる冷気を振り切った。それはいい。だが確かに、詠唱すらさせていない、単なる魔力放出で地面は焦げている。
『Ah────────』
氷結領域が唄う。死の金切り声を上げ、今度こその絶死をもたらさんとする。
バッと振り返り、ユートは静かに息を吸った。
「十字架を溶かす熱、地の下を這う焔蛇」
五節に及ぶ詠唱は、パッと魔力が光と散るだけ。
氷結領域はその行為に意味を見出さない。可視化されていない攻撃。ならば対応する必要など──
「いけよッ、『蛇行焔扇散』!!」
五節詠唱火属性魔法、『蛇行焔扇散』。
その特徴は名前の通り、詠唱する際のトーンやテンポの調整だけで、自在に攻撃の角度・タイミングを変更できることにある。
だから。
ユートの足元を起点として、全方向の地中へマグマの糸を張り巡らせるなど、造作もない!
『Ah────!?』
「お前が意図的に炎にぶつけようとした冷気以外なら、俺の炎で対抗できる! それは、あらかじめ氷漬けになってたこの空間だって例外じゃねえだろッ!」
勢いよく右手が振り上げられると同時。
スケートリンクのように凍っていた広場が、一気に砕け散った。氷が瞬時に蒸発する。大地が砕け散り、氷結領域が足場を失って落下していく。広間は砕け、さらに一つ下の空間へと転落していた。
空間を一瞬で覆い尽くした水蒸気。それに身を隠して、ユートは詠唱を開始していた。
────星よ震えろ、天よざわめけ、地に我在るが故
────奮起せよ、打倒せよ、勇み、出動せよ
────愛、群青、満開、微笑み
────数多の罪業を踏破した果て、新世界をここに切り拓かんッ!
────未来を志す者よ、不屈であれ
十三節詠唱完了。
全身にマグマの鎧を纏い、最後には頭部を覆う赤黒いヘルムが着装され──ここに形態移行は完成した。
「完全解号──虚鎧灰燼・灼焔」
ただそこにあるだけで、彼を起点として一帯の氷が焼け焦げていく。
融けるのではなく焦げるというのが、やはり氷結領域が既存の物理法則から逸脱した存在という証左になる。
「よし。これなら条件は五分ってとこだろ──」
そう言った瞬間。
ユートの背筋を悪寒が走った。戦場においてそれを感じ取れるかどうかは生死に直結する、すなわち死神の鎌。
『真 打 見 参』
「なッ────!?」
その場で両腕をクロスさせて、とっさに構えた。
真正面大上段! ユートの後方からとびかかってきたのは、巨剣を握った、巨大な雷撃の騎士!
『背 討 御 免』
初撃こそ防いだ、が、続けざまの弐の太刀が既に目で追いきれない。
「お、おおおおおおっ!?」
後ろに氷結領域、眼前に雷撃皇帝。
二体の上位存在に挟まれた状態。さすがに手に負えるわけがない。
(こいつが、『雷撃皇帝』か!? ならロイは!? ロイの野郎は無事か……!?)
必死に斬撃を捌く。いいや捌き切れてはいないのだが、マグマの鎧のおかげでまだ致命傷には至っていない。
視線を巡らせる。隣り合っていたと思われる、ロイと雷撃皇帝が争っていた広間も、同じように地面が崩れ落ちてきていた。どうやら上の層で三方向に分かれていた場所は、下層では一つの大きな空間としてまとまっているらしい。
だから目を凝らせば、確かにいた。雷撃皇帝の後方で、頭から血を流し、呻きながらも立ち上がるロイの姿があった。
サッと血の気が引いた────まさか、まさか。
(俺、が、邪魔しちまったのか……ッ!?)
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