INTERMISSION16 それぞれの開幕(前編)
「────ではお先に」
三方向へ延びる道を、一瞥しただけ。
マリアンヌは真っすぐに、最もおぞましい気配の漂う道を選んで進んでいった。
「……改めて。すげえ女だよな」
「うん。さっきは言わなかったけど、君のあこがれは僕も共通して持ってるさ」
男子二名は、光に背中を向けて闇を見つめていた。
自分の影が暗がりに飲まれている。ごくりと唾をのんだ音は、どちらのものだったか。
『それでは走りながらよーく聞きなさい! 『令嬢未満でも殺れる! 上位存在の殺し方講座』の時間ですわ!』
『令嬢未満って何だい!?』
ロイとユートは、同時に、ここへ来る過程でマリアンヌが話していた対策を想起した。
彼女は山へ向けて疾走しながら、魔力の光を使って簡単な図解を示していた。
『この人間三名をわたくしたち、丸を上位存在とします』
『俺たちもう死んでね? 首があり得ない方向に曲がってるんだけど』
『次余計な口を挟んだら本当に曲げますわよ』
『悪かった。今のは完全に俺が馬鹿だった』
上位存在の情報を得たマリアンヌに比べて、ロイもユートも情報の全貌を覚えることはできていない。
瞬時に敵の情報を暗記した令嬢は、涼しい声で勝ち筋を語った。
『五体まとめて相手取るなんて馬鹿げた話です。しかし付け入るスキはありますわ。恐らくこれらの個体は、独自の理の中に生きています。しかし……その理を外側に展開するまでには至っていない、と読めます』
『何故だ?』
ユートの質問に、悪役令嬢は明瞭に答える。
『もしも外部へ法則を展開できる個体を、五体同時召喚したらどうなりますか』
『……ッ。なるほど、互いに潰し合ってしまうね』
確かに、自分たちの想像する最悪の展開──すなわち敵兵が全員不死になるようなケースは考えにくいだろう。
「ロイ、行けるか?」
びくんと、肩が意図せず跳ねた。ロイは苦い表情で面を上げる。
マリアンヌは同時に、誰が何を相手取るかまで指定している。
『ユートは『氷結領域』を。相性は絶大のはずです。わたくしは『暗中蠢虫』を。そしてロイは……『雷撃皇帝』を、それぞれ倒しましょう』
「……僕は雷撃を司る上位存在と、同じ土俵の上で戦わなきゃいけない……」
「そうなるな。自信ないのか?」
「ないよ」
思わぬ断言に、ユートは目を丸くした。
「自信なんて……持ったことがない。彼女ならもっとうまくやった。彼女ならもっと早くやった。そう考え続けるだけで、自分がいかに劣っているかがよく分かる」
だけど、と彼は言葉をつなげた。
「君が自分にできることを探すように……僕だって、僕にできることを見つけるだけだ」
バチリ、と前髪が紫電を散らして揺れた。
それきり男二人は、顔を見合わせることもなく。
ただ静かに頷いて、別の道を進んでいった────
足音が止まる。
暗闇を進んだ先、開けた場所に到達して、ユートは静かに息を吐いた。
「……思ってたよりは大きくねえな」
氷の彫刻だった。
広場に足を踏み入れた瞬間、息が白く染まった。氷点下の世界。ユートは身体に魔力を通し、二節詠唱で自分の身体を冷気から守る。
「積極的には仕掛けてこねえか。マリアンヌの言ってた通りだな」
上位存在『氷結領域』は、本体が大きく動くことはほぼない。
動くまでもなく、敵対者は氷漬けになるからだ。
仮にルールが外部へ展開されたなら、おそらく一帯の熱量を一方的に奪うような内容になるだろうとマリアンヌは示唆していた。
「なら話は早ぇ! 焔纏いし矢、十字架を溶かす熱──!!」
即座に詠唱をスタートさせ、ユートは氷の彫像に向けて炎の弾丸を放った。
かつてリンディが多用した単節詠唱の上位互換。こと火属性魔法に関して、ユートに並ぶ者はそういない。実際には詠唱数を三つほど足して平均値になるほど圧縮された威力が解放される。
しかし。
『Ah────』
彫像の口がパカリと開き、圧縮魔力を織り込んだ、甲高い声が響き渡った。
とっさにユートは両手で耳をふさぎ後ろへ飛び退く。優れた戦士であるが故の判断だ。
効果範囲は不明だが、どうにか身体への影響は避けられた。慌ててユートは状況を確認して、愕然とした。
「……炎が、凍っただと……!?」
彼と彫像の中間地点。
そこには、ユートの放った炎が、氷漬けになって転がっていた。
絶大な相性差は反転し──絶望的な戦いが始まる。
一方、ユートの隣の道を進んでいったロイは。
同様に開けた地点へとたどり着き、しかし困惑していた。
(誰も、いない?)
時折水滴の滴る音が響く以外には、自分の呼吸音しか聞こえない。
顕現前に間に合ったのか、という楽観的な予測は、しかし確かに感じる威圧感が否定する。
(既にいるのか? 僕が観測できていないだけ?)
疑念はすぐに晴れた。
空間がひずみ、バチバチと雷撃を散らして、黄金の光が顕現する。
「────────」
間違いなく上位存在。
だがその姿を見て、ロイは息をのんだ。
「……騎士?」
ロイが相手取る『雷撃皇帝』に関して、マリアンヌは砲撃戦を展開してくるだろうと言っていた。
だというのに、これはなんだ。
雷撃がヒトガタを象っていた。
輪郭こそ常に雷が弾け不定形だが、確かにそれは──むしろ、電撃の鎧を纏ったと言われた方が自然なほど──四肢を持った、背丈五メートルほどの巨大な騎士だった。
「……ッ!! 雷霆来たりて、邪悪を浄滅せん!」
即座に抜刀し身構えるロイを見て。
雷撃皇帝の右手。そこに迸るのは、見間違えようもない──固形化され確かに像を結んだ、ロングソード。
大剣を振りかざし、絶対的な覇者が、荘厳な声を轟かせる。
『斬 捨 御 免』
ちょっと私生活がばたばたしていて更新が遅れました。
引き続き頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
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