INTERMISSION15 舞台袖にて
儀式場と推察される山を一気に駆け上り。
わたくしたちは大体七合目のあたりで立ち止まっていた。
「……ここだな」
「でしょうね」
山をえぐるようにしてぽっかりと空いた洞穴。
激しい魔力反応を、その奥から感じる。
「上位存在五体……既に顕現が終わっちまったか?」
「いいえ。強い反応は三体分ですわね」
わたくしは一歩進み出てから、ロイとユートに向き直る。
「ここから先は速度勝負です。対策は先ほどお話した通りですわ」
「……ッ。ああ、筋は通ってたね。だけど……」
ロイは厳しい表情でわたくしを見ていた。
「──上位存在相手に、一人一殺か」
「はい」
ここに来るまでに、二人には方針を伝えていた。
五体の内三体に関しては、情報を開示された段階でイケると判断した。それらを迅速にタイマンで仕留め、一気に3VS2の形に持ち込む。
「効率面なら確かに一番いいけどよ。無理だ、できるはずがねえって弱音は禁止か」
「どうしても厳しいというのなら考え直してもいいですわよ」
「ハッ。そんな時間はねえって俺でもわかってるよ」
ユートは頭をかいて、深く息を吐いた。
「だから異論は挟まねえ。当然、俺もやる」
「……ッ。意外ですわね。アナタは素直には頷いてくれないと思っていましたが、どこか……そう。先ほどの女性と出会って、使命感に燃えているのですか?」
だとしたらちょっとアレだな。
女がらみで冷静な判断力を失っている、と考えると……デバフとしては強烈だな。
「おいおい。嫉妬か?」
「は? そんなワケ────」
「世迷いごとを言っている場合かい?」
すげえ勢いでロイが割り込んできた。
「うおっびっくりした。割って入るにしても限度があるだろ」
「マリアンヌに色目を使う人間相手に、僕が限界を超えない理由なんてあるはずないだろう」
発言の気持ち悪さが限界を超えてるんだが……
「で、だ。僕の婚約者は君がかつてお世話になった女性の姿を見て、冷静な判断能力を失っているんじゃないかと心配してるんだよ。実際そこは僕も心配してる」
「えっナチュラルに思考読むのほんと気持ち悪いのですが……」
「ああ、そういう心配かよ? なら大丈夫だぜ」
洞窟の入り口に一歩踏み出して、彼はもう振り向くこともなかった。
「常々思ってたんだ。お前らは……ちょっと、やっぱ、あれだ……頭がおかしい」
「言葉を選べていませんわよ!」
「心外だ!」
「うるせえ! ここにも異論を挟む余地はねえよ!」
〇第三の性別 この虚言癖野郎が
〇日本代表 話の腰を折るにしても最低限弁えるべき礼儀がある
ちょっとボロクソ言い過ぎじゃない? わたくし何かした?
「そうじゃなくってだな……だから俺は、お前たちの横に並ぶためには何が必要か、考えた。考えて考えて……結局お前らみたいにおかしくなることはできねえ、って思った」
「……それは……」
生まれ育った国の違いは、あまりにも大きい。
前世でわたくしは、当たり前に文字の読み書きができる環境で育った。それから後に、文字を読むことなんて到底できない子供たち、そして大人たちを見た。
単純な教養の差に直結する話ではない。上下のズレだけでなく、左右のズレだって発生する。神のために死ぬことを当然とする男。ただ子供を産み落とすマシーンとしての生き方に疑問を抱かない女。向こうからすれば、こちらこそ異常な存在。
幸いにも前世では、インターネットの普及から全世界でそういった思考の均質化が進んでいたが……この世界は違う。隣の国では殺し合いを念頭に置いた軍事訓練を幼少期から受けていたとしても、それはユートの人生に関わるなんて本来はあり得なかったことだ。
「だがな。別にそれで、隣に並ぶ資格がないとまでは思ってねえよ」
胸を張って彼は洞窟に入っていく。
思わずロイと顔を見合わせて、苦笑した。
隣に並ぶ資格を自分に問うてるけど……先陣切ってるってば。
「お前らみたいに、おかしくなるためじゃねえ……俺には、お前らみたいなイカれた思考は、多分一生できねえ。だけどやれることはある」
ユートの背中を追って、わたくしたちも歩みを進める。
洞窟の奥は光のささない真っ暗闇だった。肝試しにはもってこいだろう。
「とにかく動くことだ。お前らのイカれた思考にあーだこーだ考えるんじゃなくて……シンプルに動き続けること。それしかできねえんだ。だから、迷ってる暇なんてねえ」
ふーん。
全然違うと思うけどなそれ。
「……気づいてないのかな、彼」
ロイの言葉にうなずく。
考えずに行動って、んなもん根っからの陰キャにできるはずがない。
今こいつが言ってんのは、表層に浮かぶ邪念を払うってのと同意犠だ。結局考えなきゃいけないことは考えてる。
要するに──『考えるのはやめた!』状態ってワケ。
「手のかかる人ですわね」
「……今の。人のところを子って言い換えてもらえるかな」
「おととい来なさい」
この野郎油断も隙もねえな。
勝手に家族イメージプレイに興じようとするなよ。
「アナタ本当に緊張感ありますの? さすがに弛緩状態極まっていたら心配ですが」
「大丈夫」
さすがに──聞いた瞬間、わたくしですら背筋が伸びてしまった。
静かに横を見る。ロイ・ミリオンアークの、碧眼の内側で、静かに滾る焔。
「君が、そうだと決めたんだろ。何があったのか、何を知っているのか……そんなのどうだっていい。僕に分からなくてもいい。マリアンヌが自らの意思で、自らの行動を選択した。なら僕はそれを助けるだけだ」
「……ッ」
気圧されている、というのを遅れて自覚した。
現段階での戦闘力では、わたくしは手を選ばなければこの男を一蹴することができるだろう。
だというのに時折、彼に圧倒されるような心持を抱くことがあるのだ。
「おい、何くっちゃべってんだ。もう到着だぜ」
ユートの呼びかけに、はっと前を向く。
真っすぐ続いていた洞窟が、三つ又に分かたれていた。
なるほどな。セーブ地点ってやつだ。
〇木の根 死んだら終わりなんだが……
怖いこと言うなよ。まあ、死にそうになったらテキトーに逃げようかな。
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