INTERMISSION7 夏休み大長編の始まり
ハインツァラトス王国の王城、広大な客間。
そこでは今、わたくしを含む三人の学生が、制服とは違った正装で待機している。
客間の空気は、最悪だった。
「…………」
「ロイ、雷撃漏れてる。漏れてるって」
わたくしの対面に座るユートが、引きつった表情で指摘する。
名を呼ばれた男は無言。隣でずっと全身からバチバチと雷撃を放出していた。
ロイ・ミリオンアーク。
わたくしの婚約者は『マリアンヌに縁談を申し込んだカスの顔を拝みたい(意訳)』と言って、ハインツァラトス王国への旅路についてきたのである。
〇第三の性別 当たり前すぎる
〇つっきー 冷静に考えてなんでこの女は婚約者がいるのに求婚されまくってるんだ?
さあ……なんででしょう……
テーブルに置かれた紅茶をすすり、わたくしは嘆息する。
ロイからすれば、婚約者に対して縁談が飛んでくるなんて青天の霹靂だろう。そりゃ一閃したくもなる。こいつの場合はガチで荷電粒子砲になりそうだが、相手が隣国の貴族だろうとやるときはやる男だ。
下手に放置してわたくしの知らないところで闇討ちなんてされるよりは、わたくしのいる場で堂々と相手にいちゃもんをつけてもらった方がありがたい。
「すまない、待たせたね」
その時、客間の扉が開いた。
さっとユートとロイが椅子から離れて平伏する。客間に待機していた使用人たちも残らずだ。
わたくしは左右を見渡して、とりあえず足を組み替えておいた。
「……いやはや。アーサーの気に入る娘だから予想していたが、跳ね返りの強い子だな」
ハインツァラトス王国の現国王、ラインハルト・グィ・ハインツァラトス。
彼は優雅にティータイムを楽しむわたくしを見て、皺の刻まれた顔になんともいえない表情を浮かべていた。
「……!? おまっ、マジいい加減にしろよ!?」
「ぶべっ」
わたくしが平伏の姿勢を取ってないのを見て、ユートが大慌てで頭をつかんで下げさせる。
痛い痛い痛い!
〇トンボハンター いつもの
〇日本代表 親の顔より見た不敬
〇宇宙の起源 こいつのせいでこの世界における不敬罪が有名無実となりつつあるな
「ユート。レディをそう手荒に扱うものではないだろうに」
「親父は知らねえんだよこいつのことを! よしマリアンヌ、今俺に頭掴まれてどう思ってる?」
「頭に来ましたわ! ブチ転がしてやります!」
「聞いただろ親父! 王城で王子をボコろうとしてくるんだぜこいつ! いでっ、いでっやめろ蹴ってくんなッ」
平伏の姿勢を取らされながらも、しぶとく右足だけ動かして下段蹴りをユートに連発する。
覚えとけよ。国王がいなくなった瞬間に客間のカーペットをお前の血に染めてやるからな。
「……本当に。若いころのアーサーを思い出すな」
ラインハルト国王はなんか感慨深そうにつぶやいていた。
時々言われるけど、あのジジイ若いころわたくしと似てたってかなり嫌な情報なんだよな。
「今回は急な要請に応えてくれたことを感謝する。というより、私としては本当に来るとは思わなかったが……」
「はい?」
思わず顔を上げた。見ればユートとロイも、ラインハルト国王の言葉に目を丸くしている。
国王はわたくしがテーブルの上に出していた封筒を指さした。
「建前上確かに連絡は取り次いだ。しかし二枚目の密書に記したように、この縁談は明らかな策謀だ。恐らくピースラウンド君に対してコンタクトを取れたらなんでも良かったのだろう」
「えっ……」
二枚目の密書? 何の話?
わたくしは震える手で封筒を開き、既に読んだ国王からの手紙を取り出す。
その時、便せんに引っかかって、見覚えのない紙切れが一枚はらりと落ちた。
「警告はした。何かしらの罠の可能性すらある。断るならそれを伝えてくれたらこちらでどうにかするとも言ったが……あえて飛び込む思い切りの良さ。見上げたものだな、ユートも見習いなさい」
「へいへい」
国王と王子が会話してる横で、ドバっと冷や汗が吹き出た。
えっ知らねえ! 二枚目気づかなかった! 分かりにくいんだよクソが!
わたくしの様子を見て、ロイがなんとも言えない顔になっている。こいつ多分一瞬で事情把握しやがったな……!
「で、問題の家は……リーンラード家か。つっても、工業面にはさほど顔出ししてねえ印象だな。どういう家なんだ?」
ユートは封筒に記された家紋を一瞥し、わたくしに縁談を申し込んだ家の名前を言い当てた。
そりゃそうか、こいつ王子だし。
「機械化の流れには取り残された家だな。だが、父上……先代の王には重用されていたらしい」
「らしい、ですか」
歯切れの悪い言い草だった。
わたくしはついにユートの拘束を振り切ると、服を払いながら立ち上がる。
国王を前にして膝をつかないわたくしを、使用人たちが信じられない馬鹿を見る目で見ていた。
「これ以上詳しいお話をアナタからうかがうのは難しそうですわね」
「その通りだ。君自身の目で確かめるほかない」
「フン。夏休みの冒険としてはギリギリ及第点と言ったところでしょうか。ロイ、ユート、アナタたちもついてくるでしょう?」
二人は顔を上げると、しっかりと頷いた。
スネ夫とジャイアンは確保できたな。ドラちゃんとのび太としずかちゃんはわたくしが兼任しておくか。
「よろしい。城の前に、馬車を用意してある。リーンラード家の邸宅まで連れて行ってもらいなさい」
フフン。ちょっとテンション上がるな。
考えてみれば国王様から見送られて旅に出るとか、RPGの冒頭っぽい。こういうのだよこういうの。こういう経験がしたかったんだよ異世界なんだし。
〇火星 ここお前の住んでる国じゃないけどな
……確かにそうだな…………
もしかしてハインツァラトス王国に生まれた方が王道っぽかったんじゃないのか、わたくしの祖国冷静に考えてバーサークしてるし旅の途中で立ち寄るやたら強い武器売ってる国枠なんじゃないのか、と悩んでいた時。
「だが……気をつけたまえ。一つだけ、伝えなければならないことがある」
「はい?」
ラインハルト国王は声を低くして、わたくしたちに告げる。
「先代がリーンラード家を重用していた理由は────」
最後に彼が言った内容に、わたくしたちは首をかしげるのだった。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




