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INTERMISSION6 ないととーきんぐ!

 それから就寝時刻が迫り、わたくしとユイさんもシャワーを浴びてきた。


「大浴場とかないんですか?」

「その質問何度目ですか? シャワー浴びる前にも散々ごねていましたが、浴び終わった後にも聞いてくるのは流石に恐怖を感じますわよ」

「そうですか……それで……大浴場とかないんですか?」


 もしかしてバグった?

 同じ言葉しか発さないユイさんと連れ立って歩き、寝間着姿で寝室に戻る。

 リンディは完全にリラックスした様子で、ベッドに転がってカタログを読みふけっていた。こいつ勝手にショートパンツ引っ張ってきて穿いてるじゃねえか。


「あら、戻ってきたの? 早かったじゃない」


 紙面から部屋の入口に視線を向け、そこでリンディは目を丸くする。

 わたくしは普段通りのパジャマだ。前世でちょっと憧れのあったジェラート〇ケをイメージして特注で作ってもらった、ふわふわもこもこのパジャマである。ふふん、我ながら可愛い!


「こうして一緒に寝るのは久しぶりですわね……ユイさんはこういう経験は?」

「あっ、いえ! 特になくて……」

「なるほど初めてですか。肩の力を抜いてくださいな。大丈夫ですわ、緊張しなくていいですわよ」

「なんかあんたの声のトーンがいやらしいんだけど気のせい?」


 リンディがじとっとした視線を向けてきた。

 わたくしの隣に立っているユイさんは、教会の方で誂えてもらったのだろう。紺色を基調とした、ほどよくふわっとしてだぼっとしたパジャマを着ていた。

 スケスケのベビードールとか着てこられたらさすがに身の危機を感じていたが、大丈夫だったようだ。


「ふーん。じゃあこのベッド広いし、横になる?」

「あっ、すみません。お風呂上りなのでちょっと運動を……」

「わたくしもですわ。リンディはゆっくりしていてください」


 告げて、わたくしとユイさんは広い寝室の床で距離を取る。


「シッ、シッ」

「フッ、フッ」

「………………」


 その場でわたくしはスクワット、ユイさんは指一本の腕立て伏せを始めた。

 いやこの次期聖女、乙女ゲー主人公の自覚あるのか?


「………………あんたたち、なんていうかほんと……」

「フッフッフッフッフッフッフッ」

「うっさいわね!」


 筋トレで呼吸は大事なんだよ。うるせえのはそっちだ。

 セットをこなして水差しからお水を一杯飲む。ユイさんは無心といった様子で、黙々と身体に負荷をかけていた。


「……まじめを通り超えていますわね」

「そうねえ。あんたも大概だけど。ただ……私たちの年の子供がやるトレーニングなの? あれ」


 微妙だな。

 ユイさんの端正な顔に汗がにじむのを、ぼうっと眺める。

 身体を見るだけで伝わってくる。彼女の肉体は、効率的な戦闘に特化した柔軟性を維持している。不要な筋肉は削ぎ落しつつ、滑らかに力を伝導するマシーンとしての機能は最大限に。パワーを炸裂させるバネとしても、あるいはスピードを乗せる加速機構としても、彼女は極限まで鍛え上げられていた。


「…………」


 独学ではたどり着けない領域だ。適切で、なおかつ厳格な指導が透けて見える。

 恐らくは無刀流なる流派の下、厳しい訓練を積んできたのだろう。


 こういうタイミングで、ふと思い知らされることがある。

 わたくしは彼女のバックボーンを何も知らないのだ。

 ただデータとして、人工聖女で、原作主人公で、そういった……タグやラベルのようなものが、知識の大半を占めている。


「ふぅ……お待たせしました」

「……お疲れ様ですわ」


 水の入ったコップを手渡すと、ユイさんは気持ちよさそうにそれを一気飲みした。


「まあ、トレーニングもいいけどね。ユイは特に最近、左半身を鍛えてるみたいだし、何か目標ができたのよね?」

「えっ? あ、はい。左右どっちでも戦えるようにはしてるんですが、左だと右に比べてパワーが落ちるので……って、言いましたっけ?」

「えっ? 見たら分かるじゃない」


 分かんねえよ。

 何言ってんだろうこいつ、と思いながら、リンディが見ていたカタログを手に取る。


「そういえばこんなカタログ来ていましたわね……」

「あ~、送られてきただけ? あんた結構おしゃれにも気を遣うから、買ったのかと思ってたわ」

「あんまりこのメーカーはピンと来ていませんの。フリルが多すぎますわ。引きちぎりたくなります」

「本当にマリアンヌさんおしゃれに気を遣ってるんですか?」


 わたくしの発言を受けて二人の視線が疑わしいものになった。

 明かりを絞り、ユイさんがベッドに横たわるのを見て、わたくしはベッドわきに座り込む。


「え?」

「え?」

「え?」


 順番にユイさん、リンディ、わたくしである。

 二人は驚愕の表情でこちらを見ていた。


「何してんの?」

「えっ……いくら広いからと言って、三人横になるのはアレなので……」

「いやいや、マリアンヌさんの部屋ですからね。マリアンヌさんが寝ないと意味ないじゃないですか」


 うるせええ!

 これだよ! これが嫌だったんだよ!

 冷静に考えて第二次性徴を迎えた女子と同衾するなんて前世でもなかったんだから無理に決まってんだろうが!


「お気になさらず。大丈夫ですわ」

「大丈夫じゃないわよ、流石に家主を床で寝かせるわけにはいかないわ」

「そうですよ!」

「いえいえ。大丈夫ですって」


 やんわりと、しかしかたくなに拒む。

 リンディは申し訳なさそうな顔をしているが、ユイさんは真顔だった。

 数秒黙り込み、思案するように指で唇を撫でた後、次期聖女が静かに口を開く。


「床で寝るの、慣れてるんですか?」

「慣れっ……ては、いませんが。一晩ぐらい大丈夫ですわよ」

「骨格が歪んで右ストレートの精度が落ちますよ?」


 ────は?



〇red moon あっ

〇宇宙の起源 さすが原作主人公過ぎる

〇火星 本当に選択肢ミスらないなこの子……



「う。うぬぬぬぬぬぬ」


 それを言われるとさすがにぐらつく……! いや、しかし……!


「それに……せっかく、こういう機会ってないですし。臨海学校も慌ただしかったから。私こういうの憧れてたんです。ほら。生まれが生まれだから本当に、初めてで」

「ぐ、ぬぬぬぬぬぬぬぬ……!」


 お前! お前お前お前ェェェ────!

 出生を引っ張ってくるのはズルくない!?

 さっきからすべてが適切にわたくしの反論を潰している! いや反論の余地はあるのだが、わたくしにとっての妥協点に的確にガイドされている!

 狙い撃ちじゃねえかこんなん!



「……だめ、ですか?」



 最後に。

 ユイさんは不安そうに、こちらを覗き込みながら、か細い声で問うた。

 眉がしゅんと下がったその表情を見て。


「だめじゃないですわ」


 口が勝手に動いて、直後に次期聖女はガッツポーズしていた。


「言質取りました! マリアンヌさんって自分の言ったことは裏切らないですよね? ほらどうぞ! ベッド温めておきました!」


 こ、この女……ッ!?



〇トンボハンター K.O.

〇今年は申年 ベッドに帰るんだな。お前にも待っているヒロインがいるだろう……



 完全に言いくるめられた。これマジ? わたくしがGMだったら台パンで机割ってるぞ。


「ユイ……あんた理性と感情で挟撃したの……?」

「マリアンヌさん、感情で動くようで、どっちも大事にしてますから……片方で徹底的に言い負かすんじゃなくて、両面からある程度の説得ができたら、納得してくれるんですよね……」


 なんか傾向と対策の分析をされている気がした。

 渋々ベッドに上がると、ユイさんはリンディとわたくしとの間で、嬉しそうにあおむけになっている。


「えへへ。こうして……誰かと一緒に寝るの、本当に、本当に憧れてたんですよ」

「……そう、ですか」


 そうだ。

 彼女は、嘘は言っていない。

 だから、こうして言いくるめられても、仕方ないか、という気持ちになれた。


「……別に今回限りじゃないわ。機会を作れば何度だってやれるわよ。添い寝以外にもたくさん。あんたがやってこれなかった、やりたいこと」


 リンディは彼女に毛布を掛けて、優しい表情で告げる。

 うおっ、急に聖母が出てきてびっくりした。


「そう、ですかね?」


 問いはわたくしに向けられていた。

 彼女の瞳はまどろんでいる。なんだかんだで昼は仕事をしてもらったのだ、疲労だってあるだろう。

 わたくしは苦笑して、彼女の髪をそっと撫でる。


「ええ、もちろんですわ。たくさんの思い出がこれから先のアナタを待っています」

「……それは、きっと……マリアンヌさんとも……いっしょに……?」

「それは────」


 数秒言葉に詰まった。

 その間に、彼女の声が微かに途切れ、言葉はうすぼんやりとしていった。

 ユイさんが寝息を立て始めたのを聞いて、わたくしとリンディは顔を見合わせる。


「ほんっと……懐いてるわよね。懐くとかそういうレベルじゃない気もするけど、まあ懐いてるって言っときましょうか」

「くあ……まあ、そうですわね」


 ぬん。ベッドに横になると、思ったより眠くなってきた。

 リンディはわたくしの寝ぼけ眼を見て、くすくすと笑う。


「もう寝る? それなら明かり消すわよ」

「いえ、いえ。貴重な機会ですわ」

「貴重って言っても、何するのよ。チェス?」

「チェス盤に突っ伏して寝るのは流石に嫌ですわ……せっかくならあれしましょう。恋バナ。そう、恋バナにちょっと憧れがあったのですわ」

「恋バナ……? 恋愛話、ってことかしら。あいにく、私そういうの考えてないわよ」

「むう。ならわたくしから。先日、ハインツァラトス王国の国王から、わたくしに求婚したい向こうの貴族を取り次ぐ手紙が届きましたわ。明日からちょっと向こうでお話してきます」



 数秒の沈黙。



「は?」

「はぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 リンディのぽかんとした声と。

 飛び起きたユイさんの絶叫で、わたくしの眠気は二度と帰ってこなくなった。



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[一言] 睡眠導入時の会話に睡眠導入破壊爆弾放り込むのやめようよ…
[良い点] パジャマパーティー……よき……よき…… [一言] ロイ「ガタッ!」 絶対ロイなら感知してるわ。花○院の魂を賭けてもよろしくてよ?
[良い点] ロイ脳破定期っすね… [一言] 多分そろそろマリアンヌに嫌われたくないから現れないだけでロイは部屋のすぐ外にいそう
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