INTERMISSION3 みーてぃんぐ!
「……マリアンヌさん?」
「あっ、いえ、何でもありません」
「そうですか。『ふむ、なるほど』って言ってないってことは……何か分かったってことですよね」
人読みはやめろ。マナー違反だぞ。
「根拠ゼロの推論ですわ。人にお話しできるようなものではありません」
「そう、ですか……分かりました。ひとまず調査隊は引き揚げさせます。あと、侵入に用いられた経路などは必要ですか?」
「お願いしますわ」
ユイさんは両手でティーカップを持ち上げながら、テーブルをトントンと指で叩いた。
入口に集まっていた気配が、外に出ていくのを感じる。ユイさんはカバンから羊皮紙を取り出すと、そこにペンでさらさらと地図を描き始めた。
手際のよい作業を眺めながら、思考を回す。
恐らく──世界の敵とは禁呪保有者。
恐らく──それに対抗するのなら、【七聖使】は世界を守る正義の味方だ。
推測するに、ルシファーの神域権能保持者への覚醒は、どうもかなり昔に果たされていたようだ。そしてそれに対抗すべく、建国の英雄はシステムを残した。加護を他者に分け与えるシステム。となると教皇ってのは限りなく七聖使に近しい存在、あるいはそれそのものか。これは後で一発シメに行かないとな。
それはともかくとして。
んじゃあわたくしは禁呪保有者を率いて、負けるべきなのだろう。今ここにある世界を守るのなら、それがきっとエンディングなのだろう。
…………いいや違う、そいつらはルシファーが進化したのに対するカウンターだ。本来の世界の在り方には、不要な連中だ。
わたくしの最終目標を見誤ってはならない。
わたくしは原作主人公たちに断罪され、追放される。そうして終わるんだ。
だから、まだ死ねない。
だから、禁呪保有者だろうと七聖使だろうと、負けるわけにはいかない。
「それにしても美味しいですね」
「…………」
作業の合間に紅茶を啜り、ユイさんは舌鼓を打つ。
にっこりと微笑んでいる目の前の少女は、いつかわたくしを斃す最強の矛。それに貫かれることこそ、悪役令嬢の誉れにほかならない。
だから他の奴には負けられない。
わたくしが負けて、それをもって、この世界の物語は大団円を迎えるべきだ。
──だから、その時までに、後顧の憂いは断っておかねばならない。
わたくしを追放して、みんな幸せになりました。
けれどその後に世界が滅亡しました、なんてのは認められない。
情が移ったな、と思う。仲良くしすぎたのかもしれない。
ユイさんたちにはちゃんと幸せになってほしいと思う。そのためにも、大悪魔だの七聖使だの、胡散臭い連中はわたくしの手で滅ぼさなくてはならない。じゃなきゃ死んでも死にきれないし、追放されても追放されきれない。
「ユイさん」
「はい?」
「先ほどのお話。全部理解したうえで言いますが……ピースラウンド家長女として、アナタの企みに協力することはできません」
「……ッ!」
ペンを走らせる手が止まった。彼女は目を見開いて、それからふうと息を吐いた。
「……そう、ですね。はい。突然あんなこと言われても……そうだと思います。私……マリアンヌさんならって、甘えていたのかもしれません」
「ですので、わたくし、友人に力を貸します。次期聖女ユイ・タガハラではなく……学友のユイさんなら、力を貸してもいいです」
「────!」
わたくしは手元の紅茶を飲み干して、友人になった、かけがえのない存在になってしまった少女を正面から見据えた。
まあ友情が深いほど裏切ったり敵対したりしたときに悲劇感増すからいいか。実質アド。
「言ったでしょう。アナタは唯一無二の特別な存在。それはこの世界においてだけではありません、わたくしにとってもです」
「……ふ、ふえ?」
あざとい声上げたなあ!
ユイさんの頬がだんだんと赤く染まっていく。
「あー……こっぱずかしいこと言いましたわ……ほら、手が止まってますわよ! 手!」
「あ、はいっすみませんっ!」
顔が熱い。
キャラじゃねえこと言うもんじゃないな。
「……ふふっ、そっか。友達……か」
「……アナタが難しいことを考えすぎていたので、スマートに言い換えただけですわ……」
「はい、そうですね。私とマリアンヌさんは、かけがえのない友達だから……」
「もう! 連呼しないでくださいます!?」
大声を出すも、ユイさんはイヤンイヤンと身体をくねらせつつ、てきぱき侵入者の行動経路を赤線で引いていく。仕事はしてる分、怒れねえ……!
「まったく……」
嘆息しながら、ちらりと赤線を確認した。
それは、後半は物取りのように動き回ってこそいたが、最初に真っすぐお父様の部屋を目指していた。
……ふーん。狙いはそこだったのね。
各種の調査結果を受け取り、わたくしはユイさんを屋敷の入口まで見送っていた。
「本日はありがとうございました。料金は後日、教会の方に支払わせていただきますわ」
「もう、そんなのなくていいって言ってるじゃないですか」
「そういうわけにはいきません。スキルを持った人材に、そのスキルを活用していただきました。対価を支払うのは当然でしょう」
そういうことなら、と彼女は渋々頷く。
「ではごきげんよう。近々また会いましょう」
「あっ、はい……そうですね」
ユイさんが少し名残惜しそうにしつつも、扉を開く。
ピシャーン!!!! ゴロゴロゴロゴロ!!!
ユイさんは黙って扉を閉めた。
うお……急にすげえ雷雨……ジオストームかな?
「あー。そういえば今日は天気が悪いかもって予言部が言ってたなー」
「えっ何ですかその棒読み」
「私は別に良かったんですけどー、出先で宿泊する可能性があるから、お泊りセットを持って行けって教皇様に言われたなー」
「あっそのカバンやたら大きいと思ったらそういうことですか!?」
えへへ、とユイさんはいたずらが成功した子供みたいな顔をする。
「ダメですか?」
「はあ……分かりました。部屋は余っていますし、ご自由に……ん?」
頭をかきながらお泊りの許可を出した時。
コンコンと、雷雨を映す窓が叩かれた。ひょいと指を曲げて窓を開けると、雨風に乗って、しわくちゃになった小鳥が飛び込んでくる。
「小鳥さん……じゃ、ないですね」
「使い魔ですわね。それもハートセチュア家の使い魔ですわ」
左手を差し出すと、ぴょこっと鳥が乗っかってきた。
くちばしを開き、主の声を伝播させる。
『マリアンヌ! あんたのとこの馬車出せる!? 近くを通ってたんだけど、馬が道に足を取られちゃって……』
「ああ、なるほど。この天気ですし……そういうことでしたらすぐに馬を連れていきますわ。ついでにこの雨です、一晩こちらに泊まっていかれては?」
『ん~、そうしてくれると助かるわね。いいの?』
「ええ。偶然ユイさんも……」
そこで横を見ると、ユイさんが信じられないぐらい真顔になっていた。
「マリアンヌさんの尻軽……ッ!」
「し、しりが……!? 軽くないですわよ! 断じて軽くはないですわ!」
なんていわれようだ。
使い魔から現在地を聞き、わたくしはヴァリアントの待つ馬小屋へ向かうべく、ひとまず革製の外套を引っ張り出すべく二階へ上がる。
「むー……」
「むくれないでくださいまし。せっかく三人、夏休みに会えたのは幸運でしょう? どうせなら一緒に夜語りでも……」
そこで、足が止まった。
そこで、気づいた。
これ────パジャマパーティーか?
おい待てよ。さすがに美少女二人相手にパジャマパーティーはやばくないか? 十二歳以下の年少者には助言・指導が必要になったりしないか?
「マリアンヌさん?」
『ちょっと、やっぱ都合悪いの? なら別にいいんだけど……』
冷や汗をだらだら流しながら硬直するわたくしに、二人が心配そうに声をかけてくる。
いや、そりゃあもうわたくしって女の子なんだけど。だけど自分はそうであるっていう意識と、だから女性同士なら女性同士のスキンシップができるのは話が別っていうかなんというか……! うおおおおおおおお!
どーすんのわたくし!? 続く!
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