PART54 悪姫窮闘アルカディウス(後編)
潜航していく『アーテナ』を見送る。
皆が報告や改めての休息に入る中、砂浜を歩いて少し遠くまで来たわたくしの隣にはジークフリートさんだけがいた。
「一時の別れだな」
「はい。でもきっと、また会えますわ」
「……そう信じるか、マリアンヌ嬢は」
「だってこんなの、誰かが勝手に脚本を書いて、それで決着だなんて納得がいきません」
だからつらくて苦しい道を押し付けてしまった。
彼女のこれからの旅路は、極めて苦しいものだ。
既に窮地に陥っていると言っていい。だがそれでも、戦うと言った。
「オレは護国の盾だ。敵を殲滅する義務がある。だが……君は彼ら彼女らを、王国を脅かす外敵としては、もう見れないのだな」
「…………」
改めて、わたくしの勝手な決断に、彼を付き合わせてしまったことを思い出す。
「そんな顔をするな。さっきも言っただろう、オレは君の決断を尊重する。そして、胸を張れ。オレも同意見だ」
ハッと顔を上げて、ジークフリートさんの顔を見た。
彼は優しく微笑んで、わたくしの頭をそっと撫でる。
「優しさを失わないでいてくれたんだな、マリアンヌ嬢。オレは君の判断を……愛おしく思うよ。誰に糾弾されようとも、オレは君の味方をしよう」
その言葉を聞いて、突然だった。
ぶわっと涙があふれ出てきた。ここ数日の、連続して押し寄せてきていた決断の数々が、一気に報われたような気がしたのだ。
ズタボロの身体で、そのまま、彼に寄りかかってしまう。ジークフリートさんはわたくしの身体を、両腕で抱き留めてくれた。
「……ありがとうございます」
「気にするな。恥ずかしい話だが、少しは頼りがいがあることを知ってもらいたいしな」
「ふふっ……そんなの。もう十分に知っていますわよ」
しばらく、波の音と、自身と彼の鼓動だけが聞こえた。2つの鼓動は溶け合うようにして、同じリズムを刻んでいた。
……………………………これスチルっぽいな。
ガバリと顔を上げて、そっと彼から離れる。
「も、もう大丈夫ですわ。誰かに見られたらアレですし」
「そうか? オレは困らないが……確かに君は困るだろうな」
しゅんとした様子でジークフリートさんが腕を下ろす。
ああああああああああああそういう顔されたらあと数分ぐらいいいかなって思っちゃうだろ!
〇無敵 あと数時間頼む
テメェのそれは私欲だろ!
もし尻尾があればきっと垂れ下がっているであろう様子のジークフリートさんを前に、わたくしはどうしたものかと頭を抱えて。
「そいつらは信用してもいいが、信頼はするな」
バツン、と。
わたくしの手元に開かれていた配信画面が、打ち消された。
「……ッ!?」
ガバリと振り向いた。
そこにはくたびれた様子のお父様が立っていた。
「マクラーレン殿……」
「安心してくれ。私は男女の交際には寛容だ、婚約者よりも彼のほうが良いというのなら認めよう」
「そそそそそういう話ではありませんわ!」
即座に恋愛に結びつけやがって! でも言い逃れできないぐらいには乙女ゲーだったな!
カッと顔が熱くなるが、お父様は静かに息を吐くばかり。
……いや。そうだ、お父様には聞かなくてはならないことがあった。
「お父様」
「何だい?」
「わたくしに憎しみを教えるために、わざと死んだふりを?」
問いかけに対して、彼はすっと視線を海面へ向ける。
「そうだ。いいかマリアンヌ……憎悪に呑まれるな。乗りこなせば強大な力にも転じるが、憎悪のままに戦うことは、必ずお前を破滅に導くぞ」
「重々承知しましたわ」
「それでいい」
しばしの沈黙。
ジークフリートさんが『えっこれいなくなったほうが良いか? いないほうがさすがにいいよな?』と挙動不審になっていた。
完全に立ち去るタイミング逃してるなこの人……
「マリアンヌ」
あっ話し始めちゃった。
「私は……いや。 ぼくたちは、お前が生まれたから、人間でいられたのだと思う」
しかも超シリアスだった。
横目に見ると、紅髪の騎士は『オレがいるのにそういう話をするのか……』と渋い表情になってた。
アイコンタクトで耐えろと念を送っていると、お父様がさっと片手で次元を裂いて、そこから、がさごそと古い手帳を引っ張り出した。
「禁呪に関して研究してきた全てを、そこに書き記した」
「…………!」
レアアイテムやんけ!
受け取ってから、パラパラとめくる。
禁呪の体系的な成り立ちや、各種類に関する考察が書き記されている。
「こ、これは研究成果ということでしょうか? それなら……」
「そうだ。当主の座をお前に譲る」
がつんと、頭を殴られたような衝撃があった。
「……いけません。いけませんわお父様。わたくしはまだそのレベルには……!」
「……なら、お前の気が向いたときから、当主を名乗りなさい。少なくとも、ぼくとレイアは、お前はもう当主として相応しいと考えているよ」
実感がわかない。
お父様が顔をこちらに向けて、優しく微笑んだ。
それから右手を伸ばして、私の頭を、ぎこちなく撫でる。
「お前は……自慢の娘だ」
「……!」
「だからこそ。お前がどこまでいけるのか。何を成し遂げられるのか、この目で見たいと思えた。まだ、生きていたいと……思えるようになった」
接触は数秒だった。
けれど手が離れていくことに抵抗はなかった。
ああ、良かった。
お父様はもう、自分に見切りをつけてしまったところから、戻ってこれたのだ。
「ひとまずはラオコーンが安全な場所までたどり着けるよう付いていくことにする。彼らを……いや。彼女を利用したぼくにも、責任の一端はあるからな」
「……はい。ですが潜水艦に追いつけるのですか?」
「簡単さ。次元転移するあの潜水艦はある程度のステルス性を有しているとはいえ、魔力稼働だからね。道筋を追うのは苦じゃない」
「世界観の違う言葉がポンポン出てきますわね……」
本当に相応しいか? これに追いつけてるか?
改めて差を思い知らされるとマジで当主をやる自信が消えていくな……
「マリアンヌ。お前は……お前は、神域の存在となれる、片道切符を得た」
げんなりしているわたくしに、お父様が滔々と語った。
「ぼくはその道を選ばなかった。加護をもたらす神聖な存在と同化することを……選べなかった。あいつと違ってね」
自嘲するような声色だった。
わたくしはそれを聞いて、数秒考え込む。
思考をまとめながら、慎重に言葉を選んで、口に出す。
「お父様。もしも、わたくしたちが考えているような神がいるのだとしたら……それはきっと、外から見ている存在ではなく、ましてや天から降ってくる存在でもありません」
「……?」
「今ここにある世界を変革したいという、人々の願い。それがわたくしたちの内側で、神という共通言語を導き出すのです」
わたくしの言葉に、視界の隅でジークフリートさんが頷く。
「……ふっ、そうだね。さすがは当主だ、もう教えを受けてしまったよ」
「もう! からかわないでください!」
悪かったよ、とお父様が手を振る。
それから彼は視線をスライドさせ、騎士を見た。
「ジークフリートくん」
「……! は、はい」
緊張して上ずった声だった。
確かに身内だから普通に話できてたけど、この人……生ける伝説だもんな……
「マリアンヌを頼む。君のその力を、彼女のために使ってほしい」
「……! もちろんです!」
力強い返事だった。
それを受けて、お父様は満足げに頷く。
「良い騎士と出会えたね、マリアンヌ」
「お父様……」
「それと、実力主義がうちのモットーだから。マリアンヌと結婚したいならまずミリオンアーク家を壊滅させたあとに私と一騎打ちをして、最後にマリアンヌを倒しなさい」
「お父様……!?」
ゴリッゴリのボスラッシュでは?
ジークフリートは流石に引き笑い──を浮かべず、真剣に頷いていた。
「分かりました。そのときはお願いします」
「ちょっとジークフリートさん!? ああもう、こんな下らない冗談に乗らなくて良いですのに……!」
最後までロクなこと言わねえなこの人、と半眼になる。
お父様は苦笑して、それから一息に次元を裂いて、そこに飛び込んで行った。
「……行ってしまったな」
「ええ。ですが、カサンドラさんと同じです。また会えますわ」
「そうだな。ちなみになんだが戦闘面で義父さんに弱点はあるのか?」
「ないですわね」
そうか……とジークフリートさんは肩を落として消沈した。
いや、だから流していいってそれ。
〇無敵 うわあ復旧した! 突然切られてびっくりしたぞ!
ジークフリートさんとも別れて、浜辺をしばらく歩き。
人気のないことを確認して、再度配信画面を開いた。
ぶわーっとコメントが流れていく。
……信用しても信頼するな、か。
【すみません。親子の話をしていたので切りましたわ】
〇第三の性別 あ、ああそういう?
〇日本代表 異常がなかったのなら良かった
それから、今回も無事に乗り越えられてよかった、と称賛のコメントが続く。
読み流しながらも、わたくしは改めて考えていた。
世界を運営する存在を、神と呼ぶ。
ならきっと、彼ら彼女らは、今この世界を生きている存在にとっては、根本的には味方なのだろう。
それでも信頼するなと言った。
それはきっと、何か、まだわたくしの知らない理由があるのだ──
SYSTEM MESSAGE ▼
条件を満たしました ▼
【二人の世界/楽園の逆位置】ルートが
解放されました ▼
「うわあびっくりした!?」
突然目の前にウインドウが立ち上げられ、ひっくり返りそうになった。
文字列を読むと、あーはいはい。いつものね。このパターンもう飽きたよ。まーた変なエンドが解放されたのかよ。
マジで知らねー。終わり終わり。どうせ追放の才能がありませんよこちとら。
〇無敵 追放ルートじゃん!?!?!?
えっ?
〇無敵 悪役令嬢カサンドラとのトゥルーエンドだな。二人で国から追放されて、二人だけの世界で、神秘の森の奥深くで暮らすことになる……所謂百合エンドだ
へえ。
そんな感じのエンドもあるんだな。
…………………………えっ?
【追放ルートじゃん!?!?!?】
うおおおおおおおおおおお!
キタキタキタキタキタキタキタキタキタ!!
〇みろっく 長かったな、ここまで……ちなみにどんなエンドなの?
〇無敵 ズブズブでドロッドロ。退廃的アンドえっち。具体的に言うと朝チュンから始まる
ふっ、ふーーーん!?
いやまあそれはいいのだ、ついにたどり着いたのだ。
苦節……何年だろう。十数年。
わたくしの栄光のサードライフへ続く道が、やっと開かれた!
第三部……いいや、CHAPTER3、完ッ!
SYSTEM MESSAGE ▼
条件を満たしました ▼
【■■の■■/■■の■■■】ルートが
解放されました ▼
ん?
えっ? バグった?
数秒目を離した隙に、突然文字表記が全部黒塗りにされていた。
ちょっ……え、何?
戸惑っているわたくしの目の前で、黒四角にノイズが走り、段々と文字を象っていく。
なんだよ、ビビらせんなよ────
SYSTEM MESSAGE ▼
条件を満たしました ▼
【神殺の乙女/夜明の正位置】ルートが
解放されました ▼
「何か変わったのですが……」
脳内発声も忘れて素で声が出た。
〇トンボハンター wiki見てくるわ
〇火星 ああいや、なんかのインタビューで見たことあるぞこれ
あっ。
え? 嘘、そういうパターン?
待てよ。本当に待ってくれよ。
〇火星 ……なんていうかその。うろ覚えなんだけど、これは神殺しを成し遂げた場合に解放されて、でも神なんて降りてこないから実質死蔵データみたいな感じで……
〇火星 神様を追放して、世界のあり方を変えて、主人公が、まったく違う世界に放り出された人類を率いて生きていく、『わたしたちの未来はここから始まる──』みたいな終わり方のやつ
しばしの、沈黙。
〇無敵 判定は?
〇日本代表 世界から追放されなきゃいけないのにこっちを追放してどうすんだ馬鹿
〇スーパー弁護士 お前、チェンジってわけ
ですよねー。
ああああああああああああああああああああやだああああああああああああああああああ!!
もうやだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
じゃあチェンジさせてくれやあ!!!!!
〇ロングランヒットおめでとう 九回まであっちゃうんだなぁこれが!
「死ね!!!!!!!」
海辺にわたくしの絶叫が響く。
魂の底から出た声は、しかし水面にむなしく吸い込まれるだけだった。
ぴえん!
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