PART51 天魔覆滅ゼロ・オーバー(中編)
翼から放射するレーザー光線。
絶えず放つそれで、わたくしは兵団を押し留めつつ本体を切り裂く。
【しかし驚いたな】
「はい?」
脳が茹で上がるような集中だった。
世界がスローモーションになり、どこへ攻撃を放つべきかをコンマ数秒ごとに再計算する。
恐らくわたくしの演算能力にも、ルシファーの補正がかかっているのだろう。
【端末とは言え、おれを上書きしたか。やはり特異点として覚醒しただけはある……しかし……流石におれを上書きするという発想自体は狂っていると言うほかないぞ】
「えっ、そうでしょうか?」
【逆におれのどこを『流星』に重ねて組み込んだんだ?】
ブローチがぴかぴかと光りながら言葉を話す。
地獄を統べる大悪魔の問いに対して、わたくしはふふんと胸を張って。
「アナタは天より来たる終末そのもの! すなわァち! 天から降り注ぐのなら、アナタも流星ですわ!」
【絶対に違うぞ】
「でも流星になりましたわよね? 反論がないならわたくしの勝ちですが?」
【強盗が金品を奪ってから所有権を主張しているんだが……】
〇TSに一家言 明らかにお前の理屈はおかしい
〇無敵 盗人猛々しいの語源かよ
チッ。外野がうっせーな。
だがリミットがあるにも関わらず戦場は膠着状態。
……これ、DPSが足りてねえな。
ならば!
「お父様! 迎撃を任せます!」
「……ッ! 分かった、けど何をするつもりだ!?」
翼からの放射を切り上げると同時、お父様が無詠唱で剣群を召喚。打ち出し、炸裂させ、羽虫共を薙ぎ払った。
この絶え間ない物量作戦に勝利するためには、同じ土俵で戦ってはいけない。
恐らく向こうのリソースが有限ではないのだ。だったら別の角度から殴るしかねえ!
「当然! 勝つための工夫でしてよ!」
叫ぶと同時、意識を集中させる。
バルカンもフルバーストも、やろうと思えばやれた。
単純な魔力放出ではない。わたくしがイメージしやすいプロセスを経ることで、格段に威力や精度が上がっているのだ。
「イメージするべきはこの場で最も適切な攻撃方法! 面制圧ではなく突破力ッ!」
【ん? ちょっと待て。いやそのイメージは違う。流石にそれはちょっと違うぞマリアンヌ違う! 何してるんだ!?】
翼の根元に光が結集して、形を作っていく。
──長大な射程を誇るロングカノンブラスター。
右肩に背負って両腕で構えて撃つ、必殺の戦略兵器!
【よせ! やめてくれマリアンヌ! おれのそこはそんな風には曲がらない!】
「うるっせえですわ! 前にわたくしの身体で好き放題したでしょう! 当然の報いでしてよ!」
【その件に関しては本当にすまなかった! だがこれは────ちょっ待っ、あっ】
「断撃・悪役魔法少女令嬢ブラスターッッ!!」
【曲がったわ…………】
完成!
真っ白な砲身が展開される。ガコンと音を立てて砲口がスライド。火花を散らして魔力をチャージ。
網膜に照準が投影される。混沌の上半分に狙いを定めて。
「消し飛べぇええええええええええええええッッ!!」
チャージ完了と同時に発射。
砲撃というよりは光の波濤だった。滞空しながら放ったにもかかわらず、余波で地面が蒸発していく。
外しようがない。敵の軍勢を分子レベルに分解しながら極光が迫る。
『そんなもの……!』
ぎょろり、と。
混沌の頭部らしき箇所に、金色の球体が浮かんだ。
それが眼だと理解した途端、向こうも光を放った。魔力砲撃と魔力砲撃が激突。完全に相殺し合う。
激突の余波に大地が爆砕する。押し込もうとするが、止められた。数秒間放出しきった後、お互いの放射が同時に止まった。
チッ、防がれたか。だけど、軍勢生成が止まった。
「リソースは無限であっても、同時にやれることは有限のようですわね!」
『……貴様。コケにしてくれるな……!』
怒り心頭と言った様子だ。
おいおい。神様気取るんならもっと余裕持った方がいいぜ? いやでも神聖存在って結構レスバしてたしこんなものなのか。
「うおおおおおおい! 娘の攻撃に巻き込まれて死ぬところだったんだけど!?」
一人納得していると、眼下から絶叫が聞こえた。
見れば断絶次元でなんとか爆発の中心点で生き残ったらしいお父様が、煤けた頬とちょっと焦げたスーツで叫んでいる。
ふーん。へ~~~~~~~~。
「あら? お父様? あらあら? わたくしのお父様は死んだはずでは?」
「…………………………後でお説教だ」
お説教! 心の躍るフレーズだ。
人生初のお説教にちょっとワクワクしていると。
〇火星 気づいてるか知らんけどお前今落ちてるぞ
は?
慌てて確認すれば本当に浮遊能力を失って落下していた。
【どうやらこの状態では飛行に割けるリソースが残っていないようだな】
「なァに冷静になっちゃってるんですかこの人!?」
【人ではないが?】
うるせえよ!
ブラスターをしまうか悩んだとき。
遠くから──エンジン音が響いた。
「……ッ!」
知っている。その音は知っているぞ。
ガバリとそちらを見る。黒髪の男が溶岩の鎧を纏い、こちらへ疾走している。
またがっているのは鋼鉄の駆動機械。
「マリアンヌ──! 此処だァッ!」
「ユート!?」
正式名称鋼鉄製二輪式走行機械絡繰。
即ち────超かっこいいバイクだ!
「ナイスなタイミングですわ! アッシーの称号を差し上げましょう!」
「なんかよく分かんねえけどそれ凄え嫌だ! 遠慮しとくわ!」
飛行能力を再起動させることなく、ユートのバイクの座席後部にダイナミック着地。ギビィンと嫌な音がしたけど、まあわたくしはリンゴ三個分の重さしかないし大丈夫だろ。
ちょうど二人乗りの姿勢にて、砲手のように悪役令嬢キャノンを構える。
「いい見た目になったじゃねえか! それは大悪魔の趣味か!?」
「わたくしの趣味ですわ! こんなハイセンスな衣装が顔と声と強さしか取り柄のない悪魔に思いつくはずがないでしょう!」
【切るぞ】
「あっ嘘ごめんなさい待って今それされたら本当に困ります」
力貸してくれてる相手に喧嘩売っちゃダメだな。いやでもいつかは倒す相手だしな……
超高速で疾走するバイクの上でも、照準にブレはない。
混沌がこちらへ目玉を向ける。砲撃の予兆。
「もっと速度は出せないのですか!?」
「御免がコレが全力全開だ!」
遅い。正直ちょっと速度が足りていない。
だが飛んできた砲撃を、マシンランナーはすり抜けるようにして回避した。
敵の攻撃が当たらない。ユートが地形をうまく使っているのだ。
いいや……それだけじゃない。
「倒せない相手じゃない、な!」
「ええ!」
混沌の足下。
兵団の一部を引きつけてロイとユイさんが戦っている。
陽動か──無茶な真似を!
「流石に下がった方が────」
そう呼びかけようとして、目を凝らして、ちょっと絶句した。
混沌兵団が湧き上がっている、そのもっと奥。
「再度、力をお借りします! ────光輪冠するは不屈の騎士ッ!!」
なんだあの人無敵か?
〇無敵 えっ嘘アレ!? パス安定してるの!? は!? 待って待って流石に二度目は反動に耐えられるか怪しいって止まってジークフリートさん!! ダメだ絶対止まらねえわこれ!!
どうやら本当に無敵だったっぽい。
単独で混沌の前に躍り出ると、ジークフリートさんは大剣を振るって斬撃を飛ばす。
表皮に斬撃痕が刻まれ、ぶしゅりと体液が噴き出た。うわっ嘘、なんでダメージ入ってんだよ!?
『何だ、貴様ッ……? 邪魔だ!』
「邪魔ときたか! ならば盛大に邪魔させてもらおう!」
混沌がかがみこんで、ジークフリートさんへ至近距離から砲撃を放つ。
それに対して回避せず、騎士は真っ向から剣を叩き込んだ。
「あ──あの人、なんて無茶を……!」
「ハッ……手前が言うかよ。いや、ジークフリートも痛切に本気で手前にだけは言われたくないと思うぜ、その言葉」
ユートの軽口に、しかし開いた口がふさがらず言葉を返せない。
真っ向から受け止めたというのに──無傷!
「なるほどな。反吐の臭いがすると思えば──やはり貴様も悪だったか」
魔力砲撃を叩き切って、ジークフリートさんはフッと笑みを浮かべる。
『────馬鹿な。あり得ない。何故……何故、生きている!?』
「貴様はファフニールのコアを材料に召喚されている。だから、本来どういう存在なのかは知らないが……悪としての側面が大きくなっているんだろう──即ち! 貴様の攻撃を防ぐ盾として、オレに勝る存在はない!」
真正面で啖呵を切って、彼は全身から加護の光を放った。
眩い光と、正反対の昏い光。決して相容れないはずの、二色の光をまぜこぜにして身に纏う。
何度見ても光と闇が合わさり最強過ぎる。これマジ? 最低系主人公じゃん。
『……ッ!? 貴様、なんだそれは……ッ!? 2つの相反する加護を合わせ持つだと!?』
混沌が薙ぎ払うような形で魔力を放つ。
雨あられに降り注ぐそれを、ジークフリートさんは意にも介さず正面突破。
勢いのまま飛び上がり、かがんでいた混沌の頭部へ直接大剣を叩き込んだ。
「それはオレが──人間だからだッ!」
乾坤一擲。
渾身の唐竹割りが、頭部を真っ二つに切り裂いた。
「貴様とは違う! 人間だから、善悪の両面を持つ。愛憎の両面を重ねる。異なる他者でも──受け入れられる!」
……ああ。
そうだ。その通りだよ、ジークフリートさん。
わたくしたちは人間だ。人間だからこそきっと、矛盾するような二面性を持つ。
だけどそれは悪いことじゃない。
いつかの敗北のために勝利を積み重ねたいわたくしは、矛盾しているように見えても、生き物として成立している。
「それはそれとしてわたくしを無視してんじゃねェェ────ですわ!!」
とっくの昔に完了していたチャージ分を叩き込んだ。
真横から直撃。キレイに二つに分かたれていた混沌の頭部が、根こそぎ消し飛んだ。
「うわっ急に叫ぶなよビックリした!」
【直撃か。しかし足りていないようだぞ】
ルシファーの指摘通りだ。
消し飛んだ頭部が、根元からうじゅるうじゅると再生していく。
「まだ再生するのかよ……!?」
〇外から来ました いや……再生、ってのはおかしい。再生なんてする必要ないはずだ……
再生がおかしい?
でも上位存在って再生している印象が──いや。ルシファーは傷ついたのを見たことないわ。ファフニールは権能として再生を持っていたからんっあっあああああこれそういうことか!
「完全に理解しましたわ!」
「は?」
「ユート、援護ありがとうございました。勝負を決めに行ってきます!」
ブラスターを一時的にしまい込んで、翼に飛行用エネルギーを充填する。
意図を理解したらしく、ユートはフッと笑った。
「ああ。行ってこいマリアンヌ。思いっきりぶちかましてやれ!」
「ノンノン。今のわたくしは、悪役魔法少女令嬢まりあんぬ★メテオ! クラスの皆さんにはナイショですわよ?」
「クラスっつーか国家機密行きだろなあこんなんんん!!」
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