PART47 冠絶戦闘/ラスト・ミッション(中編)
「4番、『過重不透過幻影群体』」
距離が離れていても、既に異常事態なのは分かった。
お父様が地面に剣群を展開する。しかしもう、お父様を囲むようにして軍勢がいる。
馬鹿げた光景だった。それは兵士として召喚されているのではない。混沌を起点として、地面が盛り上がり、一度融解してからまったく別の存在へと変貌している。
分子単位での存在変換!
どんな権能だよありえねえ!
「あれ、は……ッ」
「! ジークフリートさん、気分が悪くなりそうなら目をそらして下さい!」
「い、いや……感知したとも。これは、直視することで作動する精神的な呪いの類、か? オレは幸いにも加護があるが……この出力では、部下の騎士たちは呼べないぞ……!」
湧き上がる混沌兵団。
姿形は様々だった。半魚人のようなものから、半ば植物となったヒトガタ。あるいは、泥がたまたま四肢を持っただけの人形。
いずれも常人ならば直視しただけで、良くて一時的な発狂、悪ければ永続的に正気と断絶されることになるだろうおぞましき兵士たち。
「砕け、鎖せ、思い知れ」
それをお父様が鏖殺していく。
わたくしたちは高台に陣取って、その虐殺の風景を見ることしかできなかった。
「12番、『黒雷電貫焦砲Ver3.8』」
放たれた黒い極光が、湧き上がる兵団を消し飛ばしていく。
お父様は悠然と本体に向かって歩く。その歩みを、誰も止められない。一歩分の気を引くことも、角度を数度ずらすことも──何もできていない。
次々と湧き上がっているのに。
剣を振るうことすらなしに、攻撃魔法の連発で全てを片付けていく。
『抵抗は無意味だ』
「そうかな? 非常に有意義だと私は思うけど」
異常な光景だった。
秒間に数百体は現れ続ける軍隊を、即座に皆殺しにしていく。
魔剣が振るわれる度に数十数百の首が飛んでいる。絶え間なく魔力砲撃が行われ射線上の敵兵を消滅させる。
〇トンボハンター なんだ、これ
〇火星 軍勢を絶えず産み落とす権能、なのか……?
〇外から来ました 違う。アレは善にして悪、悪にして善。一にして全、全にして一……善悪とか数とかの概念がないんだよ。俺たちはお嬢を介してしか世界を観測できないから、見た目の数しか見えないけど。アレらは全部混沌本体であり、同時に混沌の端末でもある
【日本語でおk】
〇外から来ました すまん吟遊になりかけてたわ……定義としては正直全然違うんだけど、相対する上での認識なら、ひとまずは群体だと捉えてくれ
なるほどな。
アレ全部、単純に手先を召喚しているわけじゃないってことか。
【……の割には、お父様に無双ゲーみたいにやられてますけど】
〇外から来ました いやあ不思議だよなあ、あれ全部、ルシファーの端末の半分ぐらいの強さならあるはずなんだけどなあ
〇日本代表 言ってる場合か!!これ明確な異世界侵略型邪神ってことじゃねーか!
湧き上がる軍勢の一切を塵と肉塊に変えながら。
お父様は天にそびえ立つ混沌本体へと声をかけ始めた。
「久しぶりだな」
『…………そうか。お前か』
な、とわたくしは言葉を失った。
ジークフリートさんも驚愕に目を見開いている。
『ああそうだ──知っているぞ。お前を知っているぞ。かつても、そしてまたもや、私の降臨を妨げようというのか!』
「黙っていろ塵屑」
魔剣が輝きを増した。
一閃ごとに時空が裂けていく。
「貴様の降りる場所などこの世界にはない。貴様は世界の果てで未来永劫封じられ続ける定めだ。私がそうする。私が楔を打ち、貴様の明日を跡形もなく叩き潰す」
告げて。
お父様が魔剣を持たない左手を振るう。同時に剣群が一斉に起動する。
「射出」
飛び交う剣群たち。ファンネルじみた挙動で敵兵に突き刺さっては、炸裂して一帯を破壊する。
ワンマンアーミーの見本例みたいだ。文字通りに一人で、敵軍を殲滅していく。
「嘶きは遠く、空に羽撃け、斬魔の使徒」
その中で。敵兵だった残骸の中を悠々と歩きながら。
軽やかに、詠唱が紡がれた。
「21番、『深紅断切斬撃臨王ver3.3』」
彼の左手を起点に真っ赤な光が集結する。
それは鋭い刃でありながら、ゆるやかなカーブを描き、光輪を象っていく。
最終的には人間一人なら挽きつぶせてしまうほどに巨大な車輪となったそれを、お父様が左手で鷲づかみにする。
『なんてことだ。お前は……マクラーレンなのか』
攻撃準備を終えたお父様に対して、混沌がその名を呼んだ。
確定だ。こんなの、確定、しちまったじゃねえか。
〇鷲アンチ 前にも……戦ったことがある、のか……?
『驚いたぞ! かつてあれほど痛めつけたというのに、また一人でやって来るとは! あの娘の助力がなければ、封印はおろか撃退すら成せなかっただろうに! だが先ほど見たが──娘の力は一時的だったようだな。もう取るに足らん存在となっていた!』
「そうだ。だが次はない」
言葉と同時、光輪を思い切り振りかぶって、全身を使って打ち出した。
放たれた光輪は地面を疾走。直線上の敵兵を薄紙を裂くように貫いて、そのまま混沌の根元に直撃。
『……! これは!』
「私の本職は、戦士ではなく研究者でな。一度負けそうになった相手なら、研究をするのは道理だろう」
光輪が凄まじい勢いで回転し、大木を伐採するようにして根元へ食い込んでいく。
遠方から見るだけでも、その魔法のすさまじさが分かった。思わす震え上がってしまうほどだった。何せ神の如き存在の身体を、引き裂いているのだから。
徹底的に斬撃属性を突き詰めた完成度。こと、『ものを断ち切る』という一点において、これほどの鋭さを誇る物質或いは魔法を見たことはない。
『ハハハハハハハハッ!! 素晴らしいなあマクラーレン! かつての親友を殺すための研究は楽しかっただろう!?』
「黙れッ! お前はもう、彼じゃないッ!!」
混沌がその片手で、光輪を弾き飛ばした。
だが刃は欠けていない。お父様が左手を振るい、あらぬ方向へ吹き飛ばされた光輪をコントロール。再度混沌の根元へと飛翔させた。
『どうだ。他の連中は元気か? ん?』
「貴様に教える道理などない!」
お父様らしからぬ感情的な声だった。
思わず身を乗り出そうとした刹那、ジークフリートさんがわたくしを地面に引きずり倒す。
「あぶっ!?」
「来るぞ!」
覆い被さるような姿勢で、突如大剣を抜刀しそれを壁として構えた。
防御姿勢越しに見えた。混沌がその左手を振り上げて。
『舞い上がれ』
────地面がめくれ上がった。
局所的なサイクロンが無数に、一帯の地面から突如として天を衝いたのだ。
天変地異としか言いようがない。なんだこれは。
吹き飛ばされそうになるのを、ジークフリートさんにしがみついて必死にこらえる。
そして。
突然終わりが来た。
「滅相しろ、ヴェルギリウス」
竜巻が弾け飛ぶ。
その中心点に、お父様が、魔剣を振り上げた姿勢で佇んでいた。
「この程度で、私に何かできると?」
『そうだな────しかし心の内側までは守れないだろう?』
混沌が、かがんだ。
半固体の上体をゆっくりと落として、お父様を頭部らしき箇所で至近距離から覗き込む。
端から見ているだけで、呼吸が詰まった。ジークフリートさんが傍にいなかったら、ちょっと魂が砕かれていたかもしれない。
思わず悲鳴を上げそうになる。相当の距離があってこの精神的呪詛。お父様は!
「2番、『断絶次元強制召喚』」
混沌と自分の間に、次元の裂け目を展開した。
そして裂け目に魔剣を突っ込む。至近距離まで近づいていた混沌の頭部を、裂け目から飛び出した魔剣が切り裂いた。
「言ったはずだ。手の内をある程度見せてもらったからには、もう負けることはない」
『チィ……貴様!』
一方的に相手の精神攻撃を防いでいるのに、こちらからの物理攻撃は通している。
あの魔法、ちょっと汎用性高すぎるだろ。
「……マリアンヌ嬢、大丈夫か」
「えっ? あ、はい」
気分悪そうなジークフリートさんに心配され、頷く。
ここに来て退くことはできない。
せめて。
せめて彼が無事に帰ってくるまでは……
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