PART46 冠絶戦闘/ラスト・ミッション(前編)
一を聞いて十を知る者を、人は優れた賢者だと賞賛する。
一を聞いて百を知る者を、人は天才に違いないと褒めそやす。
本当にそうだろうか。
天才を、常人の尺度で測るなど、おこがましくはないだろうか。
本当の天才は──千万億すらも知りうるからこそ、天才なのではないだろうか。
「なんで生きてるんだよォォッ!?」
お父様の姿を見て。
決然とした面持ちで混沌の姿を見上げていた少年が、目をかっ開いて絶叫した。
「冗談じゃない! この場にお前が、お前だけはいちゃいけないんだよ!!」
指を突き付けて、わななきながら彼はスーツの男に吠えた。
先ほどまでの余裕はどっかに消えてしまっている。思えばこいつが余裕をしばらく維持できたことないかもな……
「ああ、そうだな。私がここにいると君の計画は破綻する」
「だからだよ! だから先に殺しに行った! お前が十全に力を出せないよう仕込み、足手まといも多数置いて、絶対に殺せる布陣を組んで──そして、殺した! 殺したはずだろォ!? なんで殺されたやつが出てくるんだよおかしいだろうがッ!!」
「言わなければ分からないか? 君の計画を破綻させるために動いていた、ということだ。先の王都襲撃の際、君たちを制圧するのは容易かった。だがそれでは、また次の誰かが、いつか同じことをするだけだ」
お父様の魔剣に魔力が充填されていく。
黒い輝き。代名詞の魔法と同様、光を飲み込む輝き、という矛盾の光がまぶしさを増していく。
「それでは、いけない。私はこの哀れな存在を終わらせに来た。無用な悲劇一切を、その再演の可能性を全て潰しに来た」
「…………お父様、アナタは」
「元より既に滅んでいなければならなかったのだ。私のミスだ。あの日、私が仕留め損なった。いいや……あろうことか敗北寸前まで追い詰められた。私の未熟が、私の脆弱さが、今日に至るまでこの破滅を生き長らえさせた」
その時だった。
隣で呆然としていたジークフリートさんが、何の予兆もなしに、わたくしを抱きかかえて飛び退いた。
「ジークフリートさんッ!?」
「総員退避────!!」
お父様の背中が遠ざかっていく。咄嗟に手を伸ばすけど、届くはずもない。今のわたくしは流星未発動状態の、生身だ。
「全員退避しろ! 全速力でこの場から撤退!」
「ま、待って下さいジークフリートさん! どうしてッ」
彼に抱えられた姿勢のまま叫ぶ。
いや分かってる。わたくしはもう全力で走ることすらままならない、生きてるのが不思議な半分ぼろ雑巾だ。
……そうじゃない。そうじゃねえって!
「まだ、まだお父様があそこにッ」
「だからこそだ!」
あれほどの激戦を乗り越えた後だというのに、ジークフリートさんは木々の合間を縫うようにして、飛ぶように駆け抜けていく。
「流星と禍浪の激突でワームホールを開き、あの混沌なる存在を召喚するのが敵の狙いだった! そして、それに対してカウンターを当てるのが、君のお父さんの狙いだ! 恐らくそこに我々がいても邪魔になるだけ……!」
「だけど! あの人、あの人!」
もう自分でも何を叫ぼうとしているのか全然分からなかった。
抱きかかえられているのに飛んでいるような、騎士の顔とお父様の顔のフラッシュバックが入り混じってどっちが現実なのか分からなかった。
「お父様、死にに来たって!」
「……!」
併走している騎士たちが、わたくしの声にぎょっとする。
自分でも信じられないぐらい悲痛な声が出たな、と他人事みたいに思った。
「……できることは、ないかもしれないぞ」
「構いません!」
意を決したように、ジークフリートさんは足を止めた。
「ッ!? 隊長!?」
「退避を続けろ! 敵憲兵団の兵士も、動けない者は救助し速やかに戦場から離れるんだ!」
よく見れば、走っているのはわたくしたちだけではない。
カサンドラさんたちの兵士も、また混沌の顕現した地点から避難していた。わたくしたちより迅速な反応、恐らく彼らにも話が通っていたのだ。
「王国の騎士よ、心遣い感謝する! だが我ら『ラオコーン』は全員健在だ、手は患わせんよ!」
「それは重畳──ん? これ重畳でいいのか?」
いやそれ以前に全員健在じゃないだろ。
ロイの蒼い雷を食らった連中、ひっくり返ったまま、担ぎ上げられて運ばれてるじゃねえか。
「もうあいつらはどうでもいいでしょう!」
「分かっている。だがマリアンヌ嬢、危険だと判断したら、君が何と言おうと今度こそ撤退する。いいな」
「うっさいですわね! わたくしの願いを最大限に叶えたいんじゃなかったのですか!」
「君が生きているからこそ君の願いに応えられるんだ! それを忘れるんじゃないッ!」
びくんと肩が跳ねた。
真っ向から、叱り飛ばされた。そんなの記憶にある限りでは……前世ぶりだった。
「……分かってくれるだろう? マリアンヌ嬢。オレはこんなところで君を喪いたくない。君だって、こんなところで死ぬ定めじゃないはずだ」
「……ッ」
「今から君を、あの場所に連れて行く。だがオレが危険だと判断したらすぐに退避する」
ジークフリートさんの腕の中。抱きかかえられた姿勢で、逃げてきた場所を見る。
光の柱の中から姿を顕した混沌は微動だにしていない。だがその足下では断続的に爆発音が聞こえた。
「往くぞ!」
「……はい!」
ジークフリートさんが木々を越える大ジャンプを切り出した。
一気に視界が開ける。到着には遠くとも、必然わたくしたちは見ることとなった。
光の柱の中から姿を顕した存在と────お父様の戦いを。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




