PART45 真打登場/アンコール
ぶつんと視界が切れて、気づいたら天を仰いでいた。
あ……これ倒れてる?
「気がついたか」
ひょこっと視界に入ってきたのは、鎧がボロボロになって、けどなんだかんだで途中から無傷のまま勝ったジークフリートさん。
顔はモロに疲弊していた。疲れ切っている。恐らくあのワケ分からんモードが解除されているのだろう。
「まったく、アナタも、無理しましたわね……」
「……ふっ。君のおかげで、無茶ができたんだ……」
気合いを入れて立ち上がる。
切腹した傷が塞がっていた。治療魔法をかけられていたようだ。
おなかもなんかたぷたぷするし、これポーションガブ飲みさせられたな。
「……一件落着、ですわね」
周囲を見渡す。
拘束されたカサンドラさんと、再生せず呻いているファフニールの姿があった。
勝った。
……じんわりと、染みるように実感が湧いた。
「ああ。君のおかげだ」
「謙虚が過ぎますわ。邪竜を倒したのはアナタでしょうに」
「君がいなければ……オレは立ち上がれなかったよ」
「そうですか?」
「ああ。君に出会えて良かったと……心の底から、思っているよ」
ふっ、ふーーーーん?
なんかやたら顔が熱かったのでぱたぱたと手で扇いで顔を背けた。
わたくしが立ち上がっているのを見て、ユイさんたちが駆け寄ってくる。
「もう、無茶しすぎです!」
「ご心配をおかけしました。ですが勝ってきましたわよ」
みんなを笑顔を交わす。
そう、終わった。
勝ったのだ──
「カサンドラ、よくやった。よくやったよ」
声が響いた。
見れば、拘束されているカサンドラさんの隣に、少年が立っていた。
〇第三の性別 ……そういやお前だけ残ってたっけな。
〇脚本家 ああ。戦闘には参加できなかったけどな
〇日本代表 大人しく降参してくれない?色々と聞きたいこともあるし
コメント欄でも既に、彼にできることはないと断言されていた。
「残念でしたわね。アナタのクソ脚本は終わりですわ」
「うん……確かに、カサンドラとお前が戦うように、僕がシナリオを書いた。だけどそれは、カサンドラがお前を倒すお膳立てじゃない。二人が戦うことそれ自体に意味があったんだ」
あ?
少年相手に騎士たちが警戒する中、彼は一瞬でカサンドラの拘束を解く。
彼女は立ち上がると、痛みに顔をしかめながらも彼に問う。
「……共犯者さん、目的は達成できたかしら」
「バッチリだ」
おかしい。
なんだこれ。負けた空気じゃない。
だって──勝った後の空気出してやがる。
「ファフニール」
『……そうか。そういうことか』
少年が声をかけた先。
それを見て、わたくしは言葉を失った。
ファフニールのコアが、解けていく。光の粒子に分解されていく。
〇無敵 ……ッ!? なんでコアが自壊してるんだ!?
『ワームホールの発生と、我のコア……貴様! 愚かな真似をしたな!』
「好きに言ってくれ。もう終わりは始まったんだ」
『諦めん、諦めんぞ……!』
呆気にとられているわたくしたちの前で。
ファフニールの存在が分解されていく。巨躯も光に解けていく。
『諦める、ものか……! 我はゼールと共に、この世界を支配する……! そして、そして……ッ!』
そしてそれらが、天に昇っていく。
わたくしとカサンドラさんの最後の一撃で、奇妙に歪んだままの空に、吸い込まれていく。
『最初から、誰も善など信じなければいいのだ……! 悪こそ全てだという新たなる倫理を、遍く敷く! そして……!』
もうコアの9割が分解されていた。
覆せない敗死を前にしてもなお、邪竜は変わらぬ憎悪の声を上げる。
『もう二度と──あんな…………あんな女と、出会わずに……』
それが最後の言葉だった。
ファフニールのコアが粒子へと分解され、天空のワームホールへ吸い込まれていく。
わたくしたちはただ、その光景を見ていることしかできなかった。
「……許してくれ、ファフニール。あんたに信念があったことは、ちゃんと分かってるつもりだ。最初の願いを忘れた醜い妄念に成り果てても……根源は、確かな祈りだった……」
少年は数秒目をつむった。耐えがたいと言わんばかりの、泣きそうな表情だった。
何だよ。
何をするっていうんだよ、こんな。
「アナタ、は! アナタは一体、何を……!」
「僕に方法を教えたのは、ファフニールだ。上位存在の召喚術式を教えられた。それを使って自分を呼び出せと。だけど……それ以上の知識まで与えられていた。本当に呼びたかったのは、そっちだ」
彼は天を見上げた。
雷雨の向こう側で、虚空へと続く洞穴がぽっかりと開いている。奥底など到底見えない。
〇宇宙の起源 あっ
〇101日目のワニ え、何? 何?
「条件は二つ。一つは、ファフニールの完全顕現。これはファフニールの力を最大限に発揮するためではなく、完全顕現しなきゃコアがこっちの世界に来ないからだった」
少年が滔々と語る。
勝利宣言と言うには、余りにも無機質な声だった。
「もう一つはワームホールの顕現。現世とも、地獄とも異なる位相……『エテメンアンキ』へ続く道。かつて開闢の覚醒者によって閉じられた道をこじ開けるには、莫大なパワーが必要だった。僕とカサンドラは考えた……禁呪同士の激突こそ、それに適していると」
思わず自分の右手を見た。
先ほどカサンドラさんを打倒したこの拳。だが、それすらも脚本上に書かれた、一つのイベントに過ぎないのだとしたら。
〇宇宙の起源 これまずいねまずいよまずいよこれやばいよこれ、おい担当者感じてるだろ!?
〇外から来ました ……アクセスされてる…………
「さあ来るぞ──開闢と終焉の狭間に在りしもの。はじまりでもおわりでもない。ただ、やり直すための切欠に相応しい存在!」
少年が叫ぶと同時だった。
ワームホールから一筋の光が迸った。
雷が地面へ落ちるようにして、極光の柱が立つ。それ自体が門なのだと遅れて気づいた。
柱の中から、のそりと、人のような形の巨像が現れた。
表面がぶよぶよと蠢いている。感覚器官らしきものはない。
下半身から先は全部、成形するまえの粘土のように、緩やかに蠢動している。
上体から伸びた腕は地面に届くほど、アンバランスに長い。
子供がふざけて作った怪物、みたいだった。
『■■■■■、■■■■■■■■■■■、■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■』
声が響く。周囲から苦悶の声が上がった。
神聖言語。聞いただけで人間の脳に凄まじい負荷をかける異界の言葉。
『■■■■■■■。■■■■■■■■■■■──そのためにこそ、私は存在する』
それが途切れ、突如として発声を聞き取れるようになる。
スイッチを切り替えられた。
こちらの世界に、瞬時に適応された。
「コアを材料として召喚した。これが本当の切り札だ。お前たちの頑張りのおかげだよ……これで、僕たちはゼールを滅ぼし、この世界を破壊し尽くせる」
「何の、ために、そんな」
「知る必要があるのか? まあ……ルシファーじゃダメってだけだ。あいつは、本当に何も残さない。再建のしようがない破滅だ。こいつは、この混沌は違う。こいつは再生のための破壊だ」
混沌。
その名前を聞いて、奇妙に頭の奥が痛んだ。
〇みろっく 何、こいつ?
〇外から来ました お嬢その場からすぐ逃げて。そいつ、全力でこっちの神域から力引っ張ってる
〇日本代表 はあ!?
逃げる、ってそれどころじゃないだろ。
混沌がのそりと、周囲を見渡す。わたくしたちを見つける。
心臓が張り裂けそうだった。もう誰もまともに動けない状態だ。
「……そん、な」
ジークフリートさんですら、武器を構えることもできない。
ルシファーの端末が顕現した時すら、こんなにも死と絶望を実感しなかった。
もう誰もが出し尽くし、限界を超え、限界のその先すら枯れた瀬戸際。
終わりが訪れてしまった。
眼前で混沌がその腕を振り上げる。
隣のジークフリートさんが、なんとか立ち上がろうとする。
間に合わない。
ふざけるな。
こんな、こんなところで終わってたまるか。
冗談じゃない。
わたくしは、まだ、こんなところでは────ッ!!
「12番、『黒雷電貫焦砲Ver3.8』」
漆黒の奔流が、わたくしの頭上を駆け抜け、混沌の振り上げた腕に直撃した。
黒く、光を飲み込む闇。だというのにそれ自身は輝きを放っているという矛盾。
────え?
足音。
周囲の絶句する雰囲気だけが、伝わってきた。
顔を上げることすらままならないわたくしの隣に、その足音はやって来て。
「よくやった。流石は私の、自慢の娘だ」
声が聞こえた瞬間に視界がにじんだ。
「……なん、で」
「必要があった。私が死んだと、私以外のあらゆる存在が信じ込む必要があった。でなければ……この迎撃作戦を成立させることはできなかった」
ああもう、そうか、そうだよな。
当たり前だ。全然そりゃそうだ。
死ぬはず、ないよな……!
「お父様……!」
わたくしは涙を拭うことすら忘れて顔を上げ。
絶句した。
「だからマリアンヌ、感動はするな。私は今度こそ──本当に、死にに来たのだ」
いつも通りの真っ黒なスーツ。オールバックに整えられた髪。
だがその深紅眼が。見慣れた、わたくしにも受け継がれたルビーの瞳が。
昏く、見たこともない激情の色を宿して、妖しく光っていたのだ。
「お前を討ち果たすことで、私という存在は役割を終える」
彼はわたくしを一瞥もしない。
ただ通り過ぎざまに、優しく頭を一撫でして、数秒動きを止めて、それからぎこちなく離れていく。
「未来へ繋がる光は、十分すぎるほどに育った。後はただ、既に吹き払われていなくてはならないはずの闇を、今度こそ吹き払うだけだ」
違う。
待って。
待って、お父様、それは違う。
言葉が出ない。声を聞けば分かる。お父様は、わたくしにウソなんてつかない。
心の底からそうだと思ったからこそ、声に出して、宣言しているのだ。
「滅相せよ、破魔の鋼……開闢の残滓を奏でよう」
お父様が。
マクラーレン・ピースラウンドが、魔剣を片手に進み出る。
彼はその切っ先を、混沌へと突き付け、告げた。
「旧時代の異神よ──清算を始めようか」
嫌でも分かる。
わたくしたちの舞台は一つの区切りを迎えた。
ここから始まるのは別の演目。
登場人物が、主役が入れ替わり、開幕する再演。
別次元が、はじまる。
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