PART42 敢然超悪ファイアハート
固定術式の破壊は、しかしファフニールの存在に一切の影響を与えていなかった。
『フン、破壊しようとも今更だ! 我の完全な顕現は既に成立した!』
空中を飛び回りながら、ファフニールが嘲るように声を上げる。
術式の破壊をジークフリートも感覚的に察知していた。同じ系統の存在であるためか、奇妙なリンクが繋がっている。だから既にファフニールの存在自体に影響はないとも理解出来た。
だがジークフリートは不敵な笑みを浮かべていた。
「いいや……意味はある。顕現した貴様は、自分自身で、自分の存在を固定できている」
『そうだ。その通りだ。故に無敵となった!』
「違うな。ならば固定術式なんて破棄すれば良かった。維持していたのは保険のためだろう? だがそれを失った以上、貴様の存在を担保できるのは貴様だけだ! 『倒せば、倒せる』! オレたちと同じ領域に落としたぞ!」
『できるものならなあッ!』
人類が畏れる超越存在の結晶体。
火を吐く竜という、穏やかな暮らしを編む人々に対する絶対的虐殺権能の行使。
『いい加減、根こそぎ消えてなくなれ────!』
(最大火力が来る!)
ジークフリートは巻き込まれる味方がいないか、周囲を即座に確認し。
「は、ぁっ……?」
いた。
ユイ、ロイ、ユート、リンディがいるのを見た。
(まさか────戦闘を続けている間に、本陣近くまで来ていたのか!?)
戦闘の余波だけで人間を轢殺して余りある、絶戦。
絶対に巻き込んではいけない学生たちが、間近にいた。
「ジークフリート殿……!」
「全員退避しろ!」
ロイが加勢しようとする瞬間に、騎士が制止した。
「最大火力が来る! 下がれ!」
「……下がれって、お前」
「本当に死ぬぞ! 学生を下がらせろッ!」
副隊長に対してジークフリートが叫ぶ。
当然の選択だった。騎士として、大人として。
けれど。
「うるっせー!! 黙ってろッ!」
「……ッ!?」
ビリビリと空間を震わせる大声。
それを上げたのは──ユートだった。
彼は両眼から焔を噴き上げて、隣のユイに顔を向ける。
「ユイ! まだ加護のストックはあるか!? 一瞬で良い!」
「……ッ! 分かりました! 彼の者に、『祝福』を!」
瞬息集中による出力向上。
加護を受けてユートが右手から焔を噴き上げた。
だが生み出された莫大な出力は、普段通りのユートが制御せねばならない。
「ユート! 何を……!?」
「俺の友達たちが命張ってんのに!」
剣が膨れ上がっていく。
大地そのものを両断するほどに、大きく、天すら衝かんとそびえ立つ。
「俺だけ何もできない、しないなんて!」
走りながら、彼は剣を振り上げた。
降り注ぐ雨が、火柱の通過したところだけ蒸発していく。
「そんなの我慢できるかああああああッ!!」
カサンドラが禍浪を自在に変形させるのと比べれば、余りに不格好。
剣というよりは、威力の放出が辛うじて指向性を持ち、結果として剣のように見えているだけだ。
それでも。
ユートという不器用な男が作るなら、これ以上の剣はない。
「『灼焔・巨偉熱剣』アアアアアア!!」
禁呪によって形成された剣を、ユートは──投げた。
「ジークフリート! これを使えェッ!」
「次は事前に言ってからやってくれるか!?」
慌てて騎士が大剣を放り捨てて、飛翔してきた剣の持ち手を掴む。
「むぅっ……!」
流石に無理があったらしく、ジークフリートが加護を両手に集中させる。
それでもあと数秒保つかどうかだ。
数秒──彼にとっては十分すぎる。
紅髪の騎士が、その剣を振り上げる。視線の先では、天に翼を広げる巨大な邪竜がいた。
『何だそれは!? 何故、禁呪保有者と貴様が手を組んでいるッ!?』
「無論────友達だからだ!」
全開出力のドラゴンブレスが吐き出される。
一帯を焼き尽くしてもなお有り余るであろう、絶死の広範囲攻撃。
ざんッ、と。
ブレスが、真っ二つに切り裂かれた。
ジークフリートが放った斬撃。
巨大、長大、そんな言葉でも足りない焔の剣が、今度こそファフニールを切り裂いた。
『────く、ぉっ』
刹那の斬撃が、曇天に斬撃痕を刻んだ。ばかりと切り裂かれた雲の隙間に星々が煌めく。
浮力を失ったように、巨躯が落下を始めた。
そのまま邪竜が地面に墜落する。
大地が揺れた。ジークフリートたちが思わずよろけるほどに、地面が大きく揺れた。
『ばかな』
力ない声。
見れば砂煙の向こう側で、ファフニールが横たわっている。
身体を深く、深くすぱりと切り裂かれた邪竜は──再生が、始まらない。
ジークフリートは自分によく馴染んだ、ファフニールの支配法則の感覚が薄れていくのを感じた。
「……貴様の再生能力にも、限界があったということだな」
『あり、えない……完全顕現を果たした我が……死ぬ、とでも……!?』
「ああ、死ぬ。オレが殺す」
焔の剣がかき消える。
ユートは視界が揺らぎ、その場に蹲った。まずい、と頭では分かっていた。ジークフリートへの加勢のため、『灼焔』の制御が緩んだ。
すぐにでも、後方から敵兵たちがマグマの地獄を脱出して、駆けつけてくる。
だが────大勢は決していた。
「忘れたか、大邪竜ファフニール。貴様も、オレのことをそう認識していたはずだろうに」
『ありえない、ありえない……ッ! 我を、完全なる上位存在を打倒するなど……!?』
「できるさ。オレは──『竜殺し』なのだから」
ゆっくりと近づいていく。
ファフニールの身体が切り裂かれ、そこに光がたまっていた。
目を凝らせば……中心に、発光する球体があった。
「そうか。完全顕現した以上……存在の中核もこちらに来ていたのだな」
コアを破壊すれば、ファフニールは完全に稼働を停止するだろう。
だが足音が響いた。
振り向けば、ロイたちの更に後方。草木をかき分けて、『ラオコーン』の兵士たちが追いついてきている。
「馬鹿な! ファフニールが……!?」
「もうよせ!」
狼狽する兵士たちを見渡し、ジークフリートは元の大剣を拾い上げて一喝する。
「不死の理は破られた! これ以上は本当に巻き戻せない死だ! 投降しろ……!」
『……ッ』
前に進み出るジークフリートと、中隊騎士たち。
敵兵たちとにらみ合う彼らの背中を見ながら、リンディはユートの隣に座り込んだ。
「…………勝った、のよね」
「ああ、大体、終わったはずだ……」
深く息を吐く。
そして気づいた。
恐らくロイとユイは、最初から気づいていた。
────つくべき決着はもう一つある。
爆砕音が響き渡った。
全員、弾かれたように音の発生方向を見る。
音は断続的に響き、段々と近づいてきていた。そして最後には。
「どぅおおおおおああああああああああああッ!!」
「つああああああああああああああああああッ!!」
黒髪と銀髪がまぜこぜになって飛び出した。
超至近距離で攻撃を打ち込み合いなら、マリアンヌとカサンドラもまた、本陣近くまで転がり込んできたのだ。
「こぶっ……」
「ぎ、いっ」
身体が弾き合い、二人が反対方向へ吹き飛んでいく。
べしゃりと地面に落ち、数メートル近く転がってからやっと止まった。
お互いの禁呪がかき消えていく。
マリアンヌの体内に血液が巻き戻し再生のように吸い込まれ、腹部からこぷと血が流れ出した。
「…………ッ」
静謐。
駆け寄ろうとする者もいた。だが雨音だけが響き、倒れ伏す二人の令嬢の呼吸音すら聞こえない。
にじむ視界の中で。
確かにジークフリートは──カサンドラが、ゆっくりと立ち上がるのを見た。
「はぁっ、はぁっ、はっ……はぁっ」
荒く息を吐き、激痛に顔をしかめながら。
それでも悪逆令嬢が立ち上がり、目の前で倒れ伏している少女を見やった。
「もう、立ち上がらないで……」
心の底からの言葉だった。
幾度も攻防を繰り返し、並の相手なら十回殺害できるダメージを与え合い、それでも戦いは続いている。
いい加減に終わってくれと願うカサンドラの前で。
「ぐ、えっ……ふぅーっ……」
呻きながら。
雨に打たれながら。
悪役令嬢が、腹部を押さえて立ち上がる。
「全然………全ッ然、効いてませんわァ……!」
効いている!
超効いている!
「さあカサンドラさん……! いよいよフィナーレですわねぇ……ッ!」
「貴女、は! 貴女はどうして……ッ!」
騎士たち、憲兵たち、友人たちが息を呑んで見守る中。
二人の令嬢が、視線を重ねた。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




