PART41 男子裂帛ライトブラスト
「本当にやれるのよね!?」
「やるしかねえだろうがッ!」
一方、マリアンヌとジークフリートが戦闘している後方。
不死の兵士に攻め込まれている本陣では、ユートが十三節詠唱の力を必死に練り上げていた。
「ロイ君! 私の作戦が上手くいっても、多分なんですけど……あの隊長格の人は、対応してきます! その場合に動けるのはロイ君だけです!」
「ああ、分かってるさ」
ユートとリンディは本陣の高台にて、二人の間に佇むユイから同時に加護を受けていた。
二重スレスレの加護。今耐えられる限界の助力を受けて、ユートが禁呪を展開する。
「ハインツァラトス君! 今だ!」
防衛戦を形成していた騎士たち。
彼らが息を揃えて、一気に後退する。
交戦していた敵兵たちが数秒硬直した。背を向けて逃走されて、目を丸くしている。
「……! いかん、防御、いや撤退しろ!」
「いけよォッ、『灼焔・灼熱地獄』ォォォォッ!!」
敵隊長が慌てて指示を飛ばすが、遅い。
ユートを起点として焔の波が吹き荒れた。騎士たちが退避するのと入れ替わりに戦場を根こそぎ薙ぎ払い、敵兵がマグマに飲まれていく。
「ヒ、ィァアアッ!?」
「熱い、あ、うあ、脚、溶けて……!?」
「狼狽えるなッ! 我々は不死身だ、すぐに再生する!」
数秒で一帯が地獄と化した。
そして、それだけじゃない。
「リンディさん!」
「安らかな安息を、穏やかな木漏れ日を、あるがままの自由を……日の流転は変わらず、灯火は赤子を守る……静寂の眠りにつけ……!」
六節回復魔法『癒憩昇華』発動──!
加護の助力を受けて、リンディが敵兵全体に付与した回復魔法。中級に分類されるそれは、本来の即効性を、加護によって広範囲にもたらす。
マグマの中で呻く兵士たちの、溶かされている脚部が再生する。
だが再生したところでマグマの中だ。
「ひがっ、あ、あああああっ!?」
「なんで、再生がおそく……!? い、うあっ、あああ、あし、あしが……!」
再生サイクルの発動を待てば、ファフニールの理ありきで敵兵は動いてくるだろう。
だがそうはさせない。リンディの回復の方が早い。
大邪竜の加護には劣る。劣るからこそ、痛みは消えないし、中途半端な再生が痛みを継続させる。
「……気分悪いわ。二度とやりたくない」
「同感だな」
二人は天使と悪魔役を続けながら、吐き気をこらえていた。
発案者であるユイは、申し訳なさそうに縮こまっている。
「その、ごめんなさい。嫌な役を」
「いやいい、いいぜ。仕方ねえよ」
周囲に集まってきた騎士も、先ほどまで刃を交わしていた相手が悶え苦しんでいるのを、直視しがたい様子だった。
けれど──その地獄を、真っ向から破る人影が一つ。
「学生相手と舐めてかかったのが運の尽きだったか! しかし君たちを倒せば問題はない!」
敵の隊長格。
両足を自分で切り落として、ファフニールによって再生させることで、無限地獄に飲まれるのを回避していた。
「ロイ君! 魔法発動は……!」
「もう一発だけなら、気合いでなんとかしてみせるさ!」
ユートたちめがけて猛進してくる『ラオコーン』隊長の目の前に。
マントをなびかせ割って入るのは、ロイ・ミリオンアーク。
「ロイ君、やっちゃえェッ!」
「ミリオンアーク、思いっきりぶちかましなさい!」
「仕方ねーから譲ってやるよ! 決めろよ!」
応援を背に受けて、貴公子が剣を構えた。
正眼に構えて息を深く吐く。
「雷霆来たりて、邪悪を浄滅せん」
詠唱が紡がれる。
八節に及ぶ雷撃魔法『灼天迅雷』の、改変無しの詠唱。
「今こそ進撃の刻、敵の喉を幾重にも突き、軍神の御姿は疾駆する」
全身を循環する魔力が乱れ、激痛が走る。
それでも。
「天破の神威が剣に宿り、終焉を混ぜる混沌を断ち切り、宙に流星が輝くだろう!」
今ここで何もできなければ、意味なんてないから。
「どけぇっ!」
(剣術では互角、あるいは不利。だけど──!)
間合いが刹那で詰まる。
互いの距離を、静かに、ロイは把握していた。
(この一度きりでいい。頼む。僕は……僕は彼女のために、諦めるわけにはいかないんだ!)
世界がスローモーションになる。
迫り来る刃を視認する。
「第二剣理、展開」
刹那の抜剣。
稲妻のように走り出し、ロイが、敵隊長と交錯──
「────模倣雷影・斬光疾駆」
しなかった。
「なんとォッ!?」
直前で姿がかき消えた。
だがいる。敵をぐるりと囲むように、複数人のロイがいる。
あらゆる方向から刺突、斬撃が繰り出された。半数近くを撃ち落とす代わりに、半数が身体をズタズタに引き裂いた。
それは超高速の連撃を、超高速で相手の周りを一周しながら放つ高速技巧。
雷撃魔法による加速を爆発的に高め、数度の斬り込みを行うロイのテクニック。だがそれは今は、平時の数倍近いスピードによって残像を形成するに至った。
最後に正面へ戻ってきたロイが隊長をマグマの海へと蹴り飛ばす。
「これほど、とは……! 御美事だ……!」
「…………」
「カサンドラ様、申し訳ありません……!」
赤く光る海に沈んでいき、隊長が悔しそうに呻く。
その光景に、ロイは目を伏せ、それからがくんと崩れ落ちた。
「ミリオンアーク!」
リンディが即座にロイも回復対象に含めた。
だが痛みにえずきつつも、彼は顔を上げて、戦場の奥を見据える。
「マリアンヌ……どうなってるんだ……!?」
ユートたちが敵兵を一網打尽にし。
最奥部でマリアンヌとジークフリートが奮戦する中。
「……カサンドラ様たちは、無事でしょうか」
「分からん。我々は、ここを守護するだけだ」
戦場から少し離れた山の中に、『ラオコーン』の別働隊の姿があった。
彼らが守っているのは、紫色に輝く魔法陣。
常に魔力を大地から吸い上げ、作動し続けている。
「おーっ、おいおい。マジでやっと見つけたわ」
「!?」
その時、戦場に似つかわしくない軽薄な声が響いた。
慌てて兵士たちが剣を構える。がさがさと草むらをかき分ける音。
「いやあ、それ、上位存在を固定する術式だろ? 例の、特級選抜試合の時にもあったって聞いたんだわ」
姿を現わしたのは、灰色の長髪を一つに束ねた、長身痩躯の男。
「で、それを踏まえて今回のコレだ……順当に考えりゃ分かるだろ、前回のアレは試金石だったってことだ。ならどうするかって、戦場から少し離れたところに置く。誰だってそうする」
「きっ、貴様何者だ!?」
「ん? 観光客」
ルーガー・ミストルティン。
マリアンヌが格闘術の師と勝手に仰ぐ、対人格闘戦最強の男。
彼は兵士たちの前でおどけたように両手を挙げる。
「そいつがファフニールを固定してたんだろ? まあアレだ……話を聞いちまったっていうか。抜け目ねえよな、あのジークフリートって騎士。俺のこと把握して、もし良かったら協力してくれないかって言われてさあ。で、見つけちまった。降伏してくれると楽なんだけど?」
「巫山戯るな!」
ぺらぺらと長台詞を喋りながらも、ルーガーの視線は魔法陣の仕組みを見て取った。
(なるほどな。魔力を持ってたら近づくだけで呑まれちまうってわけか)
「貴様がいかに優れた魔法使いであろうとも、これは破壊できんぞ!」
「ん、まあ……あー……ご愁傷様。アンタら、マジで運が悪すぎだろ」
一瞬だった。
剣を構えていた三人が、同時に地面にひっくり返った。
刹那の脚さばきで距離を詰めたルーガーの掌打は計三発。一人一発で、キレイに意識を刈り取っている。
「そらよっと」
そのまま地面を思い切り蹴りつけた。
震脚──魔法陣が刻まれた大地がビシリと割れ、循環していた魔力が柱となって吹き上がる。
「おーおー……凄え光景だな……」
上位存在の固定に必要だったエネルギーが無秩序に天を衝き、雨雲を散らしていく。
それを見上げながら、ルーガーは胸元から煙草を取り出すと口にくわえた。
間欠泉のように噴き出す魔力に、上体をかがめるようにして煙草を突き出す。ジュッと先端数センチが消し飛び、残った部分が赤く火を灯していた。
紫煙を吐き出して、ルーガーは爆心地と化している戦場に振り向く。
「さて、俺はお役御免だ……後はお前の仕事だぜ、マリアンヌ」
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