PART39 光輪戴冠ジャガーノート(後編)
「こいつら……! さっきから再生速度が落ちてる……!?」
ジークフリート中隊副隊長を擁する本陣にて。
騎士たちと合流し防戦を継続していたリンディが叫んだ。
互いに背を預け合い、不死の兵たちを吹き飛ばし、近づけさせない。だが疲労は蓄積している。
「本当かい!? 僕には、全然分からなかったけど……!」
肩で息をしながら、ロイが応じる。
憲兵隊『ラオコーン』の兵士たちは変わらず、致命傷を受けても回復して戦列に戻ってきている。
「いや、なんとなくリズムが変わったぜ! なんつーか、戻ってくると思ったのに戻ってこねえタイミングがある!」
一人で左翼を丸ごと担当しているユートが、声を張り上げて応じる。
単体ユニットとしては最強クラスである以上、負担が増えるのは道理。だが実戦慣れしていない彼が限界に近づきつつあるのは明白だった。
何か打つ手はないかと誰もが考えながら、戦っている。
そんな中。
「いいえ、違います──再生の全体的なペースは落ちていない、けれどサイクルが発生しています。絶えず再生し続けるのではなく、ダメージを受けて、一定の時間経過で回復するよう方式が切り替わったんです」
正面。
四人ほどがこちらに向かい前進していた。その四人ともが宙に舞った。
首や四肢があらぬ方向に曲がっている。強い衝撃だけではない、人体の脆弱性を的確に突いた攻撃だった。
「そのエグい攻撃は……ユイね!」
「リンディさん、その認識のされ方は、反論できないですけどかなり抵抗があります」
B小隊を救助して戻ってきたユイが、そのまま本陣に戻る。
副隊長だけでなく、ロイたちにも聞こえるように、ユイは腹の底から声を出した。
「ロイ君、ユート君、リンディさん! 私に考えがあります!」
「どうせ死ぬほど残酷な方法だろ!?」
「なかったことにしていいですか?」
「よしてくれ! ユート謝れ! 彼女に詫びるんだ!」
「いやもうホント俺が悪かった。完全に俺が馬鹿だった、ホントごめん」
「皆さんの中で私の認識どうなってるんですか……」
まったくもう、と頬を膨らませる彼女に対して、副隊長も顔を背けた。
「……ねえ。怒らないので、その辺一度話し合いませんか?」
「……ごめんね、ユイ」
「謝られるのが一番傷つきます!!」
何度か目をこすった。
一応幻覚ではないらしい。
ふと顔を横に向けると、水のヴェールこそ展開したまま、カサンドラさんが呆然としていた。
彼女もゆっくりとこちらを向く。わたくしはもう何も言えなくて、適当に微笑んだ。向こうも曖昧に微笑む。
「ハァアァアアアアアアアアッ!!」
『ぐぎゃああああああああああああああ!?』
わたくしたちの眼前。
大邪竜の解体ショーが始まっていた。
ブレスや、翼による殴打、あるいは尻尾での打ち払い。
抵抗こそ派手だが、ジークフリートさんにはまったく通じていない。ブレスは切り裂かれ、翼はへし折られ、尻尾が根元から切り飛ばされた。
超速再生によってコンマ数秒で元の姿に戻っているが、痛いだけだと思う。
「諦めろ、ファフニール! 貴様の落日は既に訪れたぞ!」
『黙れェェェエエッ!』
都合何度目かも分からないブレス。
ああなるほど。こいつ、存在が強力すぎて、攻撃パターンがそんなにないんだ。
ジークフリートさんが剣を真っ向から振り下ろした。ブレスを両断し、その勢いのままに飛翔した斬撃が、ファフニールを縦真っ二つに切り分ける。
「……貴様が因子を継いだ。人間に、邪竜の因子を与えた。巡り巡ってそれが今、貴様を討つ。皮肉なものだな」
無限に再生し続けるファフニールを、無限に殺し続けるジークフリートさん。
ある意味では膠着状態だった。
気の毒そうにすらしている騎士に対して、邪竜が怒りの息を漏らす。
『ああ、間違いだった! あんな愚かな真似を何故したのか……!』
「山にでも、若い女をさらったのか?」
『気の迷いだったのだ……!』
流石にジークフリートさんも目を丸くした。
えっ? えっ、恋愛したの? え?
『あれは……気の迷いだった。あんな女に、一時でも惹かれた自分が愚かしい。常に自信に満ちあふれ、我が道を信じて疑わない。愚かとしか言いようのない女だった』
へ、へえ。すげえな異種間恋愛じゃん。しかもこれ悲恋か?
〇みろっく へえ、そんなことあったんだ
〇日本代表 知らん知らん知らん!責任者ァ!
〇無敵 いや……ちょっとすみません……今マジ……言葉でないッス……
〇日本代表 オーバーヒート起こしてんじゃねえよ!
まあ色々あるんだなあと思って、視線を前に戻す。
ジークフリートさんは──笑っていた。
え、なんで? 笑えるポイントあった?
「邪竜ファフニールよ。我が遠い遠い祖先、一つの原初よ。一つだけ同意したいことがある」
『……なんだ』
「分かるさ。自分を疑わないことが、貴くて、美しくて……ああ分かる。分かるとも。きっとオレとお前は似たところがあったのかもしれないな。その在り方は、ひどく眩しく見えたんだろう?」
『……! 黙れ小僧! 知ったような口を!』
ファフニールが翼を広げ、大空に飛び立った。
その威容に、後方で聞こえていた戦闘音がやむ。兵士たちも見上げて呆然としているだろう。
存在のスケールが違った。一方的な膠着状態ではあったが、今なら分かる。ジークフリートさんが殺し続けていなければ、大邪竜は一瞬で戦場をひっくり返せてしまうのだ。
『我は新たなる世界を築く! そこでは一切の善を許さない! 非道、悪逆こそが正位置となる! 正義を振りかざすだけの虫けらに生きる場所など与えない! 与えてたまるものか……!』
いやに感情的な声だった。
ああ、そうか。
あいつにも理由があったんだな。
「……そうだな。お互いに理由があって、ここにいて、敵意を向け合っている……」
何か納得したように、ジークフリートさんは数度頷いた。
それからゆっくりと、こちらに顔を向ける。
「マリアンヌ嬢……君の言う通りだったよ。オレは騎士であり、騎士でない面も持つ」
「……それは、ええ。そうでしょうね」
「自己の追求を至上とすることは、決して正義ではない。ならばオレは騎士であり、人間であり、そして同時に……悪ですらある。この力に適性があるのも当然だ」
誰よりも強くなりたいというエゴイスティックな面。
己こそが最強だと叫びたい独善的な面。
それもまた、ジークフリートという男を構成する確かな要素だ。
「そしてそれは──君だって同じだ」
「……!」
飛翔する大邪竜から視線を切って、彼はわたくしに歩み寄ってくる。
「心が砕け、挫けそうになって、憎悪に身を任せそうになる君がいたっていい。だがそれだけに呑まれてはいけない」
お父様を殺された。
憎悪が止まらなくなって、心の一部が欠けてしまったようだった。
初めての感情は堰を切って、殺意の奔流となってルシファーの召喚に至った。
だけど、それでもいいのだと。
ただ、それだけではないのだと。
彼は言っていた。
「君が羨ましかった。だけどそれ以上に、君という存在はオレにとっての救いだったんだ」
「え……?」
「あの令嬢は月のようだ、と言ったな。だが……オレにとっての月は君だ。夜の闇の中でも、歩く道筋を示してくれる存在なんだ」
少し恥ずかしそうにはにかんで。
そこから一転して、騎士は真っ直ぐわたくしを見つめる。
「君は……君は、どうありたい?」
「……わたくしは」
胸に手を当てた。
確かな鼓動が響いている。
果たしてこの心臓は、何のために動いているのだろう。
わたくしは、負けない自分で在りたい。
最後の瞬間に敗北を宿命付けられているからこそ。
燃え尽きるまでの輝きだけは、誰にも譲りたくない。
なら、ここは?
今この瞬間は、待ち望んだ決定的敗北の瞬間なのか?
〇宇宙の起源 ……そうだな。そうだったな。お前はここで立ち上がれるんだよな
〇日本代表 え? 何?
〇宇宙の起源 諦めるのか? そんなわけないだろう。諦めないだろう、お前は
〇宇宙の起源 あの日、契約資格もないくせに俺の力を行使した女が、ここで諦めるはずないだろう?
〇日本代表 えっ待って何の話? え? 待って待って待って
〇宇宙の起源 すまん今思い出した
〇日本代表 は?????????
……違う。
そうだ。彼女を倒したいのは、復讐が全てではないのだ。
今ハッキリと、願いが、意思が、焦点を結んだ。
「……ふふ。あの時とは逆ですわね。これでは借りの方が増えてしまいましたわ」
「む? ああ……なるほど、ルシファーの端末と初めて遭遇したときが二度目なのか、なるほど。せっかくだ、終わったらちゃんとドラゴンをまたいで通ってみるか?」
「んもおおおおおお! それやめてください! いつまで覚えているんですの!!」
「いだっ、ちょっ、すまないこの呼び方が好かないのを忘れて、いだっ。マリアンヌ嬢オレが悪かったから腹部をドスドス殴らないでくれ痛い、本気で痛い」
一通り八つ当たりが終わり、息を吐いて離れた。
その場のノリで名乗るもんじゃないなやっぱ。
彼は真っ直ぐ大邪竜の元へと。
わたくしは、銀髪の令嬢の元へと。
別の方向へ歩き出す。
「ジークフリートさん、邪竜は任せます」
「ああ」
「そして信じてください、わたくしが彼女に打ち勝つことを。わたくしも、アナタの勝利を信じますから」
「ああ、ああ……! 無論だとも! 君が信じてくれる限り、オレはその信頼に必ず応えよう!」
周囲に滞留する鮮血のヴェールに、魔力を循環させる。
鮮やかに輝くそれが、力を取り戻す。
「マリアンヌ──貴女は。貴女は、貴女って人はどうして!」
向かい合う。
混迷を極める戦場の中心は、間違いなくここだ。
わたくしとカサンドラさん。
勝敗だけなら────全部ジークフリートさんに投げちまった方が、勝率は高いだろう。
でも違う。そんなもん全ッ然違うね!
だって彼がわたくしに問うたんだ!
どんな自分で在りたいかって!
だったら答えは一つだろうがッ!
「さあカサンドラさん、決着を付けましょうッ!!」
「……ッ」
「あの大邪竜も! あの最高の騎士も! いずれわたくしがこの手でぶっ倒しますわ! ですが今は違う──今、決着を付けるべきは、わたくしとアナタです!」
右手で天を指さした。
邪竜の咆哮轟く戦場にて、もう彼女以外は見る必要もない。
後ろには信頼できる友人たちがいる。
隣には最強の騎士がいる。
なら、わたくしは、わたくしが為すべきことを為すだけだ。
「ゼールの悪逆令嬢、カサンドラ・ゼム・アルカディウス! アナタの相手はこのわたくし! 王国きっての悪役令嬢、マリアンヌ・ピースラウンドですわ!!」
さあ、クライマックスだ!
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