PART38 光輪戴冠ジャガーノート(前編)
眼前の戦場を見やる。
紅髪の騎士、ジークフリートの脳裏に去来するは、純粋な願いだった。
(自分の在り方を自分で定める。そんな自由を、オレは守りたい)
かつて自分が、進む道を己の手で決定したように。
安らかな日々であろうと、血の沸き立つ鉄火場であろうと、それは自分で掴み取ったものであって欲しい。
(その自由を穢す存在を、オレは許さない────)
瞳に焔が宿る。それは騎士として、一人の男としての意思。
彼はゆっくりと、握っていた大剣を構えた。
「往くぞ、ファフニール」
『何をォッ……!』
吐き出されるブレス。
全ての存在を焼却するそれを、ジークフリートは防御することすらなしに真っ向から受けた。
「ジークフリートさんッ!?」
『訳の分からぬ真似をしたところで! 二つの可能性を混ぜ合わせるなど、できるはずがない!』
吹き荒れる爆風に、マリアンヌが悲鳴を上げる。
だが。
「通じるわけがないだろう、ファフニール」
『な……ッ!?』
大邪竜が明確に狼狽した。
ガードされたのならともかく、ブレスは確かに直撃したのだ。一片たりとも残らず消し飛んでいなければおかしい。
だというのに、黒煙を切り裂いて。
無傷の騎士が、悠々と歩いてくる。
『何が起きている!? そんな……あり得ん! 何故通じない!?』
「答えは簡単だよ、ファフニール。格が違うんだ」
発現したその銘は『光輪冠するは不屈の騎士』。
それは加護のように自分の内側を流れるだけでなく、加護を裏返すことで自分の身体を覆う、理の鎧。
神域──悪性の極地にアクセスすることで、自身を究極の悪と定義。
自分以下、即ち一切の悪性による攻撃を遮断する、対悪絶対無敵状態。
傷がつかない、など当然。傷つけようという考えがまずおこがましい。
「先に侘びておく」
『……!?』
「大層なお題目を掲げてきたというのに、相対するオレときたら……ちっぽけな矜持しか持ち合わせていない」
ジークフリートの瞳には光が宿っていた。
雷雨の中でも決して色あせない、鮮烈な輝きだった。
「オレは彼女の願いを叶えたい。彼女の祈りに応えたい。ただそれだけだ」
『馬鹿なことを! そんなちっぽけな──』
「その通りだな。だが! 聞くがいい大邪竜ファフニール! そのちっぽけなプライドが、貴様を打ち滅ぼすッ!!」
振り向くことがなくとも。
彼の意識の先に自分がいると、はっきり理解出来て、マリアンヌは言葉を失った。
「彼女のためなら。マリアンヌ嬢、君のためならオレは、運命が相手でも打ち勝ってみせよう」
「ひゃい……」
「さあ大邪竜、滅びの時が来た。貴様の結末は、ここで果てることだッ!」
裂帛の叫びと同時、ジークフリートは地面を爆砕して飛び出した。
最奥部での決戦が佳境を迎えていたその頃。
不死の兵たちに攻め込まれていたジークフリート中隊並びに学生チームは、緊急の防御陣形を組んでなんとか持ちこたえていた。
「副隊長、B小隊が孤立しています!」
「……ッ! C小隊を!」
「だめです、おれたちも身動きが取れません!」
一秒のロスが死に直結する戦場において。
自分も剣を振るって目の前の兵を薙ぎ払いながら、副隊長は奥歯を噛みしめた。
(まずい! どこかが崩れたら、一気に落とされる! 隊長たちはまだか……!?)
「もう諦めろ! 我々に対抗できるはずがないだろう!」
こちらを嘲りながら、敵兵が自分の腹部を撫でた。
確かに致命傷を与えたのに、もう傷一つ残っていない。
相手だけが死なないという理不尽────しかし。
「大丈夫です。私が行きます」
「!」
横を小さな人影が駆け抜けていった。
夜闇と雨にぼやけながらも、黒髪が跳ねる。破壊され凸凹になった大地を獣のように疾走し、あっという間に彼女──ユイ・タガハラが、孤立しているB小隊の元にたどり着く。
「……ッ! タガハラさんか!? 一人で来たのか!?」
小隊メンバーが彼女の姿を認識して驚愕の声を上げる。
取り囲み、確実に追い詰めつつあった敵兵も、増援を認めた。しかしそれが学生服の少女一人と知るや、訝しげに眉を寄せる。
「学生一人だと? 何を────」
「無刀流、一ノ型」
次の瞬間に意識が落ちた。そこから強制的に再生が始まる。身体の内側でうじゅるうじゅると臓物が再生していた。
自分が地面をごろごろと転がっていることに、再生してから気づいた。
文字通り、気づけば死んでいた。
「……ッ! その女はやばい!」
血を吐きながらの叫び。だがもう遅い。
闇の中を徒手空拳の少女が稲妻のように疾走した。すれ違った兵士がもんどり打って倒れ込む。身体内部を破壊され、絶叫を上げていた。
「死なないなんて、本当にいいですね……手加減しなくて済みます」
B小隊の兵士たちは言葉を失った。背筋を嫌な汗が伝う。
敵の制圧に十秒かからなかった。行動を止めて、彼女がゆっくりと、こちらに視線を向ける。
闇夜の中に輝く双眸。
「私の無刀流は、人体の破壊に特化した技術。必然……一定以上のレベルにある相手でなければ、振るってはいけない。あるいは不殺を貫くのなら、威力を制限しなければならない。でも今は違います。死んでも蘇ってくれるんでしょう?」
味方だ。
味方なのに──この戦場で最も恐ろしいのは、彼女だ。
小隊騎士たちは恐怖に立ちすくみそうになった。
「……ッ! いいや、心強い。助かりましたよ!」
頭を振って、小隊長が声を上げた。
「ええ。では早急に戻りましょう。陣形を立て直す必要があります」
「了解です!」
倒れ伏した兵士たちが、再生して立ち上がろうとする。
それを無造作に蹴り飛ばして、ユイは戦場の俯瞰図を意識した。
(……こっちが防衛陣形に切り替えてから、持ちこたえられてはいる。だけど、時間の問題?)
冷静な思考回路が窮地を告げていた。
だがふと、蹴り飛ばした敵兵を見る。再生が追いついていないのか、まだ立ち上がれていない。
追いつかない?
最初は────あっという間に再生していたはずなのに。
「……!」
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