PART34 令嬢激突アンリミテッド
遠くでなんか竜のシルエットが飛んだり跳ねたりしていた。
あれ多分、ジークフリートさんにサッカーボールみたいにされてるんじゃねえかな。
「邪竜はなんだかんだ、ヴァカンスを楽しんでいるようですわね? あれが本場のビーチバレーですわよ」
「戯れ言を!」
軽いジョークを発したが残念なことにウケなかった。
カサンドラさんが流水のヴェールを鋭い刺突の形に変形させ、その切っ先を突き込んでくる。
わたくしは微笑みながら、それらを打ち払う。
「今日のナンバーは少々早くてよ──Rock 'n' Roll!」
「ッ!?」
超至近距離。
一気に飛び込む。わたくしの真っ直ぐな右ストレートを、彼女は左腕で逸らす。
同時に『流星』と『禍浪』が激突した。
刃となってぶつかり合う。互いに繰り出す可変鎧の攻防が、流星と禍浪の激突が、水飛沫と血飛沫を交互に上げている。
「素晴らしいですわね! 腕が六本あるみたいですわ!」
「ええ──そうね!」
流石はカサンドラさんと言うべきか。
天才であるわたくしは無論だが、彼女もまた、肉弾戦+展開した可変禁呪鎧の格闘戦を並列して実行できていた。
〇トンボハンター す……スゲェ……いや感心するには意味不明さがひどいんだけど、でもスゲェ……
〇つっきー こいつ、世界改変に抗ってる……んですか……?
世界改変? よく分かんねーけど、あの気持ち悪い感じは腹切ってから治ったぜ!
なんだよ、瀉血って効果あるんだなあ!
「ちょっと重いの、行きますわよ!」
「……!」
地面を爆砕して踏み込み、力を込めて右腕を突き込む。
瞬時に鮮血流星のヴェールを一部剥ぎ取ってドリル状に展開。
「即時・悪役令嬢ロケットドリルパァ──────ンチッッ!!」
「何、よ、それ……ッ!?」
盾のように展開された『禍浪』に真っ向から衝突。
自信があるからこそ、咄嗟に受け止めるよなあ。
残念だがそれは悪手だ。
「天紅・裂破ッッ!!」
右手を覆う真っ赤な流星のヴェールが、勢いよく回転した。
血飛沫を火花代わりに散らしながら、敵の盾を削っていく。
言っただろ? ドリルパンチなんだよこれ。
「ぐっ……水華鏡月・大翼ッ!」
驚愕に目を見開いて。
カサンドラさんは大きく飛び退くと、ヴェールを翼に変形させ、地面を蹴って飛翔する。
え?
「ん? ちょっ、え? 何で飛んでるんですぅ!?」
彼女は背中に水流を編み込んだ翼を生やして、空を飛んでいる。
何だそれッ!? どういうこと!? なんで飛べんの!? 物理法則なんてお構いなしかよ!
「えっ……ウソ、え? 貴女、飛べないの?」
「は? ……はぁあああああああああああ!? 飛べますがー!? 一向に飛行可能ですがー!?」
足下に流星の魔法陣を置いて、対抗するべく跳躍する。
だが自在に宙を舞うカサンドラさんを追い切れない。
〇苦行むり そうか、お嬢は三次元戦闘に適応できたってだけだったか……!
〇日本代表 ファフニールの理を阻害してるだけで十分働いてる、立ってるだけでMVP物だ無理すんな!
コメント欄が劣勢のわたくしに引き下がるよう勧めてくる。
うるせえよ。一度走り出したからには止まらねえ! 顎に拳入れるまで諦めねえぞ!
「マリアンヌ──自在に飛翔できることと、空中を跳躍できることは余りに違う。違いすぎるわよ」
カサンドラさんがこちらを嘲るようにして告げる。
何もできないと思ってるのか?
優雅にターンする彼女の軌道を読み、移動先に攻撃を置く。鮮血流星の一部を弾丸に転用し、射出する。
「そんなもの……!」
急制動で軽やかに回避された。
あの翼マジで何?
「今度はこっちの番よ!」
カサンドラさんがこちらに右手をかざし、水の球体を形成・射出してくる。
弾丸にしては大きく、遅い。あっこれやばいやつじゃん。
「水華鏡月・爆芯──遅延炸裂!」
炸裂した水の塊。飛んでくる水滴一つ一つから魔力反応を感じる。手榴弾ってワケかよ……!
前面に鮮血のヴェールを集中させガード。
盾のように展開して──前が見えなくなる。
「それを待っていたわよッ!!」
手榴弾のように飛び散った水滴を防いだのも束の間。
破裂音と共に、展開した防護壁が破られた。向こう側から飛び込んでくるのは、『禍浪』を巨大なハンマーとして形成したカサンドラさん本人。
「水華鏡月・堅鎚ッ!」
向こうの水とは異なり、こちらは透過性のない鮮血で戦っている。
恐らくどこかのタイミングでこれを狙うことに思い至ったのだろう。
回避不可能。絶好のチャンス、真正面からの痛打が迫る。
「──カサンドラさん、いらっしゃいませぇっ!」
だから鮮血の壁を越えた先。
既に拳を打ち出す準備を整えていたわたくしを見て、カサンドラさんが目を見開いた。
フフン。スペック差があっても、読み合いじゃあ負けてやれねえな。
展開した瞬間に気づいたよ。これ壁にしたら前見えねえなって。で、カサンドラさんは気づく。絶対にその脆弱性を見抜いて、仕掛けてくる。
「そんな──」
「お帰りはッ、大地ですわァッ!!」
乾坤一擲。
振りかざされたハンマーごと打ち砕く、右ストレート。
衝撃が身体を打ち据える手応え。空中で吹き飛ばされたカサンドラさんが、眼下の地面に墜落し、派手に泥の飛沫を上げるのが見えた。やっべ、服の弁償とか請求されちゃうかなこれ。
「すみません、お洋服が泥まみれになってしまいましたわね……ああでも、万能でしたっけ? 『禍浪』で洗濯ぐらいできますわよね?」
彼女の後を追って魔法陣を階段のようにぽんぽん飛び降りて着地する。
真正面で、地面からゆっくりと立ち上がるカサンドラさん。目の上を切ったのか、顔の右側を血が伝っている。
「油断していたわけじゃない……貴女が、想像より遙かに強かった。認識を改めるわよマリアンヌ……!」
彼女が腕を振るうと同時だった。
一帯のぬかるんだ地面が意思を持ったように蠢き、鋭い槍を象った。
「水華鏡月・尖槍!」
「……なるほど、水分を吸った大地を操作しているのですね」
次々に飛翔してくる槍たち。
それらを、身体捌きだけで避けていく。
〇火星 マジかよ……! 本当に、流星で禍浪と渡り合ってる……!
〇みろっく 渡り合ってるっつーか優勢だけど、そんなに凄いの?
〇火星 ジムでユニコーンと戦ってるみたいなもん
〇みろっく マ?ヤバすぎて草
誰がジムだよオイ。
言いたい放題言われてる気はするが、まあ褒められてると解釈しておこう。
「そろそろスパートといきましょうか!」
ツッパリフォームの全力稼働中とあって、狙うべきは間違いなく短期決戦だ。
ファフニールはともかく、どうも戦場全体は嫌な感じだしな。
「星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ!」
四方八方から無尽蔵に飛来する槍。
わたくしはそれらを華麗に避け、時に拳で砕き、時に裏拳で破壊しながら、優雅に舞う。
「悪行は砕けた塵へと、秩序はあるべき姿へと──裁きの極光を、今ここにッ!」
六節詠唱完了。
右手を天にかざし、カサンドラさんに照準を定める。
お互いに距離は離れ、けれど視線が重なっているのは明白。
「しィずゥめェェェェ──────ッ!! ……ですわ!」
テンション上がりすぎて口調吹き飛んでたわ危ねえ。
右手を振り下ろす。
同時、衛星軌道上にて生成されていた流星の魔力砲撃が降り注いだ。
地表への到達には数秒もかからない。カサンドラさんの姿が、砕け散る大地の中に消えた。連続する流星の落下に、一帯が滅茶苦茶に破壊される。
……これで終わりなら、万々歳なんだけどなあ。
〇外から来ました やったか!?
テメェ!!!!!!
さすがに絶叫しそうになった。
だがそれより先に、視線の先で存在感が膨れ上がった。
「……ッ?」
雷雨に溶けるようにして爆炎がかき消えた、爆心地。
球体が存在した。透明な水の、完全な球体だった。
内部に銀髪の令嬢を守護した、完全防御だった。
「水華鏡月・球護」
今のでノーダメかよ。
思わず舌打ちが漏れそうになる。
つーかさっきからやたらかっこいい名前叫んでるけど、もしかして各フォームに名前あんの?
いちいち名前付けてるの恥ずかしくないのかな……
「あは」
?
「あはは」
えっ……砲撃が頭に当たっちゃったのか?
「あはははははははははは!!」
哄笑を上げて、カサンドラさんが天を仰ぐ。
銀色の美しい髪から泥が剥がれ落ち、輝きを取り戻す。天を見上げて口を大きく開けて、ひたすらに笑い続け。
最後にガバリとこちらへ顔を向けた。その大海の如き碧眼から、蒼い稲妻の光が迸っている。
「もっと! もっとよ……! もっともっともっともっと! もっとヤりましょう、マリアンヌ……!」
ぞわりと背筋が粟立った。
違う。何かが変わった。切り替わったのだ。
「水華鏡月・烈風──ッ!!」
刹那だった。
わたくしめがけて、前兆も何もなく、四方から津波が襲いかかってきた。
こいつ! 豪雨を片っ端から『禍浪』に変換しやがった!
「チィィ──!」
真上へ跳び上がる。真上しか逃げ道がなかった。
だから当然のように、カサンドラさんが眼前にいた。
「いらっしゃい、マリアンヌッ!」
「な……ッ!?」
間合いを殺された。一瞬だった。
至近距離。
彼女の青い瞳の中に、驚愕するわたくしの顔が映り込んでいる。
カサンドラさんが右手に携えるは──ドリルのように渦を巻いた水のヴェール!
「水華鏡月・螺旋ッッ」
突き込まれたのはドリルを纏った右ストレート。
咄嗟に前面へヴェールを広げてガードするが、激しく回転するドリルがあっという間に防壁を破壊する。
直撃。意識が一瞬明滅した。気づけば地面に転がっていた。
「ご、ば……ッ」
おなかが吹き飛んだかと思った。
えずきながら、必死に頭を振って、意識をはっきりさせる。
「馬鹿! やりすぎだカサンドラ、勝負をもっと長引かせろ!」
遠くから少年の声が聞こえる。
気力で立ち上がる。ぼたりと、深紅の可変鎧から、血の滴が落ちた。制御が緩んでいる証拠だ。
前方でカサンドラさんがゆっくりと舞い降りる。背中に巨大な翼を、右手には凶悪な螺旋を巻き付けて、悪逆令嬢が嗤っている。
……クソ。分かった。分かっちまった。
何故相手の行動や魔法をコピーするのか。その理由がやっと分かった。
ナメプとかじゃない。
相手と同じことを、相手より高い精度でやれば絶対に負けないからだ。
思考が研ぎ澄まされていく。
今までの自分には見えていなかったものが見える。
改めて対決してみれば、分かる。分かってしまう。
わたくしが持っていないものを全部持っているんだ。
卓越した戦略センス。部下を冷徹にまとめ上げるカリスマ性。全能の域へと至った禁呪。
なんてデタラメ。なんて反則。
「嬉しいわ、マリアンヌ! こうして渡り合える! こうして、今までで最大の壁と出会えた! 貴女を倒して、私は更なる高みへと至れる!」
「……ッ!」
〇無敵 まずいまずいまずいんじゃないのこれ
〇つっきー 出力上がってるの、か?
立ち上がろうとして──不意に、抱きかかえられた。
「マリアンヌ嬢ッ!? その傷は……チィ、これほどとは……!」
紅髪の騎士。ジークフリートさんだった。
わたくしが大きく吹き飛ばされたことによって、二つの戦場が合流してしまっていた。
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