PART33 悪竜超克ストームヴァンガード
時は少し遡る。
マリアンヌたちからは少し離れた地点でファフニールを相手取り、ジークフリートは剣を振るっていた。
雨の中で視界が滲み、足下がぬかるむ。コンマ数秒でも気を抜けば死が待っているだろう。
だが、彼の動きに淀みはなかった。
『先刻とは違うな……』
前足の一振り、真っ向から叩き落とす。
吐き出されるブレスは素早く回避。
巨竜相手にまるで退かない。
単身で挑みかかり、勝負が成立している。
まさしく英雄譚の一幕だった。しかし。
『それほどの力、先刻にはなかったはずだ──何をした』
訝しげに問う大邪竜に対して。
濡れそぼった紅髪を振り乱し、ジークフリートは唇をつり上げる。
「教えてくれたのさ、貴様が」
『何……?』
「あの感覚……マリアンヌ嬢は気味が悪そうにしていた。だがオレにとっては心地よい感覚だった。貴様の影響であることは明白だ」
先ほどの、空間そのものが変容したとしか言いようのない感覚。
誰もが言い知れぬ違和感を覚える中、ジークフリートだけは違った。
「察するに、大悪魔ルシファー、或いは大邪竜ファフニール。貴様たちのような上位存在は、存在するだけで世界を塗り替えていく現象を起こすのだろう」
剣を振るって斬撃を飛ばす。
ファフニールの堅牢な外皮が砕け、鱗が地面にばらまかれた。
攻撃が通用するのを確認して、ジークフリートは全身を駆け巡る加護──そう、教会に与えられた加護とは異なる、身体の奥底から湧き上がる別種の加護!──を全開に引き上げる。
「それは無意識であれ、力の出力だ。肌で感じれば分かる。オレが何に苦しめられ、力を発揮できなかったのか……そして逆算すれば分かる。これはこう使うのだろう?」
身体の後ろに回した大剣を、思い切り振り上げた。
地面を叩き割って爆走した衝撃波が邪竜の身体を深く抉る。
確かな手応え。だが即座に超速再生が始まる。
『申し分ない一撃だ。しかしまだ甘いな』
「チッ……」
ファフニールが翼をはためかせた。
吹き荒れる暴風が、魔力によって指向性を与えられジークフリートに殺到。もはやそれは目には見えないハンマーだった。
飛び退くと同時、数瞬前までいた地点の地面が爆砕される。
『半分正解と言っておこう。だがな、我が子孫よ。単なる上位存在は、確かに世界のルールを無視して活動する。しかしそれだけだ。自身のルールを他者に押しつけることはできない』
「何……? では、貴様は!」
体勢を立て直すジークフリートを睥睨し、人々の安寧を脅かす邪竜が目をギラつかせた。
『我は天を見た。神の息吹を感じた。既にこの身は、お前たち脆弱なる者にとっての上位存在すら凌駕した!』
雷雨の中で、空を覆いつくさんとする巨大なシルエット。
相対する騎士が余りに頼りなく見えるほど、大きく、恐ろしく、翼を広げれば視界横一杯を埋めるほどの──超常存在。
『我が理は、『不死・再生』……範囲内の任意の存在を不滅の兵と仕立てる、最強の権能』
「不死、だと……まさか!」
嫌な推測が組み上がると同時、ジークフリートの肩にて使い魔が叫ぶ。
【た、隊長ッ。敵兵の様子が変です! 何度打ち倒しても立ち上がってきます!】
【こちらB小隊。申し訳ありません、応戦の際に致命傷を与えました! しかし……! 確かに即死したはずなのに、蘇ってきます!】
「……! プラン変更! 侵攻を一時中断、学生たちと合流して防御陣形を組め!」
素早く指示を飛ばしてから、眼前の邪竜を見上げる。
「貴様の権能か……! なんとでたらめな真似を!」
『脆弱な存在も、我の息吹を浴びれば話は変わる。刺し貫かれようとも、砕かれようとも、何度でも黄泉帰る。貴様たちのみが死に怯え、そして死ぬ』
使い魔の声が、戦況が一気に崩れたことを叫んでいた。
邪竜の一撃一撃を捌きながらも、ジークフリートは必死に考える。
(まずい……! 後ろが壊滅する前に、こちらで一気に決めなければならない! だがそれは簡単な話ではないはずだ、何せ不死を齎しているのはこの大邪竜! 最も殺しにくい相手であることは明白……!)
戦場の空気が変わった。
ジークフリートにとっては後押しとなる竜の気配。だが敵兵を不死身の兵士へ変貌させる最悪のフィールドでもある。
(このままでは──)
打つ手を探し求めていた、その時。
『──────ッ!?』
「何……!?」
騎士と邪竜が同時に動きを止めた。
同じ系統に属する存在だからこそ、分かる。一瞬で感知する。
遠方。マリアンヌとカサンドラが激突しているであろう場所。
シルエットすら視認できない遠方のそこを起点として、爆発的に吹き荒れた、眩い神気。
それが大邪竜の敷いた理に風穴を開け、完全な成立を阻害していた。
『馬鹿な! 我の理に抗っているだと……!? そんな……そんなことが……!?』
大邪竜が驚愕に震える。
感覚的に察知することはできても、紅髪の騎士は何が起きているのかを理解するには至らない。
しかし状況から推察するのは、彼にとっては容易いことだった。
(そうか! この戦場の支配権を奪い合っているのか……!)
ジークフリートは知るよしもないが、単なる上位存在程度では、自分のルールを外部に押しつけることは不可能である。
かつてマリアンヌが打倒したリザードは外部への押しつけこそできないものの、確かに上位存在ではあった。
単なる上位存在に可能なのは、押しつけられるルールを無視して自分のルールで生きること。
例えば、現実世界における『万物は引力に引かれる』というルールを無視して飛翔できる。
例えば、現実世界における『身体を破壊されたら死ぬ』というルールを無視して生存できる。
そして上位存在の中でも、ある種極まった領域に到達した者だけが、自分のルールを周囲に押しつけることができる。
大邪竜ファフニールの『不死・再生』が一帯を塗り替えているのが実例だ。
しかし。
その法則に当てはまらない上位存在が、範囲内に存在すれば。
理は成立しなくなる。敷かれるはずだった邪竜の世界に綻びが生じる。
「どうやら、彼女の方が一枚上手だったようだな!」
『小癪な真似を……! 構うものか。奴らの目的など知らぬ、我が直接あの小娘を潰せば済む!』
「させるものか!」
このとき。
ジークフリートの身体を満たすのは、奇妙な力だった。
大邪竜の力が抑制されている──だから自然と、教会式の加護の出力を上げた。相反する加護が身体の内部で噛み合った。
意図的なものではない。片方が弱くなり、それに合わせる形で引き上げた。すると噛み合った。
偶然の産物。
遠い並行世界において、『聖騎士』の名を冠した力。
また別の並行世界においては、『無念無想』と呼ばれた力。
二つの未来が、その予兆が、今の彼の身体に宿っている。
結果。
「ツァアアアアアッ!!」
『な……!?』
飛翔しようとしたファフニールを、ジークフリートが大剣の唐竹割り一閃で、文字通りに叩き落とした。
大地が鳴動する。衝撃に崖地帯そのものがぐらぐらと揺れた。
──────都合三度にわたる限界突破が、刹那に行われた。
「好きにはさせない! 彼女の戦いは邪魔させない……ッ!」
大剣を振るい、雷雨に姿を照らし上げられ。
騎士は腹の底から叫んだ。
「貴様が言ったことだ! 大邪竜ファフニール、貴様の相手は──このオレだッ!!」
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