PART31 竜虎相搏バトルフロント(前編)
残された『ラオコーン』主力メンバーとロイたちは。
ロイの魔法によって破壊された一帯の中で、激しく火花を散らしていた。
「ユイ! 左二人!」
「はい」
リンディの叫びと同時に、ユイが右足を振るう。通常の制服より短く折られたスカートは、彼女の獣のような動きを阻害しない。
吹き飛ばされる憲兵たち。そこにリンディは魔法で追撃をかけ、確実に制圧する。
「ミリオンアーク、上!」
「了解だ!」
前衛でロイとユイが格闘術・剣術によって敵を制圧し、リンディがとどめに魔法を打ち込んで完全に無力化する。
死にはしなくとも、内臓破裂や足の複雑骨折など、動くことのできない状況へ速やかに追い込む即席のコンビネーション。
(……こ、こんなに強かったのかよ、こいつら……!?)
ユートも両腕にマグマの鎧を部分顕現させ活躍していたが、ペースは圧倒的に三人の方が早かった。
実戦でも迷わず動ける胆力。死線を越えるための判断力。
それらはハインツァラトス王国では養うことができず、しかしロイたちが御前試合や特殊な訓練によって身につけていた代物。
「ユート君、気が向かないなら下がっておいてください」
一人の憲兵の腹部に肘を叩き込み、地面に沈めながらユイが冷たい声を出す。
「い、いや……大丈夫だ」
「そうですか。ならフォローをお願いします」
「あっちょっ、おい!?」
憲兵三人ほどを一気にかわし、ユイが爆発的に加速した。
狙いの先は、サーベル片手に魔法を詠唱する敵隊長。
「徒手空拳とは面白い! 疾風が巻き起こり、戦場を支配する!」
「……!」
敵の隊長がサーベルを鋭く突き込む。
紙一重で切っ先をかわし、ユイはそのままゼロ距離で手刀を振るった。
首をかしげるようにして避けられる。ラオコーン隊長の頬に赤いラインが走った。こちらもまた紙一重。
(ほう! 瞳の中には、まるで揺らがぬ炎! 燃え盛っていながらも、しかし氷のようとは──!)
(この人、強い!)
既にサーベルの距離ではない。だが時にしならせ、時に腕を上げて上方から振り落とし、確実にユイの身体へ浅い斬撃を当ててくる。
雷雨の中に少女の血煙が溶けていく。だが。
「リンディさん!」
「飛んで!」
ユイが突如その場で後方に宙返りした。
瞠目する隊長の正面。
ユイに隠れて見えなかった一直線上で、リンディが魔法陣を三つ重ねている。
「焔の矢、十字架を溶かす熱、闇を照らせ──!」
放たれた炎属性三節詠唱は、狙い過たず敵隊長の腹部に吸い込まれていった。
重い衝撃音と共に、彼の身体が十数メートル吹き飛ばされる。地面に落ち、泥をまき散らしながら転がった。
ユートが素早く周囲を見渡す。動いている敵影はない。
あっという間だった。
「何よ……私、結構戦えるわね……」
自分の手をぐーぱーして、リンディが少し誇らしげに胸を張る。
その様子を見て、ユイは人知れず眉根を寄せた。
(……違う。強すぎる……こんなに、前は強くなかった……成長してる……? いいえ。魔法の威力が根底から上がってる。動体視力も、私に負けないぐらいになっていた。こんなに急成長することがあるの……?)
静かに思考を回していた、その時。
『──────!?』
全員一斉に、弾かれたように顔を見合わせた。
嫌な感触がした。全身を泥で覆われたかのような、そんな感触がした。
「え、何ですか、今の」
「分からない……魔力を感じた。嫌な魔力だ。一帯を覆った。だけど……」
「ああ。俺たちは無視って感じだった。もしかしたら敵戦力へ何らかの加護を与えるものかもしれねえ」
一同の顔に緊張が走る。
遠くでは騎士たちもまた、制圧を進めながらも言い知れぬ悪寒に震えていた。
その違和感の答え合わせは、実に明瞭に行われた。
「────なるほど。見くびっていたということか」
声が響いた。
慌てて全員、戦闘態勢に再度移行する。
吹き飛ばされた方向から、鎧を泥まみれにしながらも、痛みなど感じさせない様子で敵の隊長が歩いてくる。
「そんな!? 行動不能に追い込んだはずよ!?」
それだけではない。
周囲で、倒れ伏していた兵士たちが、次々に起き上がってくる。
「……ッ。確かに内臓をいくつか破裂させました。行動できるはずがない……!」
「何だよ、これ……!?」
確かに無力化したはずの兵士たちが、瞳に生気を光らせ、再び武器を構えている。
動きに淀みはない。痛みを我慢している、あるいは感じなくなっているわけではない。
「再生、してるっていうのかよ!?」
ユートの絶叫こそが的を射ていた。
外傷、即ち身体の斬撃痕すらも、溶けるようにして消えていくではないか。
戦場に混沌が満ちる。騎士たちが応戦するが、相手は何度切られても復活する。
生と死があやふやになった一帯、その中心点で、隊長は不敵な笑みを浮かべた。
「タネを明かすつもりはない。ただ……これより我らは不死の兵だと思ってもらおう」
攻防戦は、まだ終わらない。
なんだ今の気持ち悪い感覚。湯通しされたのか?
妙な感覚が肌を撫でたが、気のせいだろうか。
そう思って走りながらジークフリートさんの顔を見たら顔面蒼白だった。
「ちょっ……ジークフリートさん!? 大丈夫ですかッ」
「──マリアンヌ嬢。俺たちは遅かったのかもしれない……!」
え? 何が?
聞き返す前に、わたくしとジークフリートさんは崖っぷちの開けば平地へと飛び込んだ。
そこに、いた。
高層ビルぐらいでかい竜が──既に全身を顕現させていた。
「……完全顕現済みでしたか」
間に合わなかった。
先ほどの嫌な感じは、恐らくこいつが顕現した影響だろう。
「随分と迅速でしたわね」
「ええ……貴女のおかげよ、マリアンヌ」
ファフニールの足下で、腕を組んでこちらを待っていたカサンドラさんとクソガキに声をかける。
彼女は、共に買った魔法論文を片手に持っていた。
「魔法が魔法を制御する。そのアイディアがなければ、間に合わなかったわ。『禍浪』は万能を超えた全能、何でもできる禁呪の究極到達点。当然、机上の空論さえも現実に再現してみせるわ。貴女との出会いに感謝しないとね」
ハッ。安い挑発だな。
煽り全一を目指していたわたくしがそんなに乗るわけねえだろ。本物の煽りを見せてやる。
「馬鹿げた真似を……先人たちの学びを利己的に利用するなんて、愚かとしか言い様がありませんわ。輝ける明日をより良いものにするためにこそ、誰もが手を取り合っているのでしょう。その価値を理解しないのは、些か不愉快ですわ。論文雑誌の対象年齢に満たなかったのではなくて?」
煽ろうと思ったんだけど思ったよりキレ散らかしてしまった。
内心頭を抱えつつも、そう言い放ってから。
前に進み出て睨み付けた瞬間だった。
「好きでやってるわけないじゃない!!」
絶叫だった。
びくんと、肩が跳ねた。カサンドラさんがこちらを睨み付けている。
「……好きで、こんな真似を……だけど、だけどもう私は止まれない! 止まるわけにはいかないのに、マリアンヌ……!」
「……ッ」
悲痛な声色に、こちらの喉がきゅっと締まる。
頭上でファフニールがこちらを見下ろし、嗤っていた。ああ、嗤っていやがった。
『哀れな人間共が』
「……トカゲは黙っていてくださいます? 植物園に叩き込みますわよ」
『フン、馬鹿が。完全顕現を果たした以上、世界の支配者は決まったも同然だ。我はゼールの皇帝と契約を結んでいる……やつには、新世界における人類統治権を与えてやろう』
「な……ッ!?」
この愛玩用にすらなれないカスがよ、と睨んでいるわたくしの横で。
ジークフリートさんが驚愕を露わに、ファフニールを見上げ絶句していた。
「……まさか。まさか、これは……」
「あら。あら、あらあらあら。大邪竜は随分と口が軽いのね」
ん? 何ていってたの?
えーとゼール皇帝と…………ゼール皇帝と。
ああ、なるほどね。
「国家ぐるみでの侵攻だったのか!? 君への指名手配は……失敗したときに切り捨てるための! だが成功すれば、君たちが召喚したファフニールと共に、ゼールは世界支配へと乗り出せる!」
わたくしがたどり着いた推測を、ジークフリートさんがそのまま口に出した。
『その通りだ、追っ手すら本気で用意するとは、皇帝もよくやったものだ。しかし……瞬時に真実を見抜いたな。流石だ、我が残滓、我が最後の子孫よ』
「……ッ。ファフニール、やはり貴様は」
『遠い昔に、人間の娘を孕ませたことがあった。まさかその血筋が、まだ絶えていないとは……笑わせる。忌むべき過去だ、ここで消え去るが良い』
ファフニールがこちらを嘲っている。
また同様に、カサンドラさんもわたくしを見て微笑んでいる。
「……あの邪竜は、オレが斃す。君は……」
「ええ、はい。大丈夫ですわ」
息を吸った。
目を開き、口の中で高速で詠唱を開始する。
────星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ
ファフニールが、人々の安寧を脅かす邪竜が火を吐いた。
ジークフリートさんが素早く飛び退く。彼を追い、邪竜は大地を砕きながら突き進む。
────射貫け、暴け、照らせ、光来せよ
どうでもよかった。
わたくしと彼女は、お互いしか見えていなかった。
────正義、白、断罪、聖母
向こうは既に詠唱を終えていたのだろう。
こちらが十三節を発現させるのを、待っている。
ああそうだ。殺し合いたいと言っていた。なるほどそりゃ待つわな。
────悪行は砕けた塵へと、秩序はあるべき姿へと
豪雨の中で、にじむ邪竜のシルエット。
既にジークフリートさんが生きているかどうかの確認もできない。ただ信じているだけだ。彼はこんなところでは死なないと。
────極光よ、この心臓を満たせ
詠唱完了。
体内に流星の力が満ちる。出し惜しみはできない、最初から20%の出力。
「待っていたわ。ええ、ええ! マリアンヌ! この瞬間をずっと待っていたのよ!」
向こうも水のヴェールを展開する。
雨に打たれながら、正面で向き合う。脚本家の少年は、何かカサンドラさんに言いたげな表情をして、それから言葉を飲み込み退いていった。
さて。
絶好のタイミングとロケーションだな。
雨の中ってのは仇討ちにうってつけだ。
一対一なのも最高だ。
まさしく、今しかない。
このタイミングで、わたくしはお父様の仇を討つべきだ。
討てなければきっと一生後悔するだろう。
舞台は、整った。
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