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PART30 戦火疾走ランナーズ

「来たか……!」


 マリアンヌによる陣形突破と、騎士たちの挟撃により戦端が開かれたのを見て。

 降り注ぐ豪雨の中、少年は嫌そうな表情で呻く。


「速いな……いや、速い! 速いぞ!? こっちの陣形が崩れてるんじゃないのかこれ!?」

「少々見くびっていたようね」


 複雑な召喚魔法陣を数十展開して同時に操りつつ、カサンドラも渋い声を漏らす。

 想定より遙かに早い始まりと、スマートな侵攻だった。


「予測が甘かったってことかよ。いいや、こういう真似をしてくる連中だからこそ、僕らは負けるわけには──いやいや、速すぎない? ん? これ間に合わなくない?」


 この最奥部への到達までにかかる時間を瞬時に弾き出し、少年が頬を引きつらせる。

 カサンドラもまた先にその結論へとたどり着き、顔をしかめていた。


「どーなってんだあいつら!? この短時間で軍略をここまで仕上げられる策士がいたのか!?」

「どうするの? (わたくし)は手が離せない以上、貴方が相手取ることになるけれど」

「冗談じゃない! 僕がそのへんの騎士にだって苦戦するレベルなの知ってるだろ!? それに、こっちに真っ直ぐ突っ込んできてるのは、マリアンヌとジークフリートだ! 絶対嫌だけど!?」


 むうとカサンドラは唸る。

 現状のままでは、向こうの迅速な対応によって一気に鎮圧されてもおかしくない。


(何か対応策があれば──)


 視線を巡らせる。自分と少年の野営用荷物が転がっているばかりで、あとは泥と草木だ。

 その、自分の鞄から少しはみ出た紙。

 黒髪の少女と共に買った魔法論文書を見て、カサンドラは目を見開いた。








 最奥部への侵攻は時間との戦いだ。

 先にファフニールを召喚されてしまうとお話にならない可能性すらある。だが召喚途中に割って入ることができれば、こちらで完全に主導権を握ることができる。

 二節詠唱分の出力で脚力を強化し、ジークフリートさんと共に戦場のど真ん中を真っ直ぐ走る。


「邪魔、ですわッ!」

「ぐわっ」


 立ち塞がる雑兵を蹴り飛ばす。スカートでやることじゃないが、言ってる場合じゃねえ。

 隣では紅髪の騎士が剣の一振りで四人ぐらいまとめて宙に打ち上げている。化け物かよ。


「行かせるものか!」


 また一人、横から飛びかかってきた。

 押し通らせてもらうつってんだよ!


星を回し(rain fall)天を染めろ(sky burn)!」


 即時二節詠唱。拳銃のように右手を突き付け、銃口に見立てた人差し指から魔力射撃を放つ。

 狙い過たず敵の胸に突き刺さり、憲兵はもんどりうって地面に倒れ、動かなくなった。

 フッと指に息を吹きかけた。


「安心しなさい。峰打ちですわ」

流星(メテオ)には峰があるのか?」


 きょとんとした顔のジークフリートさんに尋ねられ、わたくしは渋面を作る。

 流してくれよこれぐらい。なあ。頼むからさあ。


「……要するに殺傷能力を押さえただけですわ。いいからいきましょう」

「いや、それが詠唱改変によるものなのか、物理的に殺傷能力のある面ない面の差によるのかは大きく違うはずだ。今後のために聞かせて欲しい」

「ふおおおおおおおん!! 前者ァ! 前者でーーす! はい! わたくしが悪かったです! この話はここで終わり! 閉廷!」


 流石にデカイ声を上げてしまった。

 納得した様子でジークフリートさんは大剣を背に戻し、走り出す。

 直後。


「ッ! チィッ……」


 バチリと右手から火花が散る。

 隣を疾走するジークフリートさんがめざとく気づいた。


「マリアンヌ嬢、それは……」

「ええ。悔しいですが……言葉や表情の面では、きちんと自分をコントロールできているつもりです。しかし、直接対決が迫っていると考えると、どうしても。感情を完璧に制御はできていませんわね」


 普段の流星と違う。出力が向上している代わりに、指向性の制御が甘くなる。

 何より色合いが異なっているのだ。やや黒みがかかり、輝きはくすんでいる。

 原因不明だが──間違いなく、わたくしのメンタルと連動しているのだろう。


「これが原因でミスをしなければいいのですが──ッ!?」


 全力疾走していたわたくしとジークフリートさんが、二人揃って急ブレーキ。

 汚泥を左右へ散らし、靴を汚しながら、その場に立ち止まった。

 前方に憲兵部隊が展開されていた。全員、今までの連中とはモノが違う。明らかに戦力を集中させていた。


「分断された前線を見て、精鋭を集結させたのか……」


 素早い対応にジークフリートさんが呻き声を上げる。

 展開された戦力の中心部から、一人の壮年の男が、こちらに向かって進み出た。

 ゼール皇国のものであろう軍服。腰にはサーベルを帯刀している。


「不躾な物言い、失礼する。これ以上は進ませない──果てていただこう」


 貫禄が違う。

 風格が違う。

 見て分かる、ボス格だ。


「憲兵団『ラオコーン』の部隊長とお見受けする。オレは王国騎士団ジークフリート中隊隊長、ジークフリート」


 対応するように、紅髪の騎士が、わたくしの前に一歩進み出た。

 雷雨の中で二人の視線が重なった。稲妻の光に、着込んだ鎧が照らし出される。


「ほう、中隊長……本当か? その実力、出力、何よりも眼差し。到底そのレベルに収まるとは思えない。てっきりお嬢様が運悪く、大隊長クラスと遭遇したのかと思っていたが」

「お褒めいただき感謝する」


 会話とは裏腹の、修羅場特有の殺気の交錯。


「……マリアンヌ嬢。最悪、オレを置いて行け」


 背中越しに騎士が告げる。

 言われなくとも、と周囲に視線を巡らせて。


「いいや──あなたも先に行かねばなりません、ジークフリート殿」


 複数の足音。

 後方で憲兵たちを各個撃破、制圧している騎士たちとは違う。

 勢いよく振り向けば、豪雨に滲む視界の中でも、白いマントがたなびくのが見えた。


「ロイ!? それにユイさんたちまで……!」

「こんなところでマリアンヌさんに消耗を強いるわけにはいきませんから」


 現れたロイの横に、ユイさん、ユート、リンディが並んでいる。

 ユートの学ランは雨に打たれながらも、それらを蒸発させ水蒸気を上げていた。あいつ、もう禁呪発動してるなコレ。


「本当にいけんだろうな、ロイ」

「大丈夫。一発なら打てる……後は手はず通りに頼むよ」

「オーケイだ」


 何事か会話をした後、ロイがこちらに歩み寄ってくる。

 学生服姿の彼らを見て、敵方の隊長が眉をひそめた。


「学生──が、我々の相手をすると? 自殺願望者なのか?」

「まさか。さあマリアンヌ、ここは僕たちに任せてくれ」


 ゆっくりと、静かに。

 抜剣。銀色の刀身に、ロイの決然とした眼差しが映し込まれている。


「君には君の舞台があるはずだ。それはここじゃない。こんなところで、一呼吸だって惜しいはずだ。なら僕が──君の進む道を切り拓く」


 不調を押して、彼はわたくしの前に進み出た。



雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)



 ロイが詠唱をスタートさせた瞬間、思わず目を見開いた。

 魔力循環に乱れが生じている。いや、生じてはいるのだが、ロイはその乱れを強引にねじ伏せて無理矢理魔法を起動させようとしているのだ。

 そんなの、耐えがたい激痛が伴っているはず。彼の表情を見れば苦悶に歪んでいる。

 だが詠唱に淀みはない。



今こそ(burst)撃発の刻(times)眩き光が道標(marital)を照らし(roads)軍神の剣が(slashed)降り注ぐ(Mars)



 五節に及ぶ詠唱が完了。

 そしてロイ・ミリオンアークはここから、完了した詠唱の性質を変貌させる。

 五節雷撃魔法『電閃光填』の詠唱を確認し、敵隊長は迎撃のためにサーベルを引き抜いた。



第三剣理(ソードキャロル)展開(セット)────」



 貴公子の体勢が低く沈んだ。

 身体の後ろに回して構えられた剣から極大の電が放出され、荒れ狂い、一帯を無秩序に破壊していく。

 それはまさに、降り注ぐ豪雨を片っ端から蒸発させる、天の怒り。


「……! 全員防御姿勢ッ!」


 敵の隊長が鋭い指示を飛ばす。関係ない。

 まさしくそれは、聖なる時を祝福するための歌にして砲声。




「────破雷覇断(デストラクション)烈光衝砲(ライトブロー)




 閃光が視界を灼いた。

 極限まで圧縮された魔力を、指向性を持たせて放出する。

 メカニズムはそれだけ。だがロイは剣を収束の芯に据えることで、威力と精度の大幅な改良に成功していた。


「さあ行け、マリアンヌ!」


 ロイの叫びを聞くと同時、身体が動いていた。

 ジークフリートさんと共に跳び上がり、敵戦力の頭上を通り過ぎる。

 眼下では一直線に放射された雷撃を、憲兵たちが左右に割れて回避している。わたくしとジークフリートさんはノーマークになっていた。

 アシストとしては完璧。しかし。


「ロイ、決して無茶は!」

「分かってるさ!」


 今の一撃で、もうガタが来ていてもおかしくない。

 だが彼は剣を振るい、体勢を整え、憲兵たちに斬りかかっていた。


 ……ッ。万全なら絶対大丈夫だって、確信をもって言える。だけど調子が悪いのなら……!


「信じてやれ、マリアンヌ嬢!」

「っ」


 着地すると同時、騎士と共に、振り向くことなく駆け出す。


「ええ、まったくそうですわね。アナタに言われるまでもありません! あの男の強さをこの世界で最も知っているのは、わたくしなのですから!」


 最奥部まではもうまもなく。

 降りしきる雨の中を、わたくしたちは必死に疾走した。



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[良い点] ロイ君がこんなにかっこいいと違和感を感じてしまう…いつもはあんなに残念なのにw
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