PART29 事態逼迫エマージェンシー(後編)
まあここから先は任せればいいか。
そう思い会議を任せていたとき。
「……マリアンヌさん。迷いは、ないんですか」
「ユイさん?」
ふと名を呼ばれ見ると、彼女は難しい表情でマップを眺めていた。
「迷いとは? わたくし個人の問題ならば、心配ご無用ですわよ」
「はい。でも、そうじゃないんです。これって要するには……火事が起きたから、火消ししようってことですよね……」
重い言葉だった。
彼女は広げられた地図を眺めながら、光のない瞳で静かに言葉を紡ぐ。
「あの人たちが誰で、何のためにこんなことしてるのか分からないまま……ただ薙ぎ払って、なかったことにする……」
「ですが、ユイさん」
「はい、分かっています──既に火の手は上がっている。ならその火は確実に消すべきです」
副隊長さんは作戦をまとめながらも、こちらの会話を聞いていたようだった。
いつしか騎士たちも、ユイさんの言葉を真摯に聞き、深く頷いている。
「もちろん、王国の騎士として。そして私個人として、彼女の言葉を否定することは絶対にできません。だからこそ、単なる火消しにしないために、我々は確実にこの戦闘に勝利しなければならない。負けたら火が燃え盛るだけです」
眼鏡を指で押し上げながら、副隊長さんはそう言った。
……流石はジークフリートさんが選抜した部下だな。芯が通ってる。
「──分かりました。私も、全力でサポートします」
「ありがとうございます、次期聖女様」
あっそっかユイさんって騎士たちの将来の上司っていうかトップじゃん。
大分前のお茶会もそうだったけど、屈強な騎士たちがユイさんに最上級の礼節を示してるの、なんかウケるな。
「……なんかこう、決め手に欠けるわね」
そのタイミングで、リンディさんがぽつりと零した。
視線が集まって、彼女はわたわたと両手を振る。
「あ、いえ、すみません」
「いや、ハートセチュア嬢の指摘は正しい。これはあくまで正攻法に持ち込めるようにするための工夫であって、正攻法で勝利するための工夫ではない」
ジークフリートも難しそうに頷いた。
宴会場に沈黙が満ちる。
……ふーん?
【これは……異世界転生特有の、軍師チート展開をやるチャンスか!?】
〇TSに一家言 軍師……?
〇無敵 お前の知性で軍師は絶対無理だって
【うるせえですわ! コードギアスで学んだ溢れんばかりの知力をお見せしましょう!】
〇宇宙の起源 もうその発言が駄目なんだよなあ
「はい」
「どうぞ、ピースラウンドさん」
挙手すると、副隊長さんがわたくしに発言を許可してくれた。
「山を崩しましょう」
「は?」
「海辺とは言え切り立った崖以外は山地です。山を流星で崩し、敵を生き埋めにしましょう」
わたくしの知的提案を受けて、宴会場に沈黙が訪れた。
ふふん、余りに高度な作戦でびっくりしてるのかな?
胸を張って不敵な笑みを浮かべているわたくしに対して、順にロイ、ジークフリートさん、リンディが口を開く。
「いやちょっとそれは、国防のために出動して国土を破壊するのは流石に……」
「敵の弱体化としては最高だ。君単独で攻め込むならやってもいいが……乱戦に持ち込むメリットがこちらにない。戦力差が大きいならアリだが、今回はむしろ趨勢をあやふやにしてしまう愚策だな」
「あんたがテロリスト側にいなくて良かったけど、こっちだとその破壊専門の脳はお荷物よ。黙ってお菓子でも食べてなさい」
【…………………………】
〇red moon 完全論破で草ァ!
〇太郎 哀れんでしまうぐらいタコられてるな……
〇日本代表 よっ、軍師様!w
「おおおおおおおん!!」
「あっキレて暴れだしましたよ!」
「捕まえろ! ジタバタするんじゃない!」
「ちょっ……騎士5人がかりでも押さえきれないんですけど!? 普段何食ってるんすかこの娘!?」
結局もう一手の何か決め手になるものは出てこないまま。
わたくしたちは決戦へ向けての準備を始めることとなったのだった。
月が雨雲に覆い隠された。
ぽつぽつと雨が降り始め、段々強くなっている。
戦闘フィールドは山だ、ぬかるんだ地面での戦いになる。
左右に騎士たちがスタンバイした、と使い魔が告げた。
「…………準備完了だ。始めるぞ、マリアンヌ嬢」
「はい」
隣に並ぶジークフリートさんの言葉に頷く。
作戦会議を終え、準備を手早く済ませ。
いよいよ開戦の時を迎えた。
敵の陣形は展開済み、こちらから仕掛ければ一気に戦闘が開始される。
「すぅ……」
息を吸う。
正面を見据える。今から戦場に飛び込むのだ、という自覚が背筋を伸ばす。
だが──違う。違うのだ。わたくしに求められる働きとは、一兵卒としてのものに留まってはいけない。
────星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ
────射貫け、暴け、照らせ、光来せよ
さあ、魅せてやるよ。
さっきは軍師プレー失敗したけど、ここからだ。頭脳プレーで巻き返すしかねえ。
────正義、白、断罪、聖母
────悪行は砕けた塵へと、秩序はあるべき姿へと
単に流星を降らせて分断するだけなら容易い。
混乱する敵軍を左右から挟撃する。そうして奇襲が成立し、制圧のペースも加速する。
だからもう一つ、工夫をしよう。
────極光よ、今、この手の中に
「ん? その詠唱はパンチ用では……?」
「ジークフリートさん、わたくしに掴まってください」
「あっ(察し)」
ジークフリートさんは使い魔を介して部下たちに何事か伝えると、諦めきった表情でわたくしの肩に腕を回す。
体格的には逆だが、おんぶの姿勢だ。
さあショータイムだ。
山を崩してはいけないってことだけど、地形を変えてはいけないとは言っていなかったよなあ!
「マリアンヌ嬢、頼むから地図が変わるようなことはやめてくれると助かるんだが」
「もちろんです! この拳が流星となりて、戦場を切り裂くのを刮目なさい!」
「聞いてるか?」
聞いてねえよ!
光を放つ右腕を限界まで引き絞る。
パワーを蓄積し、一気に解き放つ。肘部分から噴出される流星の光がわたくしたちの身体を弾き出す!
「撃発・悪役令嬢ブーストグランドスラッシュパァ──────ンチッッ!!」
二人分の身体をまとめて加速させ、瞬時に戦場を駆け抜ける。
敵陣営の中央を刹那で通過。直線上にいた兵士たちはワケも分からないまま天高く舞った。
だが、破壊は横だけではなく下にももたらされた。
「な……!?」
「え────て、敵襲! 敵襲ですっ!」
慌てふためく敵の雑兵たち。カサンドラさんが引き連れていたという皇国の憲兵団。
その陣形ど真ん中で。
ビシリ、と大地に亀裂が入った。
亀裂が広がっていく。深く深く、地層すらむき出しにして、地面の高さそのものがズレていく。
慌てて左右に飛び退く兵士たち。戦力が分散されて、分断された。
「……ッ! マリアンヌ嬢、まさか力の指向性を下に逃がしたのか! 意図的に地割れを起こすとは……!」
背中から降りたジークフリートさんが、周囲で迎撃態勢に入ろうとする兵士を薙ぎ払いながら感嘆の声を上げる。
そうだ、ナメてもらっちゃ困るんだよ。
ただ分断するだけじゃない。合流もできないようにしてあげないとな。
この優れた知性とIQと頭脳、まるで将棋だろ?
破壊の直線の終着点で。
わたくしは白い煙をたなびかせる放熱中の右手で天を指さした。
「これがわたくしが開発した、将棋界に新風を巻き起こす戦法! 名付けてマリアンヌシステムですわ!!」
りゅうおうだろうが将棋星人だろうが、これでイチコロだぜ!
〇101日目のワニ 将棋なめんな
〇火星 新棋聖にボコボコにされてグズグズに泣いて欲しい
〇外から来ました この飛車、駒の先端にカッターの刃とかついてない?
〇無敵 こいつは前に真っ直ぐしか進めないから香車なんだよな
なんだよいいだろ香車大事だろうがよお!!!




