PART27 竜騎哀風ミッシングリンク
「呼び出しでしょうか」
「うん。騎士団の人から、18時に一階の宴会場を借りて作戦会議をするって」
「分かりました」
返事をするも、彼女が動く気配を見せない。
ゆっくりと振り向くと、彼女はなんとも言えない表情だった。
「……ねえ。あんた、無理してるでしょ」
「…………」
「知ってるわよ。私、ずっとあんたのこと見てたもん。あんたが、初等学校で、保護者参観の日にずっと後ろチラチラ見てたこととか。授業で親への手紙を書こうってなった時、誰よりも真剣に書いてたこととか」
おいおい。
熱心なファンがいたもんだな。
「大丈夫、ですわ」
「……いいの? あんたがそう言うなら……私は、あんたは大丈夫ってことにするわよ」
ああ、その言葉。
本当にいいやつなんだなこいつ。
「構いません。そうしてくれることを望んでいます」
「……分かったわ。じゃあ、次会うときはもっとシャンとしときなさいよ」
「ご忠告どうも」
それきり、リンディは自分の頬を両手で叩いてから、屋根を降りていった。
どうでもいいけどこの場所に居続けるの、実は迷惑行為な気がしてきたな。あれ? 旅館側にバレたら、学校ごと怒られるんじゃない?
アダルトビデオ視聴カードを購入したことがバレそうになった男子生徒が如く、わたくしは慌てて屋根から飛び降りる。
「とぅっ!」
中庭にヒーロー着地をズバーン! と決めると、ちょうどそこで涼んでいたらしいジークフリートさんと視線が重なった。
しばし無言の時間。
わたくしはゆっくりと立ち上がると、衣服から砂を払い、スカートの裾をつまんでお辞儀する。
「……ごきげんよう、騎士様。素敵な月夜ですわね?」
「今のをなかったことにできないオレの狭量さを恨んでくれ……」
「呆れをすっ飛ばされると余計にダメージがひどいですわね……!」
ジークフリートさんはリラックスした様子で、芝生に腰を下ろしていた。
少し逡巡してから、彼の隣に座り、並んで月を見上げる。
集合時間にはまだ少しの余裕があった。
「……手が震えているぞ、マリアンヌ嬢」
「……武者震いですわ」
「そうか。そう返せるのなら、まだマシだな」
一瞥もなしに言われた。
認識能力の差がエグいんだよ。
ジークフリートさんは何か躊躇うような様子を見せた後、息を吐く。
「ゼールの皇女について、だが」
「はい」
「……知り合い、だったのか」
「ええ。とても綺麗で、眩しい人だと思って……友達になれると……」
いや、友達だと思っていた。
けれど違った。
「月のような人です。美しく、けれど裏側までは見せない……」
「……そうだな」
しばしの沈黙。
風が優しく流れた。しかしそれは纏わり付くような湿気を孕んでいる。
月こそ見えているが、空には薄暗い雲がかかりつつあった。これは一雨来そうだな、とぼうっと考えていた。
だから、口から勝手に言葉が零れたのは、完全に油断しきっていた証拠だった。
「……恐ろしいのです」
「え?」
慌てて口をつぐもうとした。
だが坂道を転がるように次々と言葉が吐き出される。
「恐ろしい感覚、でした。初めてでした。相手が誰か分からなくなりました。死ねと……友達だと思っている相手のはずなのに。顔も見えなくなって、真っ赤になって。死ねと、全身全霊で願いました。生きていることが許せなくなっていました」
……考えてみれば本当に、あんなにも誰かを恨んで、憎悪したのは、初めてだった。
これが憎しみなのなら、人間に制御なんてできるはずがない。
「……すみません。変なことを話してしまいましたね」
「いや、いいよ。聞けて良かった」
月から視線を離すことなく、ジークフリートさんは頷く。
「少し、オレの話も聞いてくれないか」
「……構いませんが」
騎士は深く息を吐くと、そこで初めて顔をわたくしに向けた。
「聞いていただろうか。やつは、ファフニールは言った。オレに残滓を感じると」
「…………ええ、言っていましたね」
「オレは強かった。昔から強かった。そしてそれを受け入れてくれる師と親友がいた。孤児院の施設長と、同じ施設の子供だった。恵まれていたんだ」
そう語るジークフリートさんの瞳は、こちらに向けられているのに、ここではないどこか遠くを見つめていた。
「子供でも少し考えれば分かる。この異常な強さがきっと、オレが施設にたどり着いた原因なんだと。親については何も知らされなかった。何も分からないまま、宙ぶらりんで……自分で決めたと思っても、今になって思い返せば、半ば意固地になったようなもので……」
珍しいと思った。
これは多分、明確な弱音なのだ。ジークフリートさんがわたくしに、弱音を吐いているのだ。
彼は似つかわしくない、自嘲するような笑みを浮かべる。
「だからオレは、少しだけ君が羨ましいと思っていたんだ」
「……え?」
「君の強さには、理由がある。ルーツがあり、才能があり、努力があり……文句のつけようがない強さだ」
彼の瞳に映し込まれたわたくしは、ぽかんと口を開け放っていた。
「だから眩しかった。オレとは違うのだと思い知らされた。それほどに──君のありようは、美しかったんだ」
「…………ッ!?!?」
え?
あ、え? うわっ、うっわ待って顔メッチャ今熱いこれ真っ赤になってるだろコレやめろカメラ止めろ!
「これはうぬぼれかもしれないが、オレを頼れる大人だと、思っているだろう?」
「ふぇっ!? え、あ、そりゃまあ、そうですけれども……!」
「だから約束する。君が悩んだり……道に迷ったりした時。次こそオレは、君の傍にいよう」
「ふおおおおっ!?」
ぐいと顔を寄せ、ジークフリートさんは真剣な表情で言う。
イカン! 脳が溶ける!
「君がまた、憎悪に囚われそうになった時。その時はオレが引き戻してみせる。だからそうなるように……勝手な話だが、オレを信じてくれ。君が信じてくれる限り、オレはその信頼に応えたい、応えてみせる。そのために立ち上がれるから」
「ひゃ、ひゃい……」
心臓の音で鼓膜が破れるかと思った。
ジークフリートさんは満足げに微笑むと、立ち上がってこちらに手を差し出す。
「さあ、そろそろ時間だ。作戦会議に向かおう」
少し逡巡し、手汗をスカートで拭ってから騎士の手を取る。
大きな手だった。なんだよイケメン補正で大体の言動を許されてる男がよぉ。その貌でそういうこと言うのはよぉ!
「……ええ、そうですわね」
ただまあ、思考を切り替えれば。
こんだけ最高の騎士がわたくしに騎士の誓いっぽいことをしてるの、最高に気持ちいいな!
〇無敵 ん? 席外してる間にジークフリートさんと会話してたのか
〇宇宙の起源 スクショと録画を無限にしてた、一枚だけ送るわ
〇無敵 ほーん くぁwせdrftgyふじこlp;@:
〇宇宙の起源 後で言い値を伝えるわ
……なんかビジネスに使われてるけど、わたくしにも取り分あるよな?
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