PART20 浸食侵犯フルクトゥス(前編)
観光街を歩き、土産店や露店を眺めながら足を進める。
「結構根本的な話なんですけど……今の王国に攻め込む理由って、何があるんでしょうか」
ユイさんの言葉に、最初に声を上げたのはロイだった。
「大陸の統一ってところかな、大義名分として出てくるのは。建国以前の大戦争のせいで、国境線だって暫定的なものを結局そのまま使っている状態だ。言葉にしなくとも、それを狙っている国は多いと思う……それは例えば、僕たちの国だって例外じゃない」
「そう、ですよね。でも統一したいなら……」
「タガハラ嬢の言わんとすることは分かる。それならば侵略戦争を国策として徹底し、国力を高め、宣戦布告という手順を踏んで進めていく方が良い。邪道を経由した統一をしたところで、長くは続かないだろう」
うわ、なんか難しい話になってきたな。
ジークフリートさんの言葉に、みんな腕を組んで唸っている。
え~? なんか前提が勝手に共有されてる気がするな……
「あの、皆さん」
『?』
先頭を歩いていたわたくしが振り向いて足を止めれば、皆立ち止まってこちらの顔を見つめた。
咳払いしてから、苦笑を浮かべる。
「本気でコレが国家間闘争だとお思いですか? わたくしはどちらかといえば……もっと小さな集団の存在しか感じ取れませんわ。例えばカルト集団であったり、例えばテロリストグループであったり」
「か、かると……? てろりすと……?」
うげっこの辺ってこっちの世界にない言葉だったの!?
わっかんねーよ、どういう基準で言葉があってないのかマジでわっかんねー。
「ま、まあ要するには反社会的グループもしくは犯罪者グループ、といったくくりですわね」
〇red moon 王都襲撃ってなると流石に後半チャプターのはずなんだけどな……
〇TSに一家言 単純な前倒しなのか、それとも純粋に発生した謎イベなのか判別できないんだよな
〇太郎 前倒しではないんじゃない?規定のフラグ満たしてないし
コメント欄を眺めるも、有力な情報はない。
ちょっとこれは考えるだけ仕方ないんじゃねえかな~と思っていたその時だった。
「むっ」
ジークフリートさんの肩に小鳥が止まった。
えっ何この絵面。森ガールだったのか?
「……って、使い魔ですか」
「ああ。どうやら王都の方から、緊急連絡のようだ……すまない、少し外す」
声を低くして、ジークフリートさんが道ばたに駆けていく。
じゃあ待とうか、と顔を見合わせ、その場に立ち止まり。
「────?」
ふと。
観光地の、土産店が建ち並ぶ通りの、ちょうど真っ直ぐ進んだ先。
人々の波が途切れ、わたくしの真向かいに、二人の人影が佇んでいた。
「あっ……カサンドラさん!」
「え? 知り合い?」
揺らぐ陽炎の中でも、彼女の美しさは損なわれない。
腰に届くほど長い銀髪。大海のように透き通った碧眼。
初めて出会ったときと同じ黒いドレスを着た彼女は、傍らに少年を携えて、こちらにゆっくり歩いてきていた。
「ええ。先日知り合った友人でして……お隣は……お連れ様でしょうかね?」
数メートルほど前に出て、彼女に手を振る。
ちょうどいい機会だ。みんなにも紹介しよう──と、思って。
コメント欄が止まった。
誰も、何も書き込まなくなった。
なんだ? と訝しんでいると。
〇日本代表 お前、それが誰か、分かってんのか?
え?
どういうことだ、と眉根を寄せている間にも、カサンドラさんたちが、声の届く範囲まで来て足を止める。
「あの、カサンドラさん。アナタは────」
「久しぶりだな、マリアンヌ・ピースラウンド」
彼女が連れていた少年が、被っていたキャップを外し、唇をつり上げてわたくしに話しかける。
「え……?」
「おっと、顔を合わせるのは初めてかな? 僕だよ僕──コメントを書いたじゃないか」
〇脚本家 ほら、こういう感じで
〇宇宙の起源 ……! お嬢そこ離れろ!
〇無敵 悪逆令嬢と手を組んでたのか!?それでファフニール反応って──だめだお嬢逃げろ!!
何が?
何だ?
何言ってんだ?
おい、説明になってないんだけど。
ジークフリートさんが慌てて駆け寄ってきている。軽装備に、加護を循環させ、大剣を召喚し、臨戦態勢に入っている。
何で?
何してんの?
まるでそんな、敵がいるみたいなさ。
「その二人から離れろ!!」
ジークフリートさんの絶叫。
背後でユイさんたちが息を呑む音。
カサンドラさんは何も言わないまま、悲しそうな顔で、ポケットに手を入れ、中に入ってたものをわたくしに見せるように差し出した。
「ゼールを脱走した皇女が、王国に侵入してきている!」
ジークフリートさんの焦った声。
それを聞きながらも、視線が離せない。
だっておかしい。おかしいのだ。
カサンドラさんがそれを持っているはずがない。
「昨晩、王都で騎士団と交戦したのはその皇女だ! 多くの国民や騎士が見た! 君の言う通りだ、軍によるものではなく、皇国を離反した特殊部隊単独による襲撃だった!」
彼女は沈痛な面持ちで、わたくしに両手を差し出している。
真っ白な手のひらの上で、血のこびり付いたシルバーと、ルビーが、陽光に照り返している。
そんなはずがない。そんなはずがない。そんなはずがないのだ。ないのに。
「そして、衆目の、中で──殺害した。騎士団の援護に現れた……ピースラウンド家当主を殺害したと……!」
何のために買ったのだろう。
ただ見かけたときに、似合うと思ったのだ。
シルバーは自分には似合わない。だが彼の鋭い雰囲気にはよく似合うだろうと思い、気づけば大枚をはたいて買っていたのだ。
「あれがゼールを脱走した皇女! カサンドラ・ゼム・アルカディウス……! クーデターを画策した皇族の子孫として、悪逆令嬢と名高い女だ!」
名を呼ばれたというのに。
わたくしの中で、その名と、彼女のことが、つながらない。
狼狽えている間にも、彼女の隣に佇む少年が酷薄な笑みを浮かべ、唇を開く。
「分かるかい、カサンドラ。あれがマリアンヌ・ピースラウンド……君が打倒すべき、『流星』の禁呪保有者だ」
「……ッ。ええ。今この場に立てば、そうなのだろうと分かってはいたけれど……改めて言葉にされると、つらいわ」
悲痛な表情で、彼女は手に持っていたネクタイピンをわたくしに投げてよこした。
キャッチしようとして、身体がうまく動かなかった。ピンがわたくしの足下に転がり、ローファーにぶつかって軽い音を立てた。
「何の……冗談、ですか。さっきからもう、訳が分からない……」
世界ががんがんと揺れていた。視線が真っ直ぐに定まらない。
水平感覚を失った身体が倒れ込みそうになる。
「──マリアンヌ、貴女、禁呪保有者だったのね」
「……ええ。ええ、そう、ですわ。だけど……だけど、だったら何だと言うのですか! わたくしとアナタは──!」
「殺し合う運命にあった、ということよ」
続くはずの言葉が、続かない。
カサンドラさんの背中から現出した、水。透き通るような水。それが刃の翼を象って、消えた。
切っ先がわたくしの喉に殺到していると、視認したときにはもう遅い。
がくんと視界が下がる。数秒遅れて、ユイさんがわたくしを後ろへ引っ張り、間一髪で攻撃をかわしたのだと分かった。
死んでいた。
今、ユイさんがいなかったら、死んでいた。
カサンドラさんに、殺されるところだった。
カサンドラさんは、わたくしを殺すつもりだった。
「──私はカサンドラ・ゼム・アルカディウス。ゼール皇国を離反した、元皇女にして……ええ。現、悪逆令嬢。大陸に混沌を齎す、『禍浪』の禁呪保有者よ」
平和な観光地で。
うだるような暑さと、級友たちと、新しく出会った友人が揃った場で。
何の予兆もなく、絶死の戦場が幕を開けた。
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