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魔王は日常とともに

 ―――朝。


 朝日に顔を照らされ、眩しくて目が覚める。スズメの鳴き声が聞こえる。窓の外を見ると、多少の雲はあるが今日もいい天気だ。だが昨日のごたごたのせいで、とてもよい目覚めとは言えるものではなかった。それでも身体を目覚めさせようと、思い切り伸びをする。そしてあることに気が付く。

「あちゃ、メイクしたままだ。」

 シャワーも浴びてなかったのことも思い出し、さっぱりするためにバスルームに向かった。

 シャワーを浴びてすっきりし、タオルで髪を拭きながらリビングに向かう。するとなぜだろう、なぜ今まで忘れていたか分からないが、目の前に今回のごたごたの元凶が鎮座していた。

「おはようございます。お目覚めいかがでしょうか。」

「・・・最悪よ。」

 思わず額に手を当てる。そうだ、こいつが居たんだった。目の前にいる今回のごたごたの元凶、爬虫類―――もとい、命名ヘンタイ―――は、バスルームから下着にタオルだけで出てきた私の前に跪き、やうやうしく頭を下げていた。取り敢えず、下げた頭を踏みつける。

「頭を上げるなよヘンタイ。」

「なぜでしょうか?というか、頭を踏まれていては上げることも出来ませんが。」

「うるさい。とにかくそのままでいなさい。」

 足の下にあるヘンタイの頭を床に思い切り押し付けた。


 私は服を着て椅子に腰掛け、ヘンタイを床に正座させる。この光景、もう何度目か。

「そろそろ問題を解決しましょうか。」

 そう切り出すと、私は玄関の方を指差す。ヘンタイは指差した方を一度見て、こちらに向き直り、首を傾げる。コイツは意味を分かっていない。私はわかりやすく、簡潔に伝えた。

「もう用は済んだでしょう。ここから出て行きなさい。」

「・・・。」

 少しの間、静寂が訪れた。鳥のさえずりがしばらく響き渡る。

「なんですと!」

 声を上げると、なんとも大袈裟なリアクションでヘンタイは後ろへ倒れ込んだ。

「自称勇者の変態三人組は昨日警察に捕まえてもらったわ。これであなたに意地悪をする奴はいなくなった。なら、当初の目的は達成したはずよ。」

 昨日、時間をかけて事情聴取した今回の経緯を思い出す。そう、昨日の変態勇者三人組に仕返しをするために、ヘンタイが自分の世界で大袈裟な儀式をしたことが始まりだったのだ。儀式の締めの言葉を私が先に唱えてしまい、彼(?)の世界とこちらの世界がごっちゃになって大混乱、私まで巻き込んで自称勇者の大捕物が繰り広げられた、と言うのが昨日までのことだ。

 彼(?)曰く、魔法が使えないから元の世界に戻れないらしいのだが、そんなことは知らない。問題を起こした張本人が何をいうか、という感じだ。

「名前を下さっただけでなく、にっくき勇者共をやっつけて頂いたのは感謝しております。ですがこのヘンタイ、もはや己が魔法を操ることも出来ない身。この世界の神たるあなた無しでどのように生きてゆけば良いのでしょうか。」

 そう言うとヘンタイは私の足元まで擦り寄り、懇願の眼差しを向けてきた。

「ダメよ。出て行きなさい。」

 私は拒否するが、向こうは引かない。

「お願いします。我があるじよ。」

 爬虫類のつぶらな瞳がこちらを見つめている。このままではやばい思い、顔をそむける。

「どうか、考えを改めてください。」

 なおも懇願する。そして擦り寄ってくる音と気配。様子を盗み見ようと目をやると、顔をずいと寄せてきた。私の視界いっぱいに、無機質で無感情な爬虫類特有の顔が広がる。

「どうか、どうかお願いです。」

 懇願、生臭い息、そしてこちらを見つめるつぶらな瞳―――。ああ、だめだ。

「・・・ぃ。」

 思わず頭の中の言葉が口から洩れ出てしまう。

「は?」

「何でもない!」

 私の言葉がよく聞こえず聞き返す彼(?)にブンブンと頭を左右に振り、慌てて絵自分の意識をもとに戻す。こんな至近距離で見つめ合っているのはこれ以上耐えられない。

 駄目だ。もう我慢の限界だ。

「あぁもう、分かったから。面倒見てあげる。飼ってあげるから・・・。卑怯よ。そんな見つめられたら私、耐えられるはずないじゃない。」

 一度はこんな大きな爬虫類を飼ってみたいと、ずっと思ってた。だけど、今までずっと必死に我慢していた。一人暮らしでペットを飼ったらおしまいだと、ずっと我慢してた。だって友達とか呼んで、部屋に爬虫類を飼っていたら絶対引かれる。だからネットで爬虫類専門のサイトを見るにとどめて、ペットショップに行くのを我慢していた。行ったら絶対心が折れて飼ってしまうから。

 私は爬虫類が大好きだ。小さいころから爬虫類が好きで、中学生まではトカゲを飼っていたりもした。友達を家に呼んでもそれが原因で気持ち悪がられ、それ以降一緒に遊んでくれなくなることもしばしば。高校生になって周りとの爬虫類に対する温度差に気付いたが後の祭り。中学生からの知り合いによって爬虫類好きは広まっており、好きな男子に告白してもそれを理由に断られ続け、高校生活は灰色の青春に終わった。その苦い思い出を二度と繰り返さないようにと奮起した私は、大学生になって一人暮らしを始めてからは爬虫類断ちをし、世間一般に通じるフツウの女の子として振る舞うようになった。フツウの友達付き合いもそこそこ慣れ、彼氏はできなかったけど男友達もなんとか出来た。社会人となった今でもソコソコフツウの生活を送っていると思っていたのに。それなのに。

「こんな、大きな爬虫類。しかも意思疎通がとれるなんて最高じゃない。しかも自分から飼ってくれと真剣に懇願されて、それを断れるというの?否。爬虫類好きとしてそれは断じて許されない・・・。」

「え?飼う・・・ですか?」

 これは千載一遇のチャンス。今まで我慢していた分を取り戻すの。一目見た時から飼いたい衝動に駆られ、今まで築き上げてきたフツウの女の子像とどちらをとるか、ジレンマに悩まされていたのだ。今回の件はただのアクシデントで、一瞬だけの居候という形とはいえ、タナボタの役得だと思って何とか堪えていたのに。まさか飼うためのお膳立てまでされようとは。

「うん、ちゃんと飼ってあげるから。安心して、餌は昨日飼ってきたコオロギがあるし。あ、生きているほうがいい?ここらへんの虫とかいるところ探さないと。」

「え、虫?何を言ってるのでしょう?我に虫を食せと?」

 飼うことが決まり、向こうも嬉しいらしい。よし、こうなったら全振りでウィズ爬虫類ライフを楽しむことにしよう。

「え、なんです?この首輪。ちょっと、待ってください。あの聞いてますか?」

 ペットショップで餌のついでに買っておいた大型犬用の首輪をつけ、リードの端を壁に取り付けたフックに固定する。爬虫類と意思疎通を取りながら、読書に耽る生活も悪くない。


 いや、最高だ!


―――完。

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