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その名はヘンタイ

 電車を降りて、商店街のペットショップで乾燥コオロギを買う。お店を出てから生でもよかったかなと考えながら歩いていると、ある異変に気が付いた。私の歩く音に合わせ、別の足音が複数、私の後ろをついてきている。ストーカー?変質者?背筋がぞっとして、思わず早足になる。するとそれに合わせ、付いてくる足音も早くなる。いつもと違う道を選び、遠回りをしてみたが、足音は変わらず私と同じ道を選んで付いてくる。間違いない、私が標的にされている!

 意を決して、私は走りだした。 目に涙を浮かべながら、全力で。追ってくる足音も初めは戸惑った様子だったが、走って後を追ってくるのが分かる。振り向いて確認なんてできない。


―――怖い。だれか助けて!


「おかえりなさいませ。」


 家の前まで来た時、目の前に飛び込んできたのは、縛って転がしていたはずの爬虫類、自称異世界の魔王だった。


 思わず急ブレーキ。つんのめりそうになる私。

「なんで?ちゃんと縛り上げていたのに!」

「いや、縛り上げたといってもローブの上からだったでしょう。居心地わるくて何度も身じろぎしているうちに、手がスポンと抜けてしまいましてね。あとは手で足を解いて、この通りでございます。」

 そういえば、最初にあったときに来ていたぼろ切れを纏っていない。いわば裸の状態なのだが、爬虫類だから寧ろこのほうが自然に見える。

「いた!やっぱりこいつが匿っていたぞ!」

 しまった。後をつけられていたんだった!慌てて振り返ると、そこには男二人、女一人の三人組の姿があった。街灯に照らされて明らかになったその三人の姿。一人は細マッチョで優男。もう一人の男は濃ゆい顔のゴリマッチョ。残る紅一点はスレンダーボディでショートカットの女性だった。どうして見た目の表現がが体つきだけになっているのかというと、みんな下着姿だったからだ。こいつらも変態か?

「ちょっと、助けて!こいつらに追われてるの。」

 溺れる者は藁をもつかむ。元祖変態である爬虫類の後ろに隠れ、後から現れた変態三人衆の視線から隠れる。すると、私の前の元祖変態様は突然笑い出した。

「クハハハハハ・・・ここであったが百年目。探す手間が省けたわ。」

 対峙する爬虫類と下着の変態たち。そして、爬虫類は半歩横に移動し、私を変態三人衆の前に押し出すと、こう高らかに宣言したのだ。

「よく聞け、勇者ども!ここにおわすは異世界の神!このお方の前では、お前らごときでは手も足もでない。赤子の手をひねりつぶしてくれようぞ!」

 おい、何を言っている?え、待ってこいつら勇者?と心の中で突っ込みを入れる私に構わず爬虫類は言葉を続けた。


「そして、我はヘンタイ!この世界の神のしもべである!」


 世界を空白が塗りつぶす、と表現すればよいのだろうか。何もない時間が過ぎ去った。


 ―――なんだ?イッタイコイツハナニヲイッテイル?


 ゆうに一分は立っただろうか、対峙したままの三人組がうめき声を漏らす。

「な、なんだと?異世界の神?そのしもべだと?どうみても、ただの人間の女じゃないか。その手下に成り下がり、しかも名前まで付けられて、お前は魔王ではなかったのか! 」

 優男が、変態を自称した爬虫類を指さして叫ぶ。見た目も中身も私はただの一般人だ。もっともなご意見だと思う。その姿が、パンツ一丁でなければ格好よく決まったかもしれない。

「ふん。それは過去の話。我はこのお方の力に屈服し、改心したのだ。ヘンタイというお名前までいただき、これ以上何を望もうか!残るは貴様らがこのお方によって駆逐されるのを待つだけよ!」

 ヘンタイを名乗る爬虫類が威勢よく返す。おい、本当にそれで良いのか?というか、単に呼んでいただけでヘンタイという名前を付けた覚えはないのだが。しかもその名前に違和感を感じないのか?

「ヘンタイ!あなたに魔王のプライドはないの?」

 女が問う。こっちもヘンタイという名前はスルー。なんなんだこいつらは?

「プライドなど!貴様らさえ倒すことが出来れば、プライドなどこのヘンタイにはない!」

 声高らかにヘンタイを宣言する。もう頭が痛い。お互い怒りを露わに、真面目なやり取りをしているのだろうが、やり取りされる言葉が言葉だけに、もう何の話をしているのか訳が分からない。

「さあ、こいつらをコテンパンにしてやってください!」

 頭を抱えていると、ヘンタイ爬虫類が私の後ろに回り、三人の前へと押し出した。いつのまにか私が三人と対峙する羽目になっていた。何故?

「なるほど、お前がヘンタイの親玉になったってわけか。いつまで怒鳴りあっててもらちがあかねぇ。要はお前を倒せばすべてが終わるってことだろう?女だからって容赦しねぇぞ。」

 ゴリマッチョがこぶしを鳴らしながら前に出る。何?変態の親玉って?その呼ばれ方は私も変態ってことになってしまうではないか!私はただのOLで、生まれてから今まで真面目に生きてきた普通の人間なのに。この絵面だけ見ればどちらが変態なのか一目瞭然なのに。その変態に、変態の親玉呼ばわりされるなんて非常に複雑な心境だ。死にたい。

「私を変態に巻き込まないで!」

 あふれる感情を抑えきれず、頭を抱えながら大きな声で叫んだ。もう涙目だ。できることなら早くこの場から全力で逃げ出したい。

「うるせぇ!手加減しねぇ。本気でいくぜ!」

 私の涙ながらの懇願は受け入れられず、飛び掛かってくる優男とゴリマッチョ。女は後ろで様子を伺っている。私の後ろでは爬虫類が私の背中を押さえ、期待を込めた目で見つめている。前も後ろも封じられている私は自棄になり、スーツに隠してあった護身用のスタンガン二つを手に取る。

「私は、変態じゃ、ない!」

 目の前に迫った二人相手に、スイッチを押したまま両手をでたらめに振り回す。幸運にも、スタンガンは二つともターゲットに当たってくれた。ほぼ裸同然だった優男とゴリマッチョは、直に100万ボルトの電撃を受けて崩れ落ちる。

「あ、あなた。一体何したの?魔法?」

 大の男二人を一度に撃退しことで、女が動揺する。いや、ただスタンガン使っただけなんだけど。奇跡的に当たったのが信じられないのか、単に見てなかったのか。すると、今まで後ろに控えていた爬虫類が、声高らかに喋りだす。

「見たか!これぞこの方が異世界の神たるゆえんよ。魔法の存在しないはずの世界で、魔法同然の奇跡を起こすことが出来るのだ!」

 自分がやったわけでもないのに、自信満々に語る爬虫類。ただ、爬虫類の説明で少し気付いたことがある。後ろのヘンタイも目の前のヘンタイも、この世界の住人ではなく、ファンタジーな世界の住人なのだ。なんでも科学で片付けてしまう私たちの世界とは違って、向こうには魔法が存在する。しかもこちらの世界には魔法がなく、自分たちは奇跡を操る魔法が封じられているのに、私は目の前で奇跡(みたいな文明の利器)を操った。まあ、自分の文明になければ、行き過ぎた科学は魔法みたいに見えてもしょうがないかもしれない。

「ああ、ユヌラッロにムスコッロ!大丈夫?死んじゃダメ!」

 取り乱し、倒れた二人に駆け寄るう女。大丈夫、電圧高いだけじゃ人間死なないから。大事なのは電流よ。

「うぅ、マルチャスタ・・・大丈夫だ。」

 言っているそばから、ゴリマッチョが立ち上がる。途中、フラついて女が支えようとするが、ゴリマッチョは制止して自分の足でしっかりと立つ。優男の方は身体は起こしているようだが、立ち上がるほどには回復していないようだ。

「 くそ、よくもやってくれたな・・・。だが、その怪しげな道具さえ気をつければこちらのもんだな。」

 ああ、今度こそ終わりかもしれない。あっさり見破られた。相手はあからさまにこちらの手を警戒している。スタンガンが強力な威力を持っていても、所詮は痴漢撃退用で、油断している相手にしか使いもにならない代物だ。危険と分かっていて当たってくれるような馬鹿はまずいないだろう。

 手の内を明かしてしまっている今の状態は、ハリボテ武器を手に持って脅しているようなものだ。後ろの爬虫類は神だのと言っているが、ゴリマッチョの前にいる私はただの女の子だ。こんな体格差のある相手に本気で襲いわれたら、それこそ赤子の手を捻るようなあっけなさでやられてしまうだろう。私は後ろに下がりたいが、しっかりと爬虫類に背中を押さえつけられ、一歩も下がれない。こいつら、本当はグルじゃないだろうか?

 そんなことを考えている間にも、ジリジリと警戒されながら間を詰められる。ゴリマッチョの、怒りに満ちた形相とパンイチという姿は、まさに今から襲い掛からんとする変態そのものだった。



 そのときだった。

「動くな!」

 まぶしい光とともに、鋭い叫び声。目を細めながら見ると、 私の正面、変態三人組の後にふたつの人影があった。

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