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日常は異世界より強し

 ―――朝。


 日光に照らされ、小鳥の囀りを聴きながら目を覚ます。ああ、今日はなんていい天気だろう。

「んー。よく寝た。」

 両手を伸ばし、大きく伸びをしながら身体を起こす。さあ、今日も張り切って仕事をしよう。

「おはようございます。」

 声がした部屋の片隅に目をやると、手足を縛られた大きな爬虫類が転がっていた。

「なんだ夢か。」

 私はまた横になって布団を被った。


 ―――しばらくして、目を覚ます。


「変な夢見たけど、今日はいい天気ね。」

 伸びをして、身体を起こす。

「おはようございます。」

 声がした部屋の片隅に目をやると、おっきな爬虫類が転がっていた。

「夢じゃなかったぁ~~~!!!」

 私は思わず頭を抱え、絶叫してしていた。 



 覆水盆に返らず。起きた事実は覆らない。夢だと思いたくても消えてくれるわけではない。私は、目をそらしたい現実と向き合うしかなかった。

「で、どうすんのよ。」

「どうすると言われましても。」

 あいまいな質問をしても、答えは出てこない。

「自分の世界に帰ってくれない?」

「無理です。」

 具体策を提示しても拒否された。

「元に戻してよ。」

「不可能です。」

 こちらからお願いしたら却下された。

「なんでよ!あなたが始めたことでしょ!」

 切れると、爬虫類は申し訳なさそうに言った。

「いえ、コレばかりは我ではどうしようもない。あくまで術者はあなたで、我は召喚され、魔法を封じられた身。何かをしようにも我ではどうしようもないのです。どうにかするとしたら、術者であるあなたしかいないのですが。」

 頭が痛くなった。魔法も使えない人間が、召喚された異世界をもとに還す?そんな馬鹿な。不可抗力とは言え、異世界を召喚してしまったことを不承不承、嫌々ながらもほんの少しばかりは認めたとしよう。だが、魔法のマの字もしらない、そもそも魔法なんて存在しない世界の住人である私が、そんなとんでもない魔法が使えるわけないじゃない!

「無理ね。このままで行きましょう。」

 無理なものは無理。なるようになれ。私は即決、自分会議で満場一致の決を採り、問題を全力で明後日の方向に放り投げた。

「あの、これからどうするので・・・?」

 とりあえず爬虫類の言うことを無視して、シャワーを浴び、淡々と支度を済ませる。テレビを点けると公共交通機関も見事に復旧している。さすが平和の国。こういう時の復旧力は異常だ。

「仕事行ってくる。変なマネするんじゃないわよ!」

 昨日縛ったまま転がされているので、何もできるはずない爬虫類に向かって言いながら、テレビを消す。消す直前、速報で銃刀法違反で逮捕した三人組が脱走したという文字が見えた。物騒な世の中だなと思いつつ、部屋を後にした。


 外はいたって普通だった。昨日は一日家の中だったから、テレビで見たことが単なるドッキリでしたと言われてもおかしくないぐらい、いつもと同じ、普段通りの景色だった。いつも通りに定期をタッチして改札を通り、いつも通り満員電車に乗り、カバンを胸に抱えながらCMの画面をぼうっと見る。私の周りはいつも通りだが、あちこちで復旧のための遅延や運休が発生していた。やっぱり夢ではないらしい。これからどうなるんだろうと考えているうちに、会社の最寄り駅についていたので、慌てて降りた。

「おはよー。」

 今時、時代遅れなんじゃないかと思いながらタイムカードを押し、同僚に挨拶をする。ドラマじゃ改札みたいなのをくぐって出社してるのになぁ。どこにあるのよ、そんな会社。

「おはよ。ルルリン!」

 とても発音しづらいあだ名で呼んでくるのは私の同期、田村麗子。麗しい子と書いてレイコと読む。当の本人は麗しいというよりも、サバサバしていて見た目もボーイッシュ。どこにも麗しさがない。本人も古臭い感じがする名前だと、自分の名前をあまり好きではないらしい。まあ、私も自分の名前がキラキラっぽくて嫌いなので人のことは言えないが。

「昨日は何してた?」

 いきなり聴かれて、答えに詰まる。

「昨日?いや、何もしてないよ?なんで?」

 明らかに挙動不審になるが、レイコは気にしないで話を続ける。

「いきなり休みになったじゃん?だからどうしてたのかなって。」

「ああ、そういう意味か。図書館で借りた本を読んでた。」

 とりあえず無難な答えを返す。

「そういうレイコは何してたの?」

「ツンドクだった漫画を一気読み!土日に大人買いした分も消化しちゃった!」

 サムズアップで答える。すごいな。見た目や性格と違い、ものすごいインドア派なレイコは漫画好きで、日がな一日漫画を読んでいる。まあ、期待通りの答えすぎて聞くまでもなかったと反省する。ふと、魔が差してある質問をした。

「レイコさあ。ある日突然目の前に大きな爬虫類が現れたらどうする?」

「殺す。」

 即答だった。

「いや、昨日世界中で大騒ぎだったじゃない?爬虫類の怪物がいきなり現れたらどうするかなって。」

「殺す。」

 状況を説明するが、答えは同じだった。

「問答無用で殺す。即刻殺す。跡形残さず焼却する。」

 今度は聴いてもいないのに答え続けてくる。目がすわってる。マジ怖いって。

「てか、ルル。あんた私が爬虫類嫌いなの知ってて聴いてるよね?」

 目をすわらせたまま私を問い詰めるレイコ。ほんと怖いから顔近づけないでほしい。

「巳年のくせに。」

 顔を何とか離し、言い訳がましく言う。

「何よ、迷える子羊。」

 私が羊年ということに対し、レイコが言い返してくる。いつも通りのやり取り。本当、いつも通りだ。


 仕事もいつも通りだった。上司に呼ばれてくだらない話に付き合い、 会議ではあーでもないこーでもないと言っているだけで終わる。そんな無意味な時間を過ごしているうちに、あっという間に終業時間になっていた。


「おっさきー。」

 レイコがあっという間に支度を済ませて帰っていく。時間を持て余し気味だった私も、机の周りを片付けて、周りに挨拶をして職場を後にする。周りもいそいそと変える支度をし、飲みに行く行かないの話で盛り上がっていた。いつも通りの光景だ。帰宅ラッシュの電車に乗り込み、行きと同じように胸にカバンを抱えながらCMの画面をぼうっと眺める。出てくる情報は行きと全く同じだった。これもいつも通りだ。そういえば、家に放置したままの爬虫類に、何も食事を与えていなかったことを思い出し、帰り道にあるペットショップでコオロギでも買って帰ろうとぼんやり考えていた。

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