はじまりから魔王討伐(済)
―――お昼過ぎ。
入れた紅茶を優雅に飲みながら、目の前の爬虫類から聞いた情報を整理していた。
曰く、剣と魔法のファンタジーな世界の住人である彼は、なんとその世界では魔物を治める王だったらしい。いわゆる魔王というやつだろうか。世界を自分の理想の世界にするために日々精進していたら、勇者と名乗る人間の一行が現れ、彼の計画をあの手この手で邪魔をし始めたそうだ。それでもめげずに計画を進めていたが、なんと勇者一行は神々の祝福を受け、ほぼ無敵状態のチート野郎になって彼の居城にまで押しかけてきたそうだ。彼は得意の魔法で必死に抵抗するも、神の祝福を受けた勇者一行には手も足も出ず、コテンパンにやられたそうな。最後には計画を中止しないと次はないぞと言葉を残し、後を去っていったそうだ。
なぜだろう。いつもと話の視点が違うからだろうか?なんか勇者を名乗る人たちがタチの悪い組織の人たちに聞こえてくる。そして可哀相に聞こえてしまう彼の境遇。なんとも涙ぐましい努力をしているにも関わらず、話し合いすらなく一方的に妨害され、あまつさえ殴るける(剣と魔法の世界なのできっとそれ以上)の暴行までうけてしまうとは。
居を構えていたお城もボロボロにされ、途方に暮れていたところ、魔法に精通している彼は、勇者一行に一矢報いる方法を考え出したという。
「ふーん。で、それはどんな方法だったの?」
「奴らは神々に祝福され、我の魔法を一切受け付けん。魔法しか対抗する手段のない我には、これでは勝ち目がない。だから、やつらが祝福されている神々とは別の世界の、異世界を召喚して、その世界の神とルールに縛りあげることで奴らの祝福を無効にし、一泡吹かせてやろうとしたのだ。」
縛られ、転がされた状態のまま、得意げに話す。よりにもよって世界ひとつを丸ごと召喚とは、なんとも大胆な発想を思いついたものだ。いくらなんでもそんなことできるはずがない。確かに神様に祝福されているとはいえ、別の世界の神様にまで祝福してくれているとは限らない。しかも、他の世界のルールに縛られてしまえば魔法がない世界なら魔法自体が使えなくなってしまうのだから・・・。
「ん?」
考えていて違和感を感じた。何かとんでもない落とし穴があるような、矛盾があるような、そんな感じ。でも何かという具体的な言葉が出てこなかったため、その違和感はとりあえず頭の端っこに追いやった。
「で、その計画を私に邪魔された、と?」
一番最初に彼が言った言葉を思いだしながら言う。確かに聞いた。『 貴様か!我の計画を邪魔したやつは! 』と。つまり、計画を実行に移そうとしたが失敗に終わり、その原因が私が邪魔をしたからだという誤解しているのだ。私の言葉でその時のことを思い出したのか、一瞬険しい表情を見せるが我に返り口を開く。
「はい。計画は成功の一歩手前まで来ていました。神々の祝福の力が届かない、奴らの魔法が使えないという条件を満たす異世界を探し出し、 必要な術式を整え、 あと一言、魔法の言葉さえ唱えられればその術式は完成していたはずでした。まさかそこで術式を乗っ取られてしまうとは。」
話を聞いていて馬鹿らしくなる。魔法だのなんだのと縁もゆかりもない世界に住んでいる人間に、魔法はおろか、それを乗っ取ることなんてどうして出来ようか?こちとら科学の世界で生きているというのに。しかもその犯人筆頭として、私が疑われているのだ。
「計画が失敗しちゃってご愁傷様、残念だったわね。でも、失敗したのは別の理由なんじゃない?私何もしてないし。疑うならまずは証拠を出しなさいよ。」
手に持っていたティーカップをテーブルに戻す。呆れ半分、飽き半分。もうどうでもいいからこの状況どうにかならないかな、と頭の中では別のことを考え始めていた。
「何をおっしゃいますか。あなたの脇に置いてある魔導書。それこそ、我が術式遂行のために用意したもの。それを持っているという時点で疑いようがございません。」
一瞬、目が点なる。魔導書?そんなもの知らない。
「何言ってるの?魔導書なんて、そんなもの持ってないわよ。」
「 我を試しておいでですか?そこにあるではないですか。《アルヴォーク・マルサーマン・モーンドン》、魔導書に書かれた名前がすべてを物語っています。」
言われた通りテーブルの上を見ると、隅に一冊の分厚い本が置いてあった。借りた覚えのない、無駄に立派な装丁の黒い本。よくわからないタイトルだったが、そう読むのか。ん?なんか既視感、いや既聴感を感じるタイトルね。でも、持っているからと言ってまだ私が邪魔をした理由にはなっていない。
「なんで持っているだけで私が邪魔したことになるの?」
向こうからしてみれば、自分の持ち物を盗まれ、持っている人が犯人だと言っているのだ。証拠の品が目の前にある以上、私のほうがやや分が悪いが、やった覚えがないものはない。無実は証明しないと。その時、彼は一つゆっくりと呼吸をしてから言った。
「この魔導書は保険なのです。」
「保険?」
私はそのまま聞き返す。
「そうです。先ほど我は言いました。神々の力の届かない、魔法の使えない異世界を召喚し、勇者たちをその世界のルールに縛り付けると。ですが、魔法の影響はそれだけではないです。異世界を召喚したら最後、その世界のあらゆるものは異世界のルールに縛り付けられてしまいます。術者の我でさえ。」
言葉の最後には、苦虫をかみつぶしたような表情になる。何とも表情がくるくる変わる、愉快な爬虫類だ。しかし、お粗末ではた迷惑な魔法を実行しようとしたものだ。あまつさえ自分まで魔法が使えなくなるようなものを実行するなんて。
「ふーん。で、その保険ってのは?」
疑問に答えていなかった部分について再び問う。聞いたことにはちゃんと答えてほしいな。
「ですから、魔法が使えなくなった時のための保険です。その魔導書は我が世界と異世界とを結び、術式の発動者に『異世界のルールから逃れ、自分だけ元の世界のルールに従うことが出来る』ようにするためのものなのです。術式の発動後、魔導書は発動者から離れることはありません。我が術式は、その魔導書をもって完成し、発動するはずでした。それが最後の言葉を貴方に奪われ、不完全な形で発動してしまいました。」
クゥ、と涙交じりに悔しそうな表情を浮かべる。あともう一歩だったんだね、残念だったね。オネーサンヨクワカラナイケド。でも、一つだけ今ので分かった。さっき感じた違和感。それは、彼が術者も魔法が使えなくなってしまう術式を行使しようとしていたこと。そんなことをしてしまえば、自分も魔法が使えなくなってしまうため、にっくき勇者御一行様に仕返しをできなくなってしまう。それに違和感を感じていたのだ。でも、この魔導書があればそれから逃れられる。魔法が使えなくなることはないのだ。一つモヤモヤが晴れてすっきり。
ん?でも待って。たしか彼はこう言った。『 魔導書は発動者から離れることはありません』と。
「待って。私がその術を発動したっていうの?」
「はい。」
間髪入れずに返事が来た。
「あなたのもとにその魔導書がある、それは即ち、術式の発動者である証拠です。」
彼は、迷いのない瞳でこちらを見つめている。え、有罪確定?
「で、仮に私がその術を発動させちゃったとして、どうなっちゃうの?」
素朴な疑問を口にした。
「はい。本来なら、我が術者で異世界を召喚する予定でした。ですが、それはあなたが最後の言葉を紡ぐことで術者となってしまいました。そのため、本来とは異なる不完全な形で術は発動してしまいました。術者であるあなたの世界に、我の世界が召喚され、更に我がこの世界のルールに縛られるという、なんとも悲惨な結果になってしまったのです。」
「で、最後の言葉って何?」
「魔導書の表紙に書かれている言葉です。」
「・・・。」
言葉がなかった。そして身に覚えがあった。
―――おお、神よ。何ということでしょう。私は異世界を召喚してしまいました。
昨日、図書館でボロボロの本のタイトルを口に出して読んだ記憶がある。確かそのタイトルが、目の前の本と同じだったはずだ。正確に発音した覚えはないが、彼が唱えようとした魔法の最後の一言を奪ってしまったらしい。
「え、じゃあこれは?」
点けっぱなしになっているテレビを指さして言う。そこには、海の中に突如現れた不気味な島、森や山を闊歩する恐竜にも似た怪物。そして、 街中を鎧に身を包み剣を手に持って暴れまわる過激集団の姿があった。彼はテレビを見ると一瞬目を見開くが、映し出されている様子を見るなり、こう言った。
「我が世界の土地や住人がこの世界に召喚されたようですな。それにしても魔法が使えないはずの世界で、高度な空間魔術の遠視魔法まで使いこなすとはさすがです。」
たかがテレビごときでよくわからない関心をされてしまった。まあ、文明が発展していない側からしたら科学はまんま魔法みたいなものか。誰にでも使える便利な魔法よね。
「それにしてもあなたの兵はどれだけ優秀なのですか。我が世界の住人たちをいとも簡単に駆逐してくとは!」
いきなり斜め上なことを言われ、目が点になる。テレビを見ると、世界各地で起きた異変は、これまた世界各地の軍が総動員してものすごい勢いで鎮められようとしていた。
『昨夜から突如として現れ、街中を暴れまわっていた暴徒は出動した機動隊が鎮圧、全員無事逮捕されました。なお、世界各地でも軍が出動し、暴徒はほぼ鎮圧されているとのことです。』
『森に現れ、街に近づいてきていた怪獣たちは自衛隊が戦車で空砲を放ち、追い返しております。有識者たちは突然変異による新種かもしれない、調査の必要があるとして、近々特別チームを組んで調査に向かうことを発表しております。』
『太平洋上に突如現れた島について、第一発見したのはわが国だと、各国が領土を主張しています。SNSで最初に発信したのはうちだ、などと不毛な言い争いに発展しており・・・。』
朝起きた異変が、昼過ぎには収束に向かい、もう別の問題に発展していた。私が生きている世界のなんと逞しいことか。機動隊や自衛隊、他国の軍を私の部下みたいに勘違いしているけど、もう否定する気力もなかった。
「残念だったわね、変態。あなたの計画はあらゆる意味で失敗だわ。」
逆らう気もないだろうが、ダメ押しを言ってやる。言ってやらないと自分の中の何かが治まらない。
「さきほどからずっとヘンタイと言われていますが、それは我のことですか?」
だが、彼は今さら変なことを尋ねて来る。言い直す気もないので、肯定してやる。
「そうよ。あんたなんか変態で充分よ。」
「ハハ、そうでありましたか!」
突然笑い出す。なんともトンチンカンなやりとりが続く。この時はまだ、このやりとりの本当の意味が分かっていなかった。
ふと外を見ると、もう陽が沈んで暗くなっていた。一体どれだけの時間を費やしたのだろう。今日は一日、衝撃的なことがありすぎた。外を駆けずり回ったり、激しい運動をしたわけではないが、すごく精神的に疲れた。まだ早いが、もう寝ることにしよう。テレビを消し、明かりを暗くする。
「あの、どうなさるんで?」
縛られたままの彼が質問してくる。
「寝るのよ。」
言ってから気付く。しまった。こいつの処分どうしよう。十秒ほど考えたが、何も思いつかない。もう疲れて考えられない。こんな時はよく寝て、すっきりした頭で考えよう。
「おやすみ。」
いうが早いが、ベッドの中に潜り込む。何か問いかけるような声が聞こえたが、疲れ切った私はあっという間に闇に意識を飲まれていった。