一日のはじまりは魔王とともに
―――朝。月曜日の朝。
気だるい眠気に引きずられながら、なんとか意識を現実に引き戻す。んー、と思い切りノビとアクビをして頭をスッキリさせようとする。よく覚えていないが、変な夢を見てすごく目覚めが悪い。なんとなく時計に目をやった時計の針は、七時を過ぎていた。
「やば。」
思わず口に出してしまうくらいやばかった。会社の始業は9時。通勤は電車だけで一時間、徒歩を含めると一時間半はかかる。身支度の時間を考えると1秒も無駄にできる時間はなかった。
とりあえずシャワーを浴びて、着替えをしながらテレビを点けて今日の天気くらいは確認しようとする。と、変な風景が画面いっぱいに広がっていた。
『昨夜から、剣に鎧を身につけた暴徒が全国各地に現れ、警察だけでなく、機動隊が出動する事態になっています。』
『未明に銃刀法違反で身柄を確保された男女3名はマオウトウバツだと、意味不明の主張をしており・・・』
『見てください!巨大な恐竜の様なものが、森の中を闊歩しています。これは現実なのでしょうか?みなさん、危険ですので外には決して出ないでください!』
『これらの事態を重く見た政府は、自衛隊の出動について検討しており・・・』
どれもこれも、できの悪いパニック映画の様だった。
で。
「貴様か!我の計画を邪魔したやつは!」
すぐ後ろから声がした。
「きゃぁ!」
手元にあったスタンガンを素早く掴み、後ろ出に振り抜き、感触を確かめ、放電。1、2、3・・・仕留めた。ドスン、と地響きの様な音がした後で振り返ると、そこには爬虫類を無理やり人間にしたような、へんちくりんな生き物が倒れていた。
「な、なんという手練れ・・・。貴様、勇者の一味か。」
スタンガンのショックを受けながらも、変なことを言ってくる。
「ユウシャノ一味?そんな香辛料知らないわよ。それより一人暮らしの女性の部屋に突然押し入ってくるってどういう了見?しかもこの忙しい朝に。あ、夜なら良いって訳じゃないからね!」
私は爬虫類は好きな方だが、人の言葉を喋るへんてこな生き物が好きなわけではない。そいつにスタンガンを突きつけて言う。
「鍵は締めてあるはずなのに、どうやって入ったの?防犯システムも警戒にしてあったはずなのに!」
だが、彼はククク、と気味の悪い笑い声をあげつつ。
「鍵だと?我にそんなものは関係ない。魔導を極めた身には、場所など歩いて移動するものではないのだからな。」
彼は顔を上げ、こちらを見上げて威張ってる。
「それよりよくも我に傷を追わせてくれたな。この罪は思いと知れ。」
彼はゆっくりと立ち上がり、こちらを睨みつける。私は思わず一歩下がる。
「炎の精霊サラマンダーよ、目の前の人間を丸焼きにするがいい!」
勢いよく両手を前に突き出し、大きな声を張り上げる。何が起きるかと警戒していたが、10秒待っても、20秒待っても何も置きなかった。
「ええい、何故だ!イフリート、ドレイク、ウィル・オー・ウィスプ・・・何故でてこんのだ?」
大声を張り上げ、手を勢いよく突き出すが、何も起きない。躍起になって何度も繰り返す。魔法でもあるまいし、何も起きるはずないのに。何度目のことだろうか、それは起きた。しっかりと。何度も繰り返すうちに少しずつ前進していた彼の両手は、勢いよく突き出された拍子に、あろうことか私の両胸を鷲掴みにしていた。私は近くに隠していたスタンガンを静かにもう片方の手に取り、両手のスタンガンを目の前の爬虫類の脳天に突き刺す。
「何しやがる変態!」
本日二度目のスタンガンが火を吹いた。
爬虫類の意識がないうちに、部屋にあった梱包用のガムテープで両手両足を後ろ手にぐるぐる巻きにしておいた。最近よくテレビでワニとか生け捕りにしている番組でこうしているから、きっと大丈夫なはずだ。きっと。これからどう処分しようか悩んでいると、目を覚ました。
「しぶといわね、変態。」
ソファに座り、床に転がしてた彼を見下ろしていると、自分の状態を確かめ、自分が絶対的不利にあると悟ったのか、項垂れなた。
「なんということだ。我の計画はこんなはずではなかった。召喚した異世界の神とルールに縛りつけることで、勇者どもを無力化してやるはずだったのに。まさか我がこんなひ弱そうな人間にしてやられるとは。 召喚したつもりが召喚され、しかも魔法まで封じられるとは。」
一人で暴露大会っぽいことを始める。状況説明してくれることはありがたいが、日常生活では聞きなれない言葉ばかりで、理解が追いつかない。
「魔導を極めた我が、我が術である魔道を封じられてしまっては何もできぬ。・・・もはやこれまでか。」
何故か知らないが、両手をついて詰んだことを自分から白状した。見た目も含め、出てくる言葉がやたらファンタジーだが、ここは相手の弱みに漬け込んでおいた方が話を進めやすいだろう。彼が言っていた言葉を思い出しながら、引導を突きつけた。
「えーと、魔法?は封じさせてもらったわ、変態。手足も縛ってあるし、もうあんたの様な変態に、何もできないんだから。あんたの計画とやらもこれまでね。」
できる限り冷たく、ドスの効いた声で言ってやる。これで観念したか、変態め。そう勝ち誇った気分に酔っていると、それまでの様子とは打って変わって、乞う様な態度で話しかけてきた。
「我が奢っていただけと言うことでしたか。異世界の神を軽く見ておりました。あ、あの。せめてあなたのお名前をお聞かせください。」
手のひらを返すように敬語になり、下手に出てきた。ただ、爬虫類特有のクリっとした目で見つめられると、爬虫類好きの私としては弱い。そして、不本意ではあるが、あまり好きではない自分の名前を言った。
「わ、私は神門ルル。そこら辺にいるただのOLよ。」
「な!」
ただ自己紹介をしただけなのだが、私の言葉を聞くなり非常にショッキングな表情?を浮かべる。手足を縛りあげていなかったら、後ずさりもしそうな気配だ。
「な、何と言うことだ。異世界にはこのような神々がごまんといるというのか。我がいたのは、なんと次元の低い世界だったということか。」
顔をうつ向かせて呟いているが、内容はしっかりと聞こえている。異世界、神―――私のことを、どうやら神様のようなものと勘違いしているみたいだ。しかも異世界というからには、別の世界から来たということだろうか。まあ、この地球上にこんな変態爬虫類がいたらいきなりギネスもの、いや世界的大発見だ。宇宙から来たという可能性も否定できないが、にしては現れ方が急すぎる。しかも召喚とかいってたし。なんかますますファンタジーっぽい。
『新たな情報です、太平洋の真ん中に、見たことのない大きな島が突然出現したとの情報が入りました!その島には、お城のような建造物も見られるとのことです。今、この地球上では一体何が起きているのでしょうか?ネットも含め、世界中で大騒ぎとなっております。』
つけっぱなしのテレビから聞こえる声に、ふと自分の置かれている状況を思い出した。あまりにも理解しがたい状況が目の前にあるために、すっかり忘れていた。そうだ、私は出勤前で慌てて支度をしていたんだった。そして着替え途中の、なんともみっともない姿を見下ろして今更ながら恥ずかしくなる。こんな格好でずっと話をしていたのか。顔が赤面するのが分かった。
とりあえずスーツに着替え、会社に遅刻する連絡をした。だが、外は外で大変なことになっているらしい。よくテレビを見ていなかったが、いたるところで怪獣やら変な建造物やオブジェが現れ、大混乱になっているとか。そのため、身の安全を確保するためにも今日は安否確認さえできれば、出社する必要はないらしい。なんだ、急いで損した。
そして、テレビを見ながら今起きている異常と向き合う。ファンタジーな小説もそこそこ好きな私は、そこら辺の知識をフル動員して、とりあえず今の状況を整理してい見ることにした。顔をテレビから離し、床に転がした爬虫類へと向ける。ちょうどここに、事情を知ってそうなのがいた。
「さて。あんたのしたことを洗いざらい話してもらいましょうか。」