日常は異世界の始まり
―――日曜日の午後。
曇天。薄曇りで明るくはあるが、いい天気とも悪い天気とも表現しづらい、なんとも微妙な空の下、私は図書館に足を運んだ。
仕事がない休日はもっぱら図書館で過ごしている。特に予定が無いわけではない。もともと予定は図書館で過ごすこと。別に、友達が少ないとか彼氏居ない歴イコール年齢だとか、そんなことは関係ない。私は、図書館で過ごすのが大好きなのだ。
自動ドアが開くと、涼しい風が出迎えてくれる。そして漂ってくる本の匂い―――これだ。日々の嫌なことや疲れを、この空間が癒してくれる。生物・科学のコーナーを素通りして、小説のコーナーに足を向ける。1つ1つ背表紙を眺めながら、どんな話なんだろうと想像するだけで、ワクワクする。特に気になったタイトルは手にとって、表紙の絵や、裏表紙に書かれているあらすじなどに目を通す。それでさらに想像が膨らんでいく。ああ、なんという幸せ。実際に本を読む前でこんなに幸せなのだ。これで厳選したタイトルを手にとって広げた時には、どんな至福の時が待っているのだろうか。
そんなことを一時間ほど繰り返していただろうか。気が付いたら私は歴史・宗教のコーナーにたどり着いていた。あまり歴史や宗教に明るくない私はいつもなら敬遠してしまうが、この日はなぜか、引き寄せられるようにコーナーの中に足を踏み入れていた。
「なんでこの一角だけ辛気臭いのかしら」
思わず口をこぼす。図書館は静かなものだが、あまりにも静まり返った空間に耐えきれずに、歴史好きが聞いたらシバかれそうなセリフを口に出していた。まあ、誰にも聞かれてないからよし。よくわからないタイトルを見ながら、特に想像が膨らむわけでもなく足を進めていくと―――止まった。
足が止まる。ある一冊の本に、目が釘付けになる。それは薄汚れてボロボロで、でも豪奢な飾り付けがしてあり、とても図書館に置いてある様な本には見えなかった。タイトルはバリバリ飾り付けしてある字体でなかなか読めない。指で、ゴテゴテに飾り付けられた、何語で書かれているかもわからないローマ字のタイトルをなぞる。
「えーと、《アルヴォーク・マルサマン・モンドン》でいいのかしら?」
一瞬、視界が暗くなった気がした。
周囲を見回してみるが、誰も騒いでいる様子はない。瞬電でもあったのだろうか、とそれまで手にとっていた綺麗に製本された本を元に戻した。
―――夕方。
閉館の時間になったので図書館を後にすると、スーパーで今晩と明日の朝のご飯をお惣菜コーナーで物色する。夕方の値引きは侮れない。毎日コンビニでお弁当なんて贅沢なんかしてたら、あっという間に破産の道に突き進んでしまう。値引きシールの貼られたお弁当を二、三個買い込んで帰宅した。
買い込んだお弁当の一つを食べながらテレビを見ていると、やれ怪獣がでただの、新種の動物が発見されただの、その日の夜はあまり面白い番組はやっていなかった。テレビを消して、借りてきた本に手を伸ばす。
「あれ、こんな本借りたっけ?」
その日借りたのは五冊。小説ばかり五冊かりたと思い込んでいたがもう一冊、黒くて立派な装丁の本が紛れ込んでいた。見覚えのないその本をしばらく眺めていたが、どうにかなるわけでもないのでテーブルの脇に置き、その日一番琴線に触れた一冊を手に取り、ベッドの上に横になる。そして、睡魔に襲われるまで読みふけった。