裏庭での一時
くたり。
縁側に力なく横たわった少女を音で表現するときっとこのようなものになるだろうなぁ、と思いながら洗濯物を物干しにかけていく。割烹着、と言うのだったか。少女に言われて袖を通した服は存外に動きやすく快適だった。
「退屈ねぇ……」
長い黒髪を木床に散らかしながら何事かぼやいた声が耳に届く。はて、そうでなかったときなどあったのだろうかと動いた思考はやや意地悪だろうか。籠から次の洗濯物を取り出して干す。これはこれで退屈な繰り返し作業なのだけれど。
「もっと見ていて面白い動きにはならないかしら」
聞こえなかったことにしよう。日課のようなものに変なことを期待されても応えることはできない。できない。できないったらできない。
「ぁー……」
意味のない音。日差しが辛くはないのだろうか。暇なのは理解できないわけではないが、良い加減部屋の中に戻ってもいいだろうに。
「良い天気よねぇ」
あぁ、見えないけれどきっと恨めし気に空でも見上げているのだろう。まるで動くつもりなく横たわったまま。
「お暇なら、どこかにお出かけでも致しますか」
空になった籠をもって振り返る。この天気ならば洗濯物を干したままでも町まで出かけることも可能だろう。
「それも、悪くはないけれど」
寝そべったまま、瞳だけが私に向いた。長い髪を下敷きにはだけた襦袢が妙な艶やかさを醸し出し、真昼の日差しの下でありながら妙な色気を演出する。が、表情も吐き出させる言葉さえも怠惰に満ちておりすべてが台無しになっている。
「ふむ」
「なにか?」
唐突に起き上がった少女は何かしたり顔でうなずいた。いつも思うことではあるが、髪を下敷きにしていたくせに全く問題なく動けるのはどうしてだろう。これも彼女の異能であったりするのだろうか。
「いつも思っていたのだけれど」
人形めいた美貌でじっと見つめられるとなんだか少し照れ臭い。美しく手入れした、そう私が手入れした髪がさらさらと風に揺れる。心の中でグッと拳を握りたくなってもしょうがあるまい。放っておくとどうなるかを思い出すと遠い目をしそうになってしまうが。
「幻想生物のくせに、妙に和装が似合うわよね。貴女」
何か失礼なことを考えているな、と目が言っているがわからない振りをしよう。それにしても、幻想生物……か。たまに彼女は不思議なことを言う。
「そうでしょうか」
和装、というのは今着用しているこれのことだろう。割烹着、と言ってたが確か彼女が着ている襦袢とかお出かけ用の服も着物とか浴衣だとか色々を含めて和装なのだとかなんとか。いつぞやに聴いた気がする。
自分を見下ろしてみてもそれが似合ってるか否かなどわかりはしないし興味もない。第一、この人形めいた少女の横では私程度見向きされることはないであろうし。
「長耳は美人って法則。絶対ずるいわよねぇ」
「はぁ……」
長耳。森人。エルフ。彼女は私たちのことを多種多様に表現する。的を得ているようなそうでもないようなことが多いが。それと私と手美醜は存在する。他種にはよくわからないと言われることも少なくはないけれど。
ここに座れ、と言う様に少女はぽんぽんと縁側を叩く。空籠を脇に置いて足元のサンダルはそのままに隣に腰を下ろした。と、途端に少女がぽてりと抱き着いてくる。
「あの……」
漏れた声音に呆れが滲んだことはしょうがないことではないだろうか。
「んー、良い香り」
胸元でスンスンと鼻を鳴らすのは止めていただきたい。が、ため息を吐こうが制止の声を上げようがきっと止めることはないだろう。それなりの付き合いの中で彼女のこういったスキンシップは自分が満足するまで続くことはよくわかっている。
「ハァ……」
ため息を打ち上げながら空を見上げる。木の葉の緑と延々広がる青い空。さやさやと揺れる梢と吹き抜ける風が心地よい。少女の体の冷たさが現実味のない感触として服越しに伝わってくる。
「温いわねぇ」
感触を楽しむように彼女の腕に力が込められる。調節など自由自在だろうに、彼女はよくそう言って私に抱き着いたり文句を言ったりしている。
「もう少ししたら昼餉の支度をしますので」
解放してくださいませね、と言外に込めながら抱きしめるのを止め膝へと移動した彼女へ伝える。気分は気難しい猫に懐かれている様。
「はーい」
理解しているのかいないのか、少女の軽い返事が初夏の空気に溶けた。