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bibidebabide  作者: 師走
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8

「ありがとうございましたー」


自動ドアをくぐると再び挨拶を投げられた。


店を出る時の立ち位置から言って、恐らく佐々木だろう。


確認する必要はない。


確認したところで何も起こらない。


だが僕は振り向いた。


自動ドアの向こうにはやはり佐々木がいた。


しかし佐々木はこちらを向いておらず、平らに積んである本の右や左にずれたところを几帳面な動作で一冊一冊直していた。


こうして薄いガラスを隔ててしまえば、今や自分とはまるで関わりのない人物のように思える。

先程まで関わっていた時間も感覚も嘘や幻ででもあったかのように。


佐々木はキーマンではなかったのか。


僕が今日自転車を漕ぎ出したのは、この人に会うためではなかったのか。


自転車に跨がってペダルを踏むが、力が抜けてしまって漕ぎ出すことができない。

跨がった足を元の地面に戻し、再び足を上げ、ペダルに足を置く。けれども足が動かない。

仕方なくまた降りる。もう一度跨がる、また降りる。

そうして結局、跨がって、降りて、を五回繰り返したところで僕は自転車に乗るのを諦めた。

自転車を引いて歩くつもりもなかった。

すっかり腑抜けになった僕は、ただ立っていることにした。

通報されては困るので、その場でぐにゃぐにゃと倒れ込むのは我慢した。


しかし、何もしないでただ立っているというのは案外と難しいもので、退屈の二文字が頭に浮かび始めると、それに比例するように本の存在感も増した。


本は店を出た時と変わらずビニール袋に包まれて僕の手首にぶら下がっていた。

まだ持っていたのかと少しばかり驚いた。


一台の車も無い駐車場の車止めに腰を降ろした。

ビニールの口をみちみちやって袋をはぎ取ってしまうと、帯もカバーもない灰色の本は、太陽の光の下でそれなりにみすぼらしく見えた。


「赤い本」


表紙を前にして、当初よりも遥かに期待を抱いてしまっていることに気づく。


もしかするとキーマンはこの本なのかもしれない。


震える指先に力を込めて、ざらりとした表紙をめくった。




“第一章


人間が何かを作るとき、最もやってはいけないことは何か知っていますか?


それは、必要以上に力む、ということです。


作るべきものを作るためにはそれに相応しい力が必要です。


ところが必要な力の分量と言うのは作るべきものと作り手、作る場所、作る時の気候、世界情勢などによって大きく変動するものです。


刻一刻と変動する「必要な力」を量り、更に適切な分量を込める、というのは容易なことではありません。


だからこそ作るべきもの以下のものしかできなかったり、反対に作るべきもの以上のものができたり、または作るべきものとは全く別のものが出来てしまう、ということが起こりうるのです。


ですからこれを読んでいる読者方がまずやるべきことは、不必要に込めてしまっている力を抜くこと、その一択に他なりません。それではその方法をここに記しましょう。


一、 ぐわぁと叫んで下さい。


その場がどんな場所であろうと、どんな人物がいてどんな状況であろうと、発せるだけの大きな声で、ぐわぁと叫んで下さい。二度まで叫ぶ必要はありません。一度だけでよろしいのですよ。


二、 真っ直ぐに立ち、足は肩幅に開きます。それからしゃがめるだけ小さくしゃがみ、十分な反動でもって上に飛び上がって下さい。


飛び上がりの最も高い位置に来たとき、足の先から腰、腰から頭、肩から腕、腕から手の先まで、すっかり伸び切っているのが好ましい姿勢です。同時に上衣の間からヘソなどが覗いていると尚よいでしょう。


三、 胸を張り、鼻から息を吐きましょう。吐けるだけ吐いたら今度は吸えるだけ吸いましょう。このとき、目を同時に見開いていきます。吸いきったらそのままの姿勢で一秒間息を止めます。そしてまた息を吐きます。息を吐くと同時に目も楽にして下さい。


息は必ず鼻から吸って吐いて下さい。口ですと臭いの観点から周囲の人間を不快にさせてしまう恐れがあります。誰もいなくとも自らの臭いを改めて認識することで心に深い傷を負う恐れがあります。ですから、この呼吸は必ず鼻で行って下さい。


ここまでで、不必要な力のほとんどが抜けているのを感じられるはずです。

感じられないという方は、感じられるまで一から三の工程を繰り返してください。


第一章 終わり”


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