5
背表紙を一つ一つつぶさに見ていけば分かるものだろうか。
何しろ題名は単純である。
見間違うことはないだろう。
しかし……、この本屋に果たしてそれがあるのかどうか。
僕は視線を這わせて今いるコーナー内を観察したが、ここにはなさそうだった。
とりあえずジリジリと歩きだす。
そうだ。店頭のレジにまで向かおう。
それまでに見つけることができれば手に取って買えば良いし、なければ注文でもすれば良い。
題名は掴んでいるんだから。
上の段を左から右へ、下の段を左から右へ眺める。
なんだかこんなやり方では見つからない気がして、自然と適当な目の動かし方になる。
探そうと思い立った時よりも、探している最中の方が、やり方の無謀さが身に染みてわかる。
理由はないが、どうしてだか見つかる自信はあった。しかしそれは冷静さを欠いていたというだけであろう。
ああ面倒だ、と完全に諦め切って、それでもまだ顔は棚へ向けたまま歩いていると、トントンと肩を叩かれた。
「なんですか」
店員だった。スタッフと分かるよう、緑色のエプロンをつけている。
まぁ店の中で声をかけてくる人がいるとすれば、知り合いか店員くらいのものだろう。
だから別に予想外の人物だったというわけではないが、僕は不審がるような表情をした。これはクセのようなものだ。
「あの、何かお探しかと思いまして」
挨拶を浴びせてきた店員とはまた別人らしかった。
僕はぎゅっとすぼめた眉をどうにかほぐして、「ああ、いや、別に」と返した。
確かに傍目から見ても私が何やら探していることは明白であっただろう。しかしいちいちそれを聞きにくるとは珍しいものだ。
店員は、僕が言外に拒絶の意思を示したのには気がついているけれど、かと言ってもう話しかけてしまった手前、やすやすと引くこともできないという体でウジウジ立っていた。
僕はその人が立ち止まっている数秒間がとても心にこたえてしまって、さっさと脇を抜けて通り過ぎようとした。
するとその人は聞き取りづらいくらいの声で「赤い本のことではないでしょうか」と言った。
「え?」
「図、星ですか」
店員は両手をエプロンにひとしきりなすりつけて、僕に向かって頷いた。
「はい、ええ、そうです……」
驚くと、素直な答えを口走るものだ。
「ああ、やっぱりそうなんですね」
店員は少し嬉しそうに言った。「…あなたもですか」
「あなたも、とは?」
「はい、実は数ヶ月前、同じように本を探している方がいらっしゃいまして」
唾を撒き散らすような人物ですか、と訊きたかったが、それは飲み込んだ。
代わりに僕は「人気な本なんですね」とだけ言って、店員に対応を任せた。