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さらりと自転車から飛び降りて駐輪場へつける。
着いた場所は本屋だ。
本屋へ行こうと思って自転車に乗ったわけではなかったが、サドルへ跨る以前からここへ来ることは自分で気づいていた。
今日の穏やかでない心がここへ向かわせたのかもしれない。結構なことだ。
店の入り口には赤字で「新刊入りました」、とあって、恐らく人気があるであろう漫画の名前が書かれている。
僕は自分が恥ずべき存在だと言わんばかりに俯いてズンズン歩き、文庫本の置いてあるスペースへ出向く。
「いらっしゃいませーぇ」
背中に声が掛かった。
こういうのは困る。
僕は逡巡して、振り返った。
店員は棚の向こうにもう隠れてしまっていて、目は合わなかった。
それを知って、やっと少し安心した。
そして今度は怒った人のような格好で、適当に見繕ったページの短い本をペラペラとめくる。
いきなし途中から読み始めているので、だいぶん展開が進んでいる。
数行目を通したのち、ため息をつきながらそれを元あった場所へ返す。
僕が抜き取ったその場所にはぽっかりと穴が開いている。
これは、つまり空間の歪みだ。有るべきものが無い場合の、成れの果て。
しゃんと立っていたはずの本達は、その穴につられて傾いていた。
そこへまた本を戻す。
傾いた本達を持ち上げ、ねじ込むと、こちらの息さえも詰まるような気がする。
しっかり塞がってしまうと、今度は買うための本を探すことにした。
本屋は本を買うための店であって、立ち読みをするべきところではない、と少なくとも僕は考えている。だから立ち読みをした本を買うことはない。
ケータイと金と幾つものカードが入った財布。
僕はこの馴染みの財布のことは好きでない。直球で言ってしまえば、嫌いということになるだろうか。
しかし買い替える気は起こらない。必要がないからだ。それに、新しい財布を嫌う可能性は、好きになる場合よりもずっと高いと思っている。
財布の紐を握ると、ようやく店内の本来の姿がゆっくりと現れてきた。
あくせくしていては全く捉えられないこの広さ。
辺りを見回す余裕が出てきたということだ。
僕以外の客は数えるほどしかいない。そういう時間帯だ。
だからこそ、先に店員は僕に挨拶したのだ。
なんだか悲しくなった。
気持ちがヒトトコロに居たくないと言っている。
怒った後は悲しくなろう、と僕を誘っている。
そして足は重りをつけたように鈍くなった。
腑抜けた悲しさがほとばしるうちに、色んな本のタイトルを眺めて歩く。
文字の1つ1つがよく見える。店員の顔もきっと直視できるだろう。
うまくできている。