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足が小さく震えていた。
それも不思議なことだった。
阿部から本を受け取ろうとする自分の手は全く震えてなどいないのに。
真っ赤な本を受け取る。
阿部はたった今、この本を私が落としたと言った。つまり、私が持っていたのか。
『望むものはすぐ近くにある』という昔の言葉があるが、まさか身に付けていたなんて。
大量の視線が私を貫いている。
こんなに人がいる。
そして私はズタズタの惨めな姿でへたりこんでいる。
どこかしこから罵声が浴びせられてもおかしくない場面だ。
しかし誰も何も喋らない。閑か。
阿部でさえもう黙っている。
ペラリとページをめくった。
すぐに第一章という文字が現れる。
違う。ここが読みたいのではない。
もう1ページ、もう1ページと指を動かす。
第2章、第3章。
あともう少しだった。
痛烈に頭の中がぼぉと霞んで、耐えきれなくなって顔を上げる。
そこら中で立っていた全員が、体を横向きにしている。
そうか。私が顔を横にして倒れているんだ。
起き上がろうにも起き上がり方が分からなかった。
なんという脱力。初めての感覚だった。
すると、立って私を見ていた人の中で、ふっと誰かが前のめりに倒れこんだ。
それは私の姿をした男だった。
他の人たちは、先ほどまで私を見ていたのに、その人物へ一斉に視線を注いだ。
ぐにゃり。
次には、お客様の足があらぬ方向へ曲がって、背骨を真っ二つに折ったように不自然な格好で仰向けに倒れた。
それを合図にしたかのように、みんなドミノのようにバタバタと倒れていく。
音はやはりなかった。
「あーあーあーもう」
阿部はそう言った。
向こうが見えなかったほどの人だかりは、すっかり地面に伏してしまって。
しばしの沈黙。
私の目線がぐいと高くなった。
阿部に起こされたものと見える。
そのまま景色がどんどん高くなった。
高い高いをされているらしい。
「このところ、サボり魔みたいになっちゃったんですね」
ぶっきらぼうに、けど少し優しげにそんなことを言われるものだから、「みたいですね」と認めてしまった。
顔の高さがいつもの位置へ戻る。
ポンと背中を押されて、本屋へ近づいた。
眼前に、溢れんばかりの六面体。
その中に一人、客人が背を向けている。
私の出番かもしれない。いいや、確実に私の出番だ。
私は自動ドアの前に立った。
さっきと違って紙で押し付けられているわけではないのに、ドアはさっぱり開かなかった。
どうしよう、と後ろの阿部に尋ねようとすると、阿部は私の横を颯爽と進んでドアを通過してしまった。
ハッとして右手を前に突き出す。何の抵抗もなく向こう側へ突き抜けた。
これはもはや障壁ではないのだ。
私は合点して、堂々と前へ踏み出した。
店内へ入るや、独特のこの匂い。
「あの、すみません」
普通来客が店員に向かって発するであろうこの言葉を私から言い出す。
お客様と目が合った。
「お探しなのは赤い本でしょう?」
たったこれだけのセリフを言うのに果たして何秒かかったか。