21
つんざくような声がしたので僕も佐々木も天井の方を見つめた。
しかしやっぱりそこには暗闇があるばかりだ。
僕はまた目を落とす。
「なんだって僕の体を食べたんだよ」
「言ってるでしょう。サラダになっちゃったんです」
「そうしたらお前の中に僕がいる」
佐々木は「じゃあ今立ってるあなたは誰なんです」と聞いた。
「そんなの僕に決まってる。僕が望んだんだ」
「じゃあ2人いるってんですか」
「2人どころじゃない!」赤い顔で激昂した。
佐々木は何もわかってない。新参者なのだ。
「お客様を不本意に食べたことの何が悪いと言うんですか」
「ぼ、く、が!!き、み、の、な、か、に、い、る、ん、だ、よ!!!」
肩を揺さぶる。
佐々木はそっけなく横を向いて「随分と饒舌になったものじゃないですか」と言う。
「だからそれを僕が望んだんだ」
机の下に空いている穴が、僕と佐々木を飲み込もうと口を開けている。きっと佐々木はそこに入るつもりだ。逃げ出そうとするに違いないのだ。僕はそんなことを望まない。させちゃならない。
「私も何か願えば叶うでしょうか」佐々木はそう僕に問いかけた。
「佐々木が思うことを僕が望めばきっと叶うだろうし、でもたぶん僕は君の全ての希望を否定すると思う」早口に言った。
佐々木は「すべての希望は否定だって」と笑う。
「できるよ」僕は確信している。「なんだって今なら可能だ」
佐々木は言った。
「じゃあ私はこう望みましょう。赤い本に、まだそのページに続きがあったとして、その話の中に私やお客様が含まれているのかを調べてみたい」
「しょうもないこと言うんじゃないよ」僕は目を飛び出さんばかりに見開いて叫んで机の下の穴を見た覗き込んだ。暗闇だ。暗闇のくせに赤い本だと?ふざけるな。何が赤色だ。これっぽっちも合ってやいないじゃないか。僕はそんなの………。
ドンと上から突き落とされた。
やられた。敵め!僕は必死に部屋に戻るように願った。しかしそれも虚しく僕は穴の中に吸い込まれてぐるぐる体をひねりながらねじ巻きのようになってどこかへ消えていった。
また別れてしまった。会って別れて会って別れてだ。
しかしお客様は一度別れれば、きっと変わり果てた姿で僕と出会うはずだ。一緒にいてはあの小うるさい状態のお客様のままであろう。友人とは適切な距離を保っておいた方がいいものだと言うじゃないか。
しかし見渡しても出口というのはこの机の下のとっかり机の大きさぶんだけ空いた穴しかないらしい。ここでずっといるのは、私は嫌だ。変化しない世界というのは退屈だろう。そしておそらくもうお客様とこれだけ時間の隔たりがあるから同じ場所には行き着くまい。
行こう。
私の体をぬるりと滑らして穴の中に入った。
途端、ざぶーん。
水しぶきだ。海の中みたいな。
息をしようと顔をパッと上げてみるとそこら中に積み上げてあったコピー用紙がガラガラと吹き飛んだ。
「何をしてるんですかいきなり」
阿部。阿部がいるぞ。
この緑のエプロン、まるで本屋の中に戻ったようだ。
阿部の身長は記憶の倍ほども違うようだ。
うず高く積もった白いヘロヘロした紙の上に乗っているから。
「レジの対応はしますけど、佐々木さんが遊んでばかりいでは店の印象が悪くなります」
後輩にチクリと言われてしまう。
私も体に重なっていた紙をはねのけて立ち上がる。
「注文されていた分が届いたようなのでそれを運んでおいてくださいよ」
強気な阿部だ。私は頷いて紙の中を掻き分けながらガサガサと出入口へ向かう。ムカムカする。反吐が出そうだなんだ。なんでこんな嫌悪感が。
店の自動ドアは当然紙に押されて開かなくなっていた。
ガラス戸の上部が破られている。
そこから駐輪場のそばまで落ちることになっているらしい。のぼるときはどうするんだろう。
しょうがないから飛び降りた。
左右を見渡してみるとそばに大量の紙の塊がある。
私はそれを物も言わずに蹴り上げた。
重なった紙は重い。足が痛かった。
しかし紙も衝撃でざらっと崩れる。
崩れるとさらに急に気味が悪かった。
これでは一面だ。一面ぽっきり。
私は逃げ出した。逃げ出して多くの車を急停止させた。今まで見た光景の中で最もおぞましいものを見た。なんという場所。私の働いていたところは分解するとああなってしまうのだろうか。