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bibidebabide  作者: 師走
20/25

20

足の裏と足首がだるくて重い。


どのくらい歩いていたのか、シンと冷えた空気はもわもわと肌に纏わりつくような温度に変わっている。薄い氷を頂いてむっすり黙っていた川も、今はぴちゃぴちゃと控えめに騒いでいるし、地を覆う下草はいつのまにか藁黄色から瑞々しい緑色に染まっている。


どこかに腰を下ろせるところはないかな、と思うや、目と鼻の先に壁が出現した。

壁は白灰の斑模様をしていて格子状の目地が入っている。

目地の交差するカドカドには丸い窪みが一つずつある。


……これは何と言ったか、センスの良さをうたったマンションなどによくある、あれだ、コンクリート打ちっ放しというやつだ。

建物は一人分の二階建てアパートほどの大きさしかないが、窓ガラスやドアのない造りからすると簡素な展望台に見えなくもない。

なるほどこれはセンスの良さをうたった展望台なのだろう。


一階の壁に開いた入口らしき開口を入る。

部屋の真ん中には壁と同材の階段があるだけで他には何もない。

六畳ほどの空間は薄暗くて湿気ている。

カビ臭い床に腰を下ろすのはためらわれたので、二階へ上がることにした。

階段を一段上るごとに、右足に履いたパイナップルの缶詰がかっこかっこと派手な音を立てるので、無意識に左足に重心がいってとても上りにくい。

それでもひいこら足を持ち上げて天井に開いた穴をくぐると、さっと風が抜けた。

二階の四方の壁にはそれぞれ窓があり、日が差し入って明るく、カビ臭さもなかった。窓と言ってもコンクリートの壁を四角くくりぬいただけの穴でしかないが、窓がありそうな場所に開けられた穴なのだし、しかもきちんと窓らしい役目を果たしているのだから、やはりこれは窓なのだろう。


いよいよ腰を下ろせそうな場所だけれども、窓があるとなればそれじゃちょっと覗いてみようかなとなるのがまた人間というのもので、僕は足のだるさを少しだけ忘れた。


北(と思われる)方向の窓を覗くと、自分のよく見知った街並みが見えた。

端から端まで見渡せる街並みを眺めて、ようやくこの建物がそれなりに高いところにあるのだとわかる。どこかの山の上か、長身の人の頭の上に建っているのだろう。


東の窓を覗くと、夜闇に浮かぶ光が見えた。光は煌々と灯った本屋の明かりで、光の前には細い影がある。細い影はその本屋の前に佇む人のものだった。人は本を読んでいるらしい。本屋で買った本を読んでいるのか。何も店の前で立って読むこともなかろうに。


南の窓を覗くと、楕円形をしたブヨブヨの何かがたくさん飛んでいた。まるで水銀とシャボン玉を足して二で割ったようなその物体は、銀と虹の混じった色でギラギラと光っている。その一つが表面をブルブルと小刻みに振動させながらこちらに向かってきたので、僕は反射的な恐怖から窓と距離を取った。

ブヨブヨは窓から中には入れないようで、ブヨリと見えない何かに当たると、不服そうにゆっくりと戻って行った。


西の窓を覗くと、何もない。

窓のすぐ外を黒い壁でぴったり塞いだように何も見えない。

恐る恐る手を伸ばすと、手は何の抵抗もなく窓の外に出た。何かで塞がれているのではないらしい。ただただ真っ黒い空間が広がっている。

見落としているものはないかと窓の中を隅々まで注意深く見てみると、窓の中心よりも少し下に、針穴ほどのごくごく小さな白い点があった。


見つけた。

間違い探しの答えに正解した嬉しさがある。


頭を左右に振って得られる遠近感からして、白い点はどうやら遠い処にある何からしかった。僕は目をぎゅっと絞って白い点にピントを合わせた。

遠景に目が慣れると、徐々に点の輪郭が見えてくる。

一つと思っていた点は三つの点の集合体だった。

点と思っていたものは人の輪郭をしている。それが二つ。

あと一つは人より大きくて角ばっている。机、いや、大きさから言って、食卓のようなものか。

二つの人は食卓らしきものを囲んでいる。

奥の人はあまり動かないが手前の人は身振り手振りが多い。

奥の人に向かって何かを訴えているようにも見える。

ずいぶん離れているはずなのに、その動作からは緊迫した空気が伝わってくる。

手前の人が立ち上がって食卓に身を乗り出す。奥の人に掴みかかろうとしているようだ。

もっとよく見ようと身を乗り出したその瞬間、がくんと視界が揺れた。

窓のへり・・があると思っていた場所は既に窓の外で、へりに手を突き損ねた僕はそのまま窓の外に転げ落ちた。

背がヒャッと冷たくなり、地面に叩きつけられる衝撃を覚悟した。



・・・



なぜか。


衝撃が訪れない。


二階程度の高さから落ちたのだから、本当なら既にかなり痛い思いをしているはずなのに。


辺りには先程と変わらず真っ暗い空間が広がるばかりだ。

けれども落ちている感覚はある。

僕の頭から足に向かってもの凄い速さで空気が流れていくのだ。

これはいけない。

自分の感触が確かならば僕は頭から真っ逆さまに落ちているということになる。

このまま地面に落ちたのでは僕の頭と首が大変なことになる。


首を仰け反らせて自分の落ちていく先を見る。


真っ黒い空間のその真ん中には先程の白い三つの点が見えた。

どういう原理であの建物から落ちてあすこへ墜落するのか。

二つの人はこちらに気付いている様子はない。


僕は恐怖と苛立ちと焦りでパニックになった。

そして腹にありったけの力を込めて叫んだ。

何を言ったのか、この時はパニックを起こしていたので自分では覚えていないが、聞くところによると、落ちるぞー、と言っていたらしい。


木を切り倒すときの号令のようで、変だと思った。



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