19
お客様の詰められた瓶を抱えてあてもなく彷徨う。
地面にリンゴが並べられている。
全て逆さまで風が吹くと揺れている。
そんなのが無数に敷き詰められているので、私は仕方なくその上を歩く。案外安定していた。
その林檎たちの中に、中肉中背の男がいた。
顔だけは10歳もいかないような幼いものである。ふわふわした短い髪がなびいている。
私は「ここで何しているの」と聞いた。
その男は木の棒で地面をいじっていたのを止めて「好きじゃないんだ、そういうの」と答えた。
はてどういう意味かなと考えてみると、私の先ほど言った言葉に対応させるなら、「好きじゃないんだ、そういう類の質問は」ということになるのだろうと解釈した。
「あのぅ、これ」
お客様の瓶を突き出した。
男はそれを見るとぎょっとした表情になって、「…殺したの?」と聞く。
「死んでないんです」
私は弁明した。
「だって腐ってないじゃないですか」
「ほんとだ」
男はやっと興味が湧いたという風に瓶の中をまじまじと見た。
「どうすればいいかな。これ」私が言うと男は「じゃあ僕にちょうだいよ」と言った。
「駄目ですよそんなの」
手を伸ばしてきたので慌てて瓶を引っ込める。
「ならなんで僕にそれ見せたのさ」
「それはあなたにあげる以外の選択肢が聞きたかったからですよ」
「しょうがないな」
男は立ち上がった。
立ち上がると彼は非常に背が高くなり、体の線はものすごく細くなった。
「とりあえずこっちに来なよ。お母さんに聞いてあげる。お母さんなら何か知ってるんじゃない」
その男はよいしょよいしょと宙を歩いて行く。
空に続く階段でもあるようだった。
私には全く見えなかったが真似して足を振り上げてみるとどんどん登っていける。
ずっと先へ行ったところで男はただいまと言った。
すると「おかえり」どこからか小さなかすかな声がした。
「ほら、これがお母さん」男が言うままに目を凝らしてみると彼の指先に小さな米粒のようなものが乗っかっている。
「母さんこれ見てよ」
男はその指を私の瓶の前へ持っていった。
「これどうすればいいか聞きたいんだって」
「あらまあ、これはサラダにすればいいじゃない」男の母は言った。
「きっと食べられるわよ」
「駄目に決まってるじゃないか」私はまた憤然と瓶を体に引き寄せた。
が、彼女は「あら。じゃあ何で私に聞いたのさ。もうサラダにしちゃったよ」と言った。
驚いて見てみると瓶は空っぽになっていて、私はミニトマトやキャベツと一緒にお客様の体を口の中で屠っていた。
目の前の男も下顎をモゾモゾ動かしている。
おそらく男の母だって食べていることだろう。
飲み込んでしまった。
確かに食べれないことはなかったのだ。
「解決したね」男が言う。
「解決したかどうかわからないよ」私が返した。