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シンと静まった店内に紙幣の擦れる音だけが響く。
人の居ない本屋というのはどこか不気味だ。それでいて高揚感もある。
等間隔に並ぶ棚とその中にぎっしり詰まった六面体、タテヨコに長く通った通路、黄味のない電光。丸みのない、膨大な情報だけが置かれている空間。
そういうものが、異空間に入り込んでしまったかのような錯覚を呼び起こすのだ。
「佐々木さん、施錠終わりました」
自分の業務を終えた阿部がカウンターに顔を出した。
「お疲れ様、こっちももう終わるから、上がっていいですよ」
言うが早いか、お疲れ様したー、とおざなりな挨拶をして阿部が通路の向こうに消えてしまうと、再び店内は異空間に戻った。
つい心細くなって辺りを見回す。
カウンターに置かれた灰色の本が目に留まった。
赤い本。
妙な本だ。
「今あなたが作ってるものが何か、それは簡単なものです。この本の続きですよ」
今日私は確かにそう言った。
出鱈目ではなかった。あの時は本当にそう確信したのだ。
自分であの本を読んだときには、何について書かれているのかさっぱりわからなかった。
それはそうなのだろう。第三章を読んでも何も浮かばなかったのだから。
私は何も作れなかった。だからこの本の意味もわからなかったのだ。
だからこそ、第三章を実践しようとするお客様に、出過ぎたことと知りながら、お手伝いを、などと申し出たのだ。それだけ、第三章の先を知りたかったということだろう。やれやれ、自覚のない好奇心とは恐ろしい。
とはいえ、お客様は某か作ることができたようだ。
私の考えが見当違いでなければ、今回この本の目的は果たされたはずだ。
だがまだ何かスッとしない。
それで、この先は。
作ったこの先には何がある。
それを知るにはあのお客様の先を知らなければならないのではないか。
幸か不幸かここは本屋だ。
私は待つことができる。
あのお客様も、この本を探す他のお客様も。
つくづく妙な本だと思う。
そして迷惑な本だ。
ビニールコーティングのされていない、紙のままの装丁の表紙は、さらりとしてよく手に馴染む。
白いページをぱらぱら捲って、それから並び立つ六面体の隙間に差し込んだ。
赤くない地味なその本は、背表紙の列に並んでしまうと、たちまちどこにあるのかわからなくなってしまった。




