12
白。
白。
影。
白。
紙の繊維の凹凸。
ページを掴む佐々木の指先。少し血の気が引いている、爪、爪。
仕事はいいのか佐々木。
僕も佐々木の言うことを聞いていていいのか。
どこかで鳥が鳴いている。カモメ? ハト? いいや…鳥。
今朝も飛んでいた鳥、雲と近いところを、鳥。
目の前に広がるまっさらなページを前に、僕はだいたいこんなことを思い浮かべた。
「どうです、浮かびましたか?」
「浮かべた…」
「ではそれをできるだけ形を変えないよう私に話してみて下さい」
「え、」
考えたまんまを話せということだろうか。
だが、今浮かべた内容はあくまで自分の頭の中に浮かべることが前提であって、他人に明かすことを前提としていない。だからこそ親しくもない佐々木を平気で佐々木と呼べるし、自分の迷いも遠慮なく吐露できるというものではないか。それを明かせと言うのは少し乱暴ではないか。
「あ、だめですよ」
佐々木が僕の目の前で指をパチンと鳴らした。
「いろいろと疑問があるでしょうが、とにかく今は第二章の感覚をキープですキープ。オッケー、そのまま、そのまま、はい、どうぞ!」
佐々木の妙なノリに乗せられるのは納得がいかなかったが、今はこれ以上思考するのは億劫だった。何より第二章までの時間と労力が惜しまれた。もう一度最初からやる気には到底なれなかった。
僕はなかなか開かない口をどうにか持ち上げた。
「う、白、白、影、白、……」
声に出してみると、とてつもなく気恥ずかしい。
だがこれを佐々木に気取られれば、また目の前で指をパチンとやられるだろう。
呼吸を深くして、何もないページに意識を集中する。
紙の繊維の一本一本をすり抜けて、その向こうに今朝見た景色が広がる。
気恥ずかしさはいつのまにか霧散して、鼻歌を歌うように、僕は思い浮かべた全ての内容を話し終えた。
「はい、お疲れ様です。第三章終了です。第二章は第三章のための準備ですから、もう楽にして大丈夫ですよ」
佐々木は僕の話の内容には一切触れずにそう締めくくった。
途端に、抜けていた力がじわじわと戻る感覚がした。足元から血流の中を熱が上ってくる感覚だ。
自分の頭の中、本の繊維の中、佐々木、今朝の景色、あちこちに広がっていた意識が自分に舞い戻ってくる。
すると、これまでうっすらと感じていたギモンがにわかに存在感を増して、明確な輪郭を持って響いた。
はたして、この本は、作る方法についての説明は一生懸命するのに、何を作るのかについての説明は一向にしようとしない。僕は何を作ろうともしていないのに、何を作らされているのか?
「それで佐々木…さん、一体これは、何を作るための本なんです」
すっかり力の戻った口は、つるりとギモンを零した。
逆光で陰影の濃くなった佐々木の目が、チラと光った。