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bibidebabide  作者: 師走
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今日も今日とて六面体。


六面体を並べ、敷き詰め、穴が開けば補填する。


目当てのものが見つからないという人があれば店内を探し、店内に無ければ取り寄せもする。


そして売り渡す。大小様々の六面体を。


そういう細々とした労働をして微々たる対価を得ている。


まぁ、そう、つまり本屋の店員をやっている。それが私、佐々木智さとし。二十八歳。いて座のO型。趣味はもちろん読書。「赤い本」は読了済み。さ行が多くてごめんなさい。それが私、佐々木智。



今日は少しヘンテコなお客様に出会った。(誉め言葉です)


年の頃は二十五、六といったところでしょうか。


性別は見る限りでは男性。


これといった特徴のない顔貌。(教室の廊下側から三列目、後ろから三番目の席に座っていそうなかんじ)


黒系のパーカーにパンツの華美でない服装、伏し目がち、奥まった棚ばかりまわる挙動の怪しさ。


私は確信した。これはやるな、と。


そうです、うちの商品である六面体を代金を支払わずに持ち去る忌むべき悪行のことです。


対策はあります。細やかな声掛けをすることによって“見られている”という意識が働き、やりずらく・・・・・なるのですって。


ですから私はすぐさま声掛けをしようと近寄った。


「何かお探しですか?」


勇気を出して振り絞った声はすんなりと無視された。

どうやらお客様は棚を探すのに集中しているご様子。

そこで仕方なく、軽く肩を叩く。

普段なら声掛けであっても無闇にお客様に触れるということはしません。ほら、いろいろと、ありますでしょ? 不快に思われる方もいらっしゃいますし、でりけえとな問題とかもね、いろいろ。


そうして振り返ったお客様は、とてつもなく不快なお顔をされていました。


お客様は寄りに寄った眉根をそのままに、なんですか、と低い声で私を睨む。


しかし私もここで怯むわけにはいかない。私には商品を掠め取ろうとする輩からかわいい六面体を守り、自店の利益を守り、お客様と私たちの快い関係を守るという使命がある。


「あの、何かお探しかと思いまして」、と私が尚も食い下がると、お客様は「ああ、いや、別に」とだけ言って黙ってしまった。けれどもその場から立ち去ろうとはしない。


その不可思議な様子は数ヶ月前に訪れた人物と重なった。


その人は赤い本を探していた。落ち着きなく辺りを伺う挙動は不審を感じさせるのに十分だったので例の如く声を掛けた。するとお客様は何か気まずいものを見るような顔をされた。けれども赤い本ですか、と尋ねた途端、どうしてわかったんだ、と唾を飛ばして興奮された。


なぜわかったのか。

それは、その前にも何度か挙動の怪しいお客様に声掛けをしていて、そのお客様の実に七割ほどが赤い本を探していたからに他ならない。


あの本がなぜこう度々探されるのか、そしてその本を探している人はなぜ皆挙動不審なのか。

内容もたいしたことは書かれていないのに。というよりも、私には最後まで何について書かれているのかわからなかった。値段だって安くはない。

それなのになぜ売れるのか。なぜ求められるのか。何も理解できていないのに、なぜ私は今またこの人に、赤い本のことではないでしょうか、などと口走ってしまっているのか。



「はい、ええ、そうです……」



お客様の驚きを含んだ表情に、こちらも少しの驚きと、ほらね、という得意気を感じた。


まだ多少の注意を注ぎつつもお客様をレジに案内していると、ディスプレイガラスに背後のお客様が映って見えた。

お客様は何を思ったのか突然に横っ飛びをかまし、ふくよかな男性客の胸元に飛び込んだ。

すぐに通路に戻ったものの、食らった豆鉄砲の豆をつつく鳩のような顔になってしまったお客様に親愛の情を感じずにいられなかった私は、かねてからやってみたかった、「赤い本をお探しのお客様に赤本を差し出す」、という小ボケを遂行し、客様を送り出した。



お客様が立ち去って、私はまた六面体をきちんと整列させることに集中した。


縦の線と横の線を狂いなく並べる。ぴったりと線が揃っていると気持ちがいい。このきれいに並んだ六面体、ついつい手に取ってしまいたくなるではないですか。


「ふふ…」


揃った線の美しさに自画自賛を満喫していると、目の端にちらと人影が入った。


店外を見れば、先程のお客様が駐車場で棒立ちに立ち尽くしている。


自転車の鍵でも失くしたのだろうか。


お客様は左手に「赤い本」を持っている。

ページは開かれ、目はページを追っている。

右手の平に移される目線。


読んでいるのだ、あの本を。

そして実行している、あの本の内容を。

お客様は本に指を差し入れたまま、だらんと腕を下げ天を仰いだ。

足元がふらふらと揺れている。


第二章だ。

第二章をやっているのだ。

まさか第三章も実行するつもりなのだろうか。


六面体の山の向こうの、自動ドアのそのまた向こうで、その人はゆっくりとページを捲った。


私は並べるつもりでいた六面体を、静かに置いた。

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