娘の告白
ジュリエットの様子が変わっていったのは一体いつの頃からだろうか。
普段は忙しくてジュリエットと顔を合わせる時間は短いのだが、彼女の侍女や護衛の報告書から日常の様子は垣間見える。
報告書によれば、ジュリエットはため息をついていることが多くなってきた。ふとした瞬間に手を止めて、そっと息を吐くのだ。その仕草がとても悩まし気で、非常に心配になるとも注意書きがなされている。
そして昨日はジュリエットの呟きも拾っていた。
――彼に会いたい。
昨日の報告書を読んだ後、ファイルに挟み込んだ。感情が高ぶって上手く閉じることができない。
「……やっぱり始末しておくべきか」
「よしてくださいよ。ウィリアム殿は第一王子の側近候補ですよ。敵に回したら面倒です」
「殺しはしない。簡単に帰ってこられない僻地へ飛ばすだけだ」
冷静さを心がけていても、心の中は雨色だ。
今まではジュリエットとウィリアム・フローレスが偶然出会ったとしても、さほど気にならなかった。諜報部の人間を付けているし、先回りして抜かりなく邪魔もしている。二人が顔を合わせるだろう催し物をピックアップして、それに合わせて俺が休みを取る。ジュリエットが忙しくて顔を合わせることが減っている父との時間を優先するのはわかっていた。
慎重なことに、ウィリアム・フローレスはジュリエットとはっきりと約束をしない。二人はたまたま王城での催し物に参加して、顔見知りだから挨拶をする、一緒に楽しむといった偶然を装っている。だからこちらも何もできない。ただ予定の当たりを付けて、邪魔をするぐらいだ。最近は諜報部の人間の読みが当たり続けており、ジュリエットとウィリアム・フローレスはなかなか会うことができずにいた。
あまりにもあたるので、個人財産から特別手当をだしてやろうという気持ちになっていた。
俺の試練が功を奏しているのだが、どうやらジュリエットには辛いことだったらしい。
「やり過ぎじゃないですかね。もうかれこれ2か月ほど、会っていないですよね」
「先日、フローレス伯爵家には縁談を勧めてきた。フローレス伯爵家にとって、かなり好条件の令嬢だ。それに好みに合いそうな令嬢にしてある。会えば気に入るはずだ」
「うわ、サイテーな父親だ。ですが、そろそろ加減しないと」
ベイリーがあまりにも注意をしてくるので、不愉快気に眉を寄せた。
「加減などいらん。このまま他の女と婚約すればいいのだ」
「やり過ぎはいい結果をもたらしませんよ」
「うるさい」
ふんとそっぽを向けば、ベイリーがわざとらしくため息をついた。
「閣下は辛い恋愛はしていないでしょう? 障害が大きければ大きいほど、恋というのは燃え上がるもんです。しかも初めて出会ってから、かれこれ8カ月ですからね。徐々に距離が縮まってこれからというタイミングでの障害ですから」
障害が大きいほど?
言われてはっとした。
「まさか、そんなわけ……」
「大ありですよ。ジュリエット嬢は閣下を傷つけたくないけど、恋する人に会いたいと焦がれた気持でいるはずです。こんな時に、危険を冒して男が会いにやってくればどうなることか」
そういう忠告は早めに欲しかった。
慌てて仕事を済ませて屋敷に帰ったのが夜の10時。
ジュリエットはうっとりとした顔で窓辺にただずんでいた。
その手には大きな一輪の赤いバラ。
やられた!
そう思ってもすでに時遅く。
「ジュリエット」
掠れた声で娘の名を呼ぶ。ジュリエットは声を掛けられてようやく俺が側にいたことに気がついたようだ。はっとした顔をして微笑んだ。手に持った薔薇をどうしようか視線を落としたが、隠さなかった。
「お父さま、おかえりなさい」
「ここは寒い。さあ、部屋に入ろう」
薄手のドレスしか着ていないジュリエットの肩に自分の上着を掛けた。ジュリエットは恥ずかしそうに俯き、そして上目遣いでこちらの様子を伺ってくる。
何か言いたそうな視線に気がつかないふりをして、歩くように促した。
「お父さま、聞いてもらいたいことがあるの」
嫌だと言いたいところだが、今まで良い父親の顔しかしてこなかったのだ。そんな突っぱねるようなことが言えるわけもなく。
ジュリエットは手に持った薔薇の花を見つめ、悩ましい吐息を漏らした。
「その薔薇は……」
「もうこれで7本目になるわ。初めはこんなことをしてもらって困ると思ったのだけど」
7本目。
衝撃的だ。
諜報部の監視を振り切り、7回もジュリエットに薔薇を直接手渡していた。ジュリエットの部屋を覗かれるのが嫌で、制限を設けたのが裏目に出たようだ。
「熱心に見つめられると無視もできなくて。毎日来るわけではないのに、夜がとても待ち遠しく思うようになったの」
「ジュリエット、その、彼のことが好きなのか?」
言葉を絞り出せば、ジュリエットがこくりと頷いた。
「わたし、彼に恋しているみたいなの。会うたびに胸がドキドキするし、どうしたら彼がわたしのことをもっと好きになってくれるかしらと考えてしまうわ」
「……ジュリエットが喜ぶのなら、お父さまが世界で一番美しい花を贈ろう」
薔薇の花を見つめて何かを思い出しているのが悔しくて、ついつい子供っぽい対抗心をむき出しにした。
「ありがとう、お父さま。わたしもお父さまが大好きよ」
「そうか」
「でも違うの。彼への思いとお父さまへの思いは」
ああ。
一番恐れていたことが起きてしまった。
もうちょっと後でもよかったのではないだろうか。
ジュリエットはまだ成人していないのだから。
お父さまのお嫁様になると無邪気に笑って抱き着いてきてくれた時が懐かしい。
泣く泣く、ジュリエットの話に耳を傾けた。いかにあの男が素晴らしいか、うっとりしたり、興奮したりしながら話している。いつもと変わらない笑顔で聞いているつもりであるが、きっと変に歪んでいるだろう。
……目からへんな汁が。
病気かもしれん。
明日は仕事に行かなくてもいいかな。




