親の気持ち
こっそりと他の書類にその計画書を挟んだ。
ところが目ざとく見つけたベイリーがそれを引き抜く。さっと目を通せば、大げさにため息をついた。
「ダメですって。暗殺はいただけません」
「こっそりだ。こっそりする。絶対にばれないようにしっかり完璧に暗殺する」
「暗殺はばれたら暗殺じゃないです」
「じゃあいいじゃないか。誰がやったかわからない」
「ですから、そういうことではなくてですね……!」
かれこれこの押し問答をし始めてからすでに10日が経過していた。俺は普通の書類を裁きながら、ブチぶちと文句を言う。
「何のために宰相なんてどうでもいい職に就いていると思っているんだ」
「もちろん国のため」
「ふざけんな。いざというときに暗部を使うためだろうが。今使わないでいつ使うんだ!?」
感情のままに拳で強く机を叩けば、積んであった書類の山が一部崩れた。雪崩を起こした書類を丁寧に元に戻しながら、ベイリーは呆れたようなため息をついた。
「あまり私用に使わないでくださいよ。先日、諜報部長官が愚痴っていましたよ。つまんねー仕事させるなと」
「……」
諜報部長官は長い付き合いがあるため、やや頭が上がらないのだ。長官は幼いころからジュリエットを可愛がっていたため、渋々調査をしてくれたという経緯もある。
「つまらなくはない。この国の未来がかかっている」
「どの辺が?」
「ジュリエットに何かあったら、俺が役に立たなくなる。すると仕事がさばけなくなり、いい加減な管理になっていく。さらには」
「あー、わかりました、わかりました! 長官に言って監視を強化します」
これ以上聞きたくないと言わんばかりに言葉を被せてきやがった。だがこれが狙いだったため、俺は内心ニヤリと笑う。
「よろしく頼む。できれば対策を出してもらえるとありがたいと伝えてくれ」
「……対策?」
「そうだ。そう簡単にジュリエットを手に入れらえると思ってもらっても困る。あの子は俺の宝だぞ。簡単に盗まれてたまるか」
「わかりました。試練の検討もお願いしておきます」
「上手いこと言うな。確かに試練となるかもしれん」
つまらないダジャレを言いながら機嫌よく書類を手に取った。諜報部が作り出す試練だ。それはそれはたいそうなものになるだろう。成人して数年のひよっこには対応できまい。
諜報部の活躍は素晴らしく、数日後には試練案を添えて監視報告が届いた。白いところがないのではないかと思うほどびっちりと書かれた書類を見て、思わず首を捻る。
「なあ、なんでこんなにも細かく書いてあるんだ?」
「諜報の報告書は必ず一枚になるようにという決まりがありますからね。よほど書きたかったのでしょう」
細かいだけではなく、やたらと筆圧の強い文字で読みにくい。しかも所々、液だれしていて、文字に感情が込められているようだ。
あまりの細かさに目がちかちかするが、それでも根気よく読んでいった。
「気のせいだろうか? なんだか怨念を感じるが」
「あー……諜報部は確か職務の関係で独身者が多いんですよ」
独身者、と聞いてなるほどと頷いた。ウィリアム・フローレスとジュリエットの二人の様子を覗いて、いらぬ感情を刺激したらしい。
「だからなのか? 試練案が過激なのは」
「そうでしょうね。でもこれはいただけないでしょう」
一番多いのは信頼関係を損ねるためにハニートラップを仕掛けるというところだった。どうやら横恋慕させて決定打を打ち込もうという事らしい。
「ハニートラップ、いいと思うが?」
「ダメですよ。諜報部にいるハニートラップ担当、誰だか知っています?」
「今は誰だったか……」
諜報部の人間の顔を思い浮かべながら、一人だけ該当者がいた。ただし、奴は男だ。今回のターゲットはウィリアム・フローレスだから……。
「今思い浮かべた顔があたりです」
「は?」
「男も女も落として見せるというのが彼の座右の銘でして」
そう言われても、ピンとこない。奴の身長は非常に高く、しかも甘い顔立ちをしている。髭なんて生えませんとばかりにつるっとした肌だ。諜報部に所属しているのに派手な異性関係を築いていた。
「彼が本気で口説くと男でも落ちるのか?」
「恐らく。きっと色々なテクニックがあるのでしょう」
一度だけ奴の仕事ぶりを見たことがある。相手は隣国の大使の妻だった。でっぷりと肥え太った熟女であったが、彼の言葉に頬を染めて恥じらっていたのだ。その間、大使と言えば念願の高級娼館へ行ったそうだ。その「おもてなし」は大使夫妻を大いに満足させた。
彼がウィリアム・フローレスの両手を握りこむのを想像して項垂れた。
想像しただけなのに、何故か見つめあう二人の後ろにはバラの花びらが乱舞していた。違う性癖に目覚めてもおかしくない妄想である。
「流石に可哀想すぎる」
「そうでしょう? ですからハニートラップ系はやめましょう」
そう言ってベイリーは報告書に書き込んである試練案を次々と消していく。あれほど細かく書いてあったが、そのほとんどが消された。どうやら諜報部の奴らは別の扉を開けたかったらしい。
「……やつら、真面目に仕事していないな?」
「そりゃあ目の前には甘酸っぱいピュア恋が広がっているんですから、やっていられないでしょうよ。下手したら、心をやられてしまったやつもいるかもしれません」
気持ちはわからなくもない。
ジュリエットは清楚な美少女だし、認めたくはないがウィリアム・フローレスも爽やかだ。二人が常識的な距離で見つめ合っていただけでも絵になるはずだ。
それを日中ずっと見ているわけだ。心の負担になる者もいるだろう。
「ある意味、労災だな。管理職は何をやっているんだ。俺が減給してやろうか」
「原因が何を言っちゃっているんですか。閣下が監視を取り下げればいいだけでしょうに」
俺はベイリーの呆れを含んだ都合の悪い言葉を無視して、消されていない項目を読んだ。読み進めていくが、いまいちよくわからない。3度目の読み直しをした後、顔を上げてベイリーに問いただした。
「どういうことだ?」
「要するに相手に格というものを知らしめて、男としての矜持を叩き潰すということです」
「贈られた物以上の贈り物を贈る、相手が絶対にできないデートプランを立てる……こんなことで叩き潰されるものか?」
「男は意外と見栄っ張りですからね。自分以上にスマートに対応されると心が折れるのでしょう。きっと誰かの経験則でしょうから、効果は抜群かと」
なるほど。
全く納得はできないが、抜群だという意見もあるのなら信じるしかない。
ベイリーの説明に納得しつつ、書類に目を落とす。
色々と想定しつつ、男の矜持を叩き潰す事例を読み続けた。




