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先手必勝


 欲しい情報はすぐに集まった。


 ウイリアム・フローレス、16歳。

 前宰相の甥で、フローレス伯爵家嫡男。


 幼いころから非常に優秀だと言われている。第一王子の側近候補だ。

 見た目も悪くない。薄めの茶色に琥珀色の瞳をした穏やかな気性の持ち主だ。

 現在婚約者はいない。


「……評判いいな」


 詳細に書かれた書類を何度も何度も読み返したが、これと言って気になるところがない。気になるところと言うよりも完璧すぎて胡散臭いとは思うが、守られた伯爵家嫡男などこんなものだろう。ついでに言えば、成人しているがまだ婚約者はいない。どこかの家と口約束していることもなさそうだ。


 調べてもらった書類をベイリーに渡せば、彼も興味深そうに書類に目を通す。


「へえ、ジュリエット嬢にぴったりですね」

「何か言ったか?」


 不機嫌に睨みつけたが、ベイリーは特に気にせず笑顔だ。


「閣下に勝てそうな感じが評価できます。年頃の娘にとって父親何てウザいですからね。特に恋愛に口を出してくるとなると、近寄るなという感じでしょうか」

「ウザいだと!?」


 愕然として立ち上がれば、ベイリーはぱたぱたと手を振った。


「嫌だな、あくまでも一般的な話です。それに高位貴族なら政略結婚の方が主流でしょうに。ジュリエット嬢がそうだとは言っていないですよ。ジュリエット嬢はお父さま大好きっ子じゃないですか」

「……そうだが」


 心の中でそう思われている可能性は捨てられない。ふと、若い娘を持つ貴族が零していた言葉を思い出してしまった。


 夜会でよく話す気のいい貴族なのだが、彼も娘と息子がいる。特に娘には最近毛嫌いされていて、その理由に驚愕したという。彼の妻ができた性格だったらしく、微妙な雰囲気の二人の仲と取り持ち、改善した後はぎこちないながらも交流を持てているようだ。


 そろそろ匂いを気にした方がいいか?

 体臭と口臭には良い薬があると、彼は言っていなかったか。


 それとも服装だろうか。

 ああ、そう考えれば髪の具合も心配だ。若いころに比べたら、生え際は善戦むなしく後退を余儀なくされているし、ちらほらと白いものが増えてきた。

 くそ、黒髪は目立つんだよ。これがまだ金髪なら光の具合で誤魔化せるものを。


 腹は……かなり手を抜いているが鍛えているから大丈夫だと思いたい。


 どちらもまだ若い頃と変わらないと思っているが、それは自己満足の可能性もある。俺もすでに36歳。一般的にはおじさんの分類だ。


 客観的に判断をしてもらった方がいいかと思い悩んだ。


「それよりも第一王子の側近候補というところが気になります。閣下は中立派ですよね?」

「当然だ。立場上面倒だから、どちらの陣営にも肩入れしていない」


 俺にはジュリエットという素晴らしい娘がいるから俺の後ろ盾の欲しい両陣営が来年から正式に婚約できることを考えて釣書が大量に送られていた。


 もちろんすべて焼却済だ。ちょっと王城で見かけたぐらいで、心が通じ合っただの、巡り合う運命だっただの、気持ちが悪すぎる。そんなすっとこどっこいに俺の可愛いジュリエットを嫁に出すわけがない。


「ジュリエット嬢にどんな相手ならいいと考えているのですか? 閣下の思想も分からなくもないですが、色々な意味で王子が一番いい相手だと思うのですよ」

「……ジュリエットが愛する人と結婚したいと言ったからだ。ジュリエットの意志を無視する相手は排除だ」

「うわー、マジだったんですか、あの噂」

「お前、最近口が悪いぞ」


 睨みつけたが、にこにこしているだけで気にした様子がない。


「仕方がないです。俺は男爵家の出身なんで。どうしてもこうして世間話をしていると崩れてしまって」

「男爵家出身というのならもっと気を付けろ。他で聞かれたら付け込まれるぞ」


 呆れて注意をすれば、彼はにやりと笑った。


「心配してくれるのですか。そういうところ、非常に好きですよ」

「……すまん。俺は女が好きで、しかも妻しか機能しないんだ」

「人間的に、というところです。それで、これからどうするんですか?」


 冗談が通じなかったようで流された。この手の冗談がいいと夜会である大臣から教わったのだが、ベイリーとのコミュニケーションは失敗したようだ。今度、大臣にあったら結果をフィードバックしておこう。


 こいつにどう思われてもいいかと、咳払いした。


「先手必勝だ。ジュリエットとは会わせない」

「え、無理ですよ」

「無理じゃない。ジュリエットの参加するお茶会の参加者を見てから出席を決めるつもりだ」

「上手くいかないんじゃないかな」


 何をそんなに心配しているのか、わからない。


「言いたいことがあるなら言え」

「うーん。でも俺の勘違いかもしれないし、閣下は怒るかもしれないし、俺が凄く面倒になるかもしれないし」

「それでもだ」


 しばらく唸っていたが、ベイリーは一つ息を吐くと姿勢を正した。


「これも噂ですから、と前置きしておきます」

「ああ、わかった」

「ジュリエット嬢、最近、よく城の催しに参加されていますよね。その時にとても心を許した相手と二人で庭を散策していると」

「…………………………」


 信じられずに固まった。ベイリーを見れば、困ったような顔をしている。頬を掻いているのは、気まずいからか。


「曜日が決まっているので、城に勤めている人間は結構知っていると思います。ついでに、それが今日でして」

「何だと!」


 俺は椅子を蹴飛ばして、執務室を飛び出した。


「場所は王族専用の庭ですよ」

「わかった!」


 とにかく全速力で王族専用の庭に向かった。全速力で廊下を駆け抜ける俺に驚いたような顔をして人々が道を開ける。きっと顔色が悪く、悪鬼のような形相をしているだろう。


「ジュリエット」


 遠くにジュリエットの姿を見つけた。いつもながら清楚で可愛らしい。まだ14歳だが今後の成長がとても楽しみだ。


 ジュリエットと後ろにはいつも世話になっている侍女が控えている。二人は楽し気に庭を散策していた。男がいないことを確認してほっとする。通常の歩く速度に切り替えて、さり気なく声を掛けようと、大きく息を吸って呼吸を整える。


 ジュリエットは誰かを見つけたように嬉しそうな顔をした。

 もしかしたら見つかってしまったか。


 顔をにやけながら、なんて言い訳しようかと考えた。


 ところが、彼女が嬉しそうに駆け寄った先は。

 誰が見ても好印象の少年がジュリエットの左手を取り、指先にキスをする。ジュリエットは嫌がらずにほんのりと頬を染めた。


「あちゃー、勇気あり過ぎでしょう」


 ようやく追いついたのか、背後からベイリーの声がする。


「……今すぐ暗殺者を雇おう」


 俺は二人の姿を凝視したまま、その場に立ち尽くしていた。



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