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茶会の前の静けさ


 ジュリエットが14歳になった。

 この国では14歳になると貴族子女は王族が主催する茶会にデビューする。ちなみに夜会デビューは15歳だ。この国では14歳で参加する王族主催の茶会と15歳で参加する夜会に参加して初めて貴族成人として認められる。貴族成人と認められると、正式な婚約を結ぶことができるようになる。


 他の国では幼いころから政略的に婚約を結ぶことがあるようだが、この国では正式に婚約できるのは成人してからだ。というのも、その昔、幼いころから婚約を結んでいたが、他に愛する人ができて婚約破棄をすると言ったことが多発した。


 この国では歴史的にも有名な「真実の愛からの婚約破棄世代」である。


 熱病のような恋に浮かれて、有望な若い人材がこの時大量に失われたのだ。なんでも愛は身分を超えるらしい。いや、この国では絶対に超えない。超ミラクル技を繰り出さない限り無理だ。


 俺の3代ぐらい前の時代がロストジェネレーション世代と言われている。貴族の婚約は国王に認められる必要があり、非常に王城が大変な状態に陥ったのだ。主に文官と国王が。その混乱を教訓に、正式な婚約は成人になってからとなった。


 もちろん貴族なので、口約束は可能だ。もしそのまま問題ないようなら、成人後、正式に婚約をする。この方法になってからは、婚約破棄は少なくなったらしい。


 ぼちぼちと我が家もジュリエットへの釣書が増えている。まだ1年あるというのに気の早いことだ。俺の心証が悪くなることを考えていないのだろう。


 ジュリエットの教育も順調で、彼女の家庭教師からは同年代と比較してもかなり優秀と褒められている。茶会デビューはさほど心配はしていなかった。


 妻がいないためジュリエットの支度を妹のカトレアに任せていた。社交界の中心的存在であるカトレアならば我がロバーツ侯爵家に相応しい装いを準備できると踏んだのだ。金に糸目は付けないと言っておいたおかげで、素晴らしい支度ができたようだ。


 カトレアも自信満々でジュリエットを連れて俺の所へと連れてくる。


「どう? お兄さま。とても素敵でしょう?」

「お父さま、どうですか? 似合いますか?」


 恥ずかしそうにはにかみながら、ジュリエットはおずおずとカトレアの後ろから姿を現した。


 ふんわりとした薄い青色のドレス。

 ドレスの裾には白糸で刺繍が施され、胸から腰までは華やかなレースが使われている。カトレア曰く、最新の人気のある意匠らしい。

 子供らしさよりも少しだけ背伸びしたような大人びた意匠に目を見開いた。そこに妻の姿を見たような気がした。


 しかもこのドレスの色!

 俺の目の色だ。

 いい仕事をしているじゃないか、我が妹よ!


 心の中では称賛の嵐であったが、表に出た感情は違っていた。


「……これはダメだ」


 思わず低い声が出た。びくりとジュリエットの体が揺れた。彼女の瞳が潤みだす。


「似合わない?」

「ああ、違うんだ! ジュリエットは世界一可愛い。お前ほどの清らかで美しい少女などいないだろう。お父さまの色を身に纏ってもらえただけでも、天にも昇る心地だ。だけどな。これはいけない。変な虫どころか、野獣に狙われてしまう!」

「お兄さまって本当に馬鹿ね」


 カトレアが呆れたようにため息をついた。


「この可愛らしさを見逃すような男はいない。城にいるのは変態ばかりだ。見た目と身分がいいから騙されがちだが、国王だって変態だ。変態しかいないようなところに、こんな美味しそうなジュリエットを置いておけるわけがない!」


 一息に説明すれば、カトレアが引きつった笑いを浮かべた。ジュリエットもやや引き気味な気がするがこちらは気のせいだ。


「お兄さまのその思考が腐っているわよ。この茶会は絶対なの。欠席はよほどのことがない限り認められないわ」

「しかし」

「それともお兄さまはジュリエットを満足に社交もできない娘にしたいの?」

「ジュリエットは優秀な子だ。社交界などすぐに掌握するはずだ」


 ぐるぐると唸りながら、打開策はないかと探る。頭の中には可愛いジュリエットがよからぬケモノに襲われているところしか思い浮かばない。


「大体、茶会に参加するのは子供たちとその保護者よ。皆、子供と既婚夫人だわ。お兄さまは心配しすぎ」

「茶会に参加していなくても、ジュリエットの姿を見られるじゃないか」

「ジュリエットならすぐに噂になるでしょうね」

「――そうか。その日、変態たちに休暇を取らせればいいのか」


 あまりにも名案に思わず笑顔になった。カトレアの目が恐ろしいほどになっているが、気がつかないことにする。


「そんなことをしたら城の機能が麻痺するし、ジュリエットの評判が悪くなります」

「しかしだな!」


 名案に難癖をつけるカトレアを睨みつけた。カトレアも引くつもりがないのか胸を逸らして睨み返してくる。


「伯父上。心配しなくても母上だけでなく、僕もジュリエットの側についています」


 ずっと黙って様子を伺っていたカトレアの長男であるハワードが割り込んできた。

 ハワードはジュリエットよりも3つ年上だ。カトレアの方がジョディよりも早く嫁に出たので、ジュリエットは一番年下だった。


 俺が再婚するつもりがないからジュリエットの成人を迎えた後、ハワードは我がロバーツ侯爵家の跡取りとして養子に入ることになっている。ジュリエットにとっては兄も同然だった。


「お前がいたところで何になる」

「僕は役に立ちますよ? 王子殿下たちとも交流がありますから」


 王子殿下たち、と聞いて目を丸くした。


「両方の王子と親しいのか?」

「ええ。中立の立場ですから、どちらとも等しく親しいです」


 にこりとほほ笑まれて、流石カトレアの血を引いていると感心した。

 ミルトン伯爵はどちらかというと人当たりの良い、見るからにいい人である。カトレアがある夜会で一目惚れして、既成事実を作って嫁いでいったという裏話もある。


 弁の立つカトレアに言いくるめられてミルトン伯爵は美味しく食われてしまったわけであるが、それでもカトレアを心から愛することができる心の広い御仁だ。カトレアと結婚したという一点でも尊敬に値する。


「どうだ? お前の目から見て王子たちはジュリエットを気に入りそうか?」


 今回、ジュリエットが参加する茶会は王子たちの婚約者を決めるという側面もある。王妃が産んだ第一王子は18歳、側室の産んだ第二王子は17歳、どちらもすでに成人している。結婚していればさほど心配しないのだが、現状は婚約者すらいない状態だ。きっと人には言えない性癖があって相手が決まらないのだ。

 うーむ、やはり変態臭がする。後で調べておこう。


「わたし、お父さまとお母さまのように心通じた方と結婚したいわ」


 王子のことが話題になって不安になったのか、ジュリエットが突然そんなことを言いだした。俺は思わず娘を見つめてしまった。


「王子だぞ? 第一王子の正妃になれば将来の王妃だ。貴族令嬢としては大出世だぞ」

「王妃にならなくてもいいの。一人だけの人に愛されたい」


 よし。わかった。

 王子は二人とも排除だ。

 事前に王子たちの様々な嗜好とスケジュールを漏らしておけば、ジュリエットに近づくことすらできないだろう。王子の情報はそれなりに出回っているので、レア情報も織り交ぜた方が効果的か。


 子供でも女は女。

 王子の目に留まりたい女子どもがきっといい感じに群がるに違いない。


「伯父上、悪い顔をしていますよ」

「これは生まれつきだ。ジュリエットには言うなよ?」

「わかっています。さりげなく王子たちの好みを流しておけばいいですか?」


 しれっとハワードに提案されて、にやりと笑った。


「それでこそロバート侯爵家の跡取りだ。期待しているぞ」

「ありがとうございます。ジュリエットは僕にとっても大切な妹ですからね。きっちり排除しますよ」


 二人で笑い合った。

 伯父と甥とは思えないほど、爽やかさに欠けた黒い笑いだった。



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