夜会2
「父親の権力を使うなんて、卑怯な女」
俺はジュリエットにきつい言葉を投げつけた令嬢をじっと見た。この位置からも顔ははっきりとわかる。本当ならすぐさまジュリエットを家に連れていきたいが、それでは駄目なのだ。彼女はもう成人になった。まだ俺が出る幕じゃない。わかっているが、つい体が動いた。口を出すつもりはない。ただ隣に立つだけだ。
だがその動きをカトレアが制した。しっかりと腕を捕まえている。非難するようにカトレアを見れば、カトレアは艶やかな笑みを浮かべた。艶やかでありながら目が笑っていないので、非常に毒々しく感じる。その作り笑いに思わず顔が引きつった。
カトレアは俺を見つめて目を細めた。赤く塗られた唇が弧を描いた。
「お兄さま、堪えて。ここはジュリエットの場よ」
「しかしだな」
「これぐらいで誰かに庇われなくてはいけないのなら、貴族なんてやめた方がいいわ」
正論だ。
確かにそうなのだ。
だけど、俺はジュリエットを守りたい――。
俺とカトレアの攻防など関係なく、ジュリエットの声が聞こえた。はっとして顔を巡らせてそちらを見る。
「何のことでございましょう?」
「何ですって? 人の婚約者を誑かしておいてとぼけるなんて!」
ジュリエットがにこりとほほ笑んだ。邪気のない、美しい笑顔。
「面白いことをおっしゃるのね。釣書を送りつけただけで婚約者だなんて。それならわたしは一体何人の婚約者がいることになるのかしら?」
「断られていないわよ!」
「返事がないという事でしょう?」
にこやかなジュリエットに対して相手の令嬢は怒りで顔を赤くしている。
「……煽っていないか?」
「当然でしょう? 言いがかりに大人しくしていたら、付け上がるじゃない」
どうやらカトレアの教育の賜物らしい。しかも意地悪な表情ではなく、にこやかに微笑んで言ってのけるのだから恐ろしい。ジュリエットが将来カトレアのようになってしまうのかと、ヒヤリとした。ジュリエットは純真無垢でいてほしいと思うのは親の身勝手な願望なのだろうか。
ふと、周囲を見回せば二人のやり取りは人々の注目を集めていた。ちらちらと覗き見る様に窓の前をうろついている。
大人たちはこの若い二人を品定めしているのだ。特にジュリエットは俺の娘だ。注目度は高く、評価も厳しめだ。上手くやらないとジュリエットだけではなく、彼女に突っかかった令嬢も自分の価値を落とすことになる。
「ねえ、あの令嬢。お兄さまが紹介したフローレス伯爵家に紹介した令嬢だって気がついている?」
「もっと大人しい感じの令嬢だったはずでは? あんなにも突っかかるような性格ではなかった気が」
ウィリアム・フローレスに婚約者ができてしまえばいいと、フローレス伯爵家には俺とわからないようにこっそりと縁談を持ちかけている。令嬢の性格は引っ込み思案で一歩下がるような性格だったと聞いていた。
「あの令嬢は妹の方よ。どうやらウィリアム殿が好きだったみたいなの」
「よく知っているな?」
「ジュリエットに相談されていますから」
そうか、そうだよな。
俺は逃げ回っていたから、相談する相手はカトレアしかいない。
俺は嘆息した。これ以上、見世物になるのはジュリエットにとってもよくない。まだまだ未熟な新成人ということで収めてもらおう。
ジュリエットの側に寄ろうとしたが、すぐにカトレアによって遮られた。俺はカトレアに非難の目を向ける。
「カトレア、これ以上は放っておけない」
「大丈夫よ。ジュリエットの騎士はちゃんといるのだから。お兄さまは大人しく見ていて頂戴」
ジュリエットの騎士、と言われて顔が引きつった。
「そんなもの、余計に見ていられないじゃないか!」
「うふふふ、そう?」
「悪魔のようだな」
カトレアの嬉しそうな笑みにそう呟けば、容赦なく脇腹をつねられた。その痛みに悶絶する。
「ほら、来たわよ」
「あ?」
痛みに悶えながらジュリエットから少し離れた場所を見れば、ウィリアム・フローレスがいた。今日は髪を綺麗に撫でつけ、黒にも見える深みのある紺の服を着た彼は非常に大人びて見えた。普段みられる柔らかな印象はない。視線はまっすぐ二人に注がれていた。
ウィリアム・フローレスが近寄ってきたことに気がついた令嬢が嬉しそうに笑みを見せる。
「ウィリアム様、こちらの令嬢に言ってやってくださいませ! わたくしと婚約したのだと」
「そうだな」
ウィリアム・フローレスは淡々とした表情でジュリエットを見た。ジュリエットは何も心配はないような顔をして彼に笑顔を向けた。
なんだろう、この状態は。
にこにことしているジュリエットと意地悪な笑みを浮かべる令嬢、恐ろしく無表情なウィリアム・フローレス。
チラ見していた人たちも思わず見入ってしまっていた。
もちろん、俺も。
会場から聞こえていた音が小さくなった気がした。気がつかれないように覗いていた人たちも動きを止めている。
「ジュリエット、彼女は弟の婚約者になるかもしれない女性だ。つい先ほどのことだから、遅くなってしまった」
そう言って、ウィリアム・フローレスはジュリエットに手を差し出した。ジュリエットは当然という態度でその手を取る。唖然としているのは弟の婚約者と言われた令嬢だ。
「え?」
「僕は伯爵家の後継者から外れた。叔父の養子となる」
「認められたのね?」
「ぎりぎりだったけど。ついさっきだよ。返事をもらえたのは」
疲れたようなため息をつきながらも、ジュリエットとウィリアムはお互いを労わるように微笑み合う。
「どういうことなの!?」
「貴女からの釣書はフローレス伯爵家に当てたものだった。僕でも弟でもどちらでもいい話だ」
「そんな、わたくしはウィリアム様を思っていて……」
「貴族の結婚なのだから家同士の繋がりだ。フローレス伯爵家から出た僕ではなく弟が決めることになる。そもそも君も家同士の繋がりでどちらでもいいからと言って姉と入れ替わったのだろう?」
どうやらウィリアム・フローレスは最良の解を手に入れたようだ。
第一王子の側近もそのうち辞退するのだろう。前宰相の養子に入るということはそういうことだ。
俺は諦めたようにため息をついた。
仕方がない。諦めよう。
ウィリアム・フローレスはジュリエットのために第一王子の側近になる未来と伯爵家の当主の座を手放したのだ。その思いの強さを認めないわけにはいかない。
「いい男じゃいない。ハワードは宰相になるつもりはないのだから、お兄さまが鍛えて次期宰相にしたらいいわ」
「……それは」
常に一緒にいることを思うと、げんなりする。カトレアは楽し気に笑った。
「早く引退できれば、ジュリエットの産んだ子供たちとの時間が取れるわよ」
悪魔の囁きだった。
俺の頭は猛スピードでこれからの未来を思い描いた。
「悪くない」
「そうでしょう? ジュリエットに似た女の子、可愛いわよ、きっと」
今度は祖父になるのだから、いくら甘やかしても問題ない。
しかも隠居しているため、いくらでも時間がある。
母となったジュリエットとその娘。
その幸せな様子を見守る俺。もちろんジュリエットの夫は仕事で不在だ。
その甘い未来に思いを馳せた。




