夜会1
美しい。
ジュリエットを称える言葉は沢山あるが、今宵、ふさわしいのはこの一言だ。
余計な装飾はいらない。
光沢のある白い布で作られたドレスはジュリエットによく似合っていた。ぴたりとした意匠で彼女の女性らしさが浮き彫りになる。絞った腰から裾に向かって流れ落ちるように花と蔓の絡み合った刺繍が施され、上品に仕上がっていた。
髪は複雑な形に結い上げられ、成人した令嬢にだけ許される冠を付けている。
「成人おめでとう」
鼻の奥がツンとするが、ぐっと涙をこらえる。そして彼女の首に大ぶりの宝石の付いた首飾りを付けた。ジュリエットはその首飾りを見て目を見開いた。
「これは、お母さまの?」
「そうだ。お前が成人した時に渡そうと思っていた」
ジョディが生きて今ここにいたのなら、きっと同じことをするだろうから。
「嬉しい」
「この首飾りはジョディが成人の時に母親から譲られたものだ。代々母親から譲り受けるものらしい」
「そうなのね。ではわたしも」
言葉にはしないが、娘ができたら譲るのだろう。
嬉しく思いながらも、少しづつ俺の手を離れ始めたことのようで心が痛んだ。
「さて、では行こうか。お手をどうぞ」
「はい、お父さま」
腕を差し出せば、するりと娘は俺の腕に手を掛けた。
今日、この日。
ジュリエットは大人の仲間入りをした。
今年度の新成人たちを祝う夜会はいつも以上に華やかだ。
新成人たちはそれぞれ希望に満ち溢れた輝きを纏っており、すっかり年を取った俺には眩しい。溢れんばかりの生気を吸い込めたらどんなにいいだろう。きっと仕事が捗るに違いない。
「ジュリエットが一番ですね」
一緒に夜会会場に入ったハワードがあたりを見回して呟いた。俺はふふんと得意気に笑う。
「当然だ。ジュリエットはジョディの娘なんだから」
「確かに伯母上はとても美しい方ですよね」
そんなくだらないことを話しているうちに、どこぞの貴族が声を掛けてきた。夜会の面倒くささはこういうところにある。どうしても顔を見れば挨拶をしなくてはいけない。ちらりと隣に立つジュリエットを見て、ハワードを見た。周囲も特に問題はない。
「ご挨拶に行くのね」
ジュリエットが目をうろつかせる俺にわかっていると言うように頷いた。
「ハワードお兄さまも一緒に行くのでしょう? わたし、あちらにいるお友達に挨拶をしてくるわ」
「ではそこまで送っていこう」
そう告げれば、ジュリエットは笑った。
「一人で大丈夫よ」
いつもと変わらない余裕のある笑みに少しだけ迷う。ジュリエットが視線を向けたお友達は俺も面識があった。どの令嬢もしっかりしていて、常識的だ。ジュリエットの友人としても何も問題はなかった。
「……わかった、すぐに戻ってくる。ハワード、行くぞ」
「ジュリエット、また後で」
ジュリエットは迷うことなく友人である令嬢たちのいる場所まで移動した。それを見送ってから、ハワードを連れて挨拶に出かける。ハワードはまだ侯爵家の養子にはなっていないが、すでに侯爵家の跡取りとして行動をしていた。
「伯父上、そう心配しなくても大丈夫ですよ。彼女達はとてもしっかりしていますから」
「わかっている。わかっているが、どうも落ち着かん」
「本当にジュリエットに関しては過保護ですね」
ハワードは呆れたように肩を竦めるが、仕方がない。これが俺なのだ。この世でジュリエット以上に大切なものなどない。
「手早くいくぞ」
「わかりました」
俺はハワードを連れて、挨拶をすべきところを手早く回った。相手も俺が急いでいる理由を知っているのか、笑って一言だけの挨拶で許してくれる。速攻で回って、ジュリエットを探した。
「あ、母上」
ハワードはジュリエットよりも先にカトレアを見つけていた。カトレアはにこやかに近寄ってくる。
「お兄さま、ジュリエットはどこかしら?」
「友人たちと一緒のはずだが」
「そうでしたの? 先ほどから見当たらなくて……」
カトレアはやや眉根を寄せて考え込んだ。なんだか嫌な予感がした。
「宰相閣下」
遠慮がちな声に俺は振り返った。そこにはジュリエットの友人である令嬢たちがいた。先ほど、ジュリエットが一緒にいると言っていた友人たちだ。
彼女たちの所にジュリエットの姿がない。焦りを感じながら、きつい口調にならないように穏やかな声を出した。
「ジュリエットは?」
俺の問いに二人の令嬢が口々に説明した。
「それが、親しくない令嬢がバルコニーへ連れていってしまって……」
「行く必要はないと言ったのですが、大丈夫だと言って」
「ジュリエットが大丈夫だと言ったのかい?」
「ええ。ですが、あまり交流のない方でしたので気になってしまって」
告げ口のようになっているのが気まずいのか、二人は顔を見合わせてもごもごと言う。俺は安心させるように少しだけ笑みを見せた。
「ジュリエットの行ったバルコニーを教えてもらえないだろうか」
「奥の人気のない場所です」
そう指示された場所は確かに死角になっている窓だった。
「ありがとう。これからジュリエットを連れて挨拶に行こうと思っていたところなの。迎えに行くわね」
黙っていたカトレアがにこやかに礼を言って俺の腕を引っ張った。
「カトレア」
「様子を見に行くだけよ。ハワードはお父さまと一緒に挨拶に行きなさい」
ハワードは迷った顔をしたがすぐさまカトレアの言うようにミルトン伯爵と挨拶に行くことになった。ハワードはまだ社交界では若造だ。顔を売っておくのは悪いことではない。逆にこういう時に積極的に交流を持った方が何かあった時に助かるものだ。
「すぐに戻ってきます」
「ゆっくりでいいわよ。貴方の付き合いもあるでしょう?」
カトレアはにこりと笑ってハワードを送り出した。後ろ髪を引かれるような様子を見せるはハワードを見送ってから、カトレアにじっとりとした目を向ける。
「ハワードを追い出したな」
「だってあの子、お兄さまの味方をしていて面倒だもの。ほら、行くわよ」
カトレアに引っ張られて、教えてもらったバルコニーへと向かった。




