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男の誓い


 婚約者である彼女を呼び出した場所は王城にある庭の一角。

 ここは開かれた場所で好きに立ち寄ることができる。庭師によって整えられた庭は美しく、季節に合った花々が瑞々しい。


 やや緊張した面持ちで彼女を待っていれば、ジョディは不思議そうな顔をして近寄ってきた。


「ごきげんよう。エルズワース様。お待たせしてしまいましたか?」

「いいや。俺が早く到着してしまっただけだ」


 いつもと変わらない和らな笑みを浮かべるジョディを見て、胸の鼓動が激しくなった。彼女はますます不思議そうな顔をする。俺は勢いよく、彼女の目の前で片膝をついた。


「エルズワース様?」


 驚いたジョディが俺を立ち上がらせようと慌てた。慌てた彼女も可愛いと密かに思いながら、用意してあった言葉を告げる。


「愛している。俺と結婚してもらえないだろうか?」


 彼女に花束を差し出した。

 ピンクと赤のガーベラ、そしてブルースターをメインに作った可愛らしい華やかな色合いの花束だ。

 もちろん、色々な花言葉を調べてこれを選んだ。作ってくれた花屋の女性には欲張り過ぎだから、プロポーズには赤いバラがいいと言われたが、気持ちを全部入れようと思うとこうなってしまう。


 ジョディは顔を真っ赤に染めて、目を潤ませた。


「エルズワース様、わたくしたちはすでに婚約しているのですよ?」

「それでも俺の口から結婚を申し込みたかった」


 じっと下からのぞき込むように熱い眼差しを向ければ、ますます赤く染まる。


 ああ、可愛い。


 知り合いは皆彼女のことを冷たい美貌の令嬢と言うが、そんなことはない。冷たく見えるのは人よりも整った美貌があるからだ。


 左右対称の整った小さな顔。バランスよく配された目や鼻、きめ細かな抜けるような白い肌は人形のようにも見える。唯一、人形ではないと思わせるのはぽってりとした赤い唇だろうか。


 整い過ぎた顔立ちは人々を近づけさせないが、本当はとてもロマンチストで感情豊かだ。それを知るのは俺一人で構わない。


 彼女は伯爵家の長女で俺とは政略による婚約だ。婚約してもう5年になるだろうか。

 愛を囁いても、こうして正式に結婚を申し込んだのは今日が初めてだ。


 ロバーツ侯爵家に政略結婚で嫁いでくるのではなく、俺に望まれて結婚するのだと自覚してほしい。ジョディにいつでも愛を囁いていても、半分ぐらいしか信じていない。それは俺の努力不足もあるが、それ以上に周囲にはびこる悪意の方が問題だった。


 ロバーツ侯爵家と縁続きになりたい貴族家は掃いて捨てるほどいるのだ。そいつらがジョディを排除しようとあの手この手を使ってくる。


 悩んだ末に思いついたのが王城での公開プロポーズだった。


 ジョディは体を震わせているが、それは感動からなのか、他の感情がこみあげているのか。

 女心など俺にはよくわからない。だから絶対に誤解しないように、言葉を惜しまない。

 

「俺には君だけだ。君が側にいてくれたらいい」


 花束を受け取ってもらおうと、彼女の目の前へと差し出した。震える手がその花束に伸ばされた。花束に触れるかどうかの所で、俺は彼女の手を握りこんだ。彼女は驚きに目を見開いた。そしてジワリと涙が目の縁にたまる。


 それは感動の涙だろうか。拭ってやりたいが、まずは返事が欲しかった。


「エルズワース様」

「ジョディ、答えをもらえないか?」


 顔を赤くして涙をこぼしている彼女にそっと促せば。


「わたくしも愛しています。ずっとおそばにおいてくださいませ」

「ジョディ、ありがとう」


 ほっとしながらも立ち上がって、彼女を抱きしめる。ちらりと周囲を見れば、こちらをちらちらとみている人々がいた。昼前の一番人通りの多い時間帯だ。時間があるのか、立ち止まってこちらを見ている人もいる。


 こうして俺たちが心を通じ合わせていると示すのが目的だ。


 少しだけ屈んで、近い位置にある彼女の唇に自分のを合わせた。初めは触れるだけ。もう一度、彼女の存在を確認するようにやや深めにキスをする。


 恥ずかしいのか、ジョディの体が小さく震えた。


「こんなところでキスだなんて誰かに見られてしまうわ」

「見ている人も、君が俺に愛されていると知るだけだ」


 半年後、俺たちは盛大な式を行い、夫婦になった。

 俺はこの日を忘れない。


 光の中に立つジョディの美しさは天上のものかを思うほどだ。一緒に選んだ婚儀用のドレスは彼女の美しさをさらに際立たせた。

 ほっそりとした体をしながらも女らしい丸みがあり、首をすっぽりと隠している意匠だというのに匂い立つほどの色気がある。


 彼女の美しさに見入っていれば、さっと頬に朱がさした。


「あまり見つめないでください。恥ずかしいですわ」

「それは無理だ。今すぐ攫って寝室に籠りたいぐらいだ」

「もう!」


 怒ったような口ぶりだが、その表情はどこか嬉しそうで俺も自然と笑顔になった。ジョディをいやらしい目で見ている招待客を殺したいと思ったのはこの時が初めてかもしれない。


 仲良く過ごしていれば、子供ができるのはすぐだった。

 結婚して1年目には彼女のお腹は大きくなっていた。


 ジョディに子供ができたことは喜ばしいことではあったが、正直に言えば、もう少し二人の時間を持ちたかった。

 ジョディが妊娠したのは二人の愛の証なのだからいいのだが。


 いいのだが……。


 子供にジョディを取られてしまうのは気に入らない。子供は生まれたらすぐに乳母にでも預けようと考えていた。 そんな邪な考えをしていた俺であったが、生まれた子供を見てそんな考えは吹き飛んでしまった。


 バラ色に染まったすべすべのほっぺ。

 ぽってりとした唇。

 くっきりとした緑の瞳は大きく、零れてしまいそうなほどだ。

 黒髪は艶々だ。



 ――うちの子は天使に違いない。



 それが生まれた我が子を見た感想だった。


「うふふ。可愛らしいわ。貴方の黒髪を受け継いでいて」

「顔立ちは君にそっくりだ。きっと美しい娘になるだろう」

「貴方は大変ね。変な虫がつかないか、ピリピリしていそうだわ」


 最愛の妻。

 妻によく似た娘。


 愛しい二人は頬を摺り寄せ、幸せそうに笑う。その姿を見ているだけで不思議と力が出てくるのだから、男というのは単純にできている。


 だってそうだろう?

 こんなにも愛おしいものを守らない男がいるわけがない。


 俺はこの二人のために生きていく。

 不思議と自然とそう思えたのだった。




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