迷い道
玉凜王都までの道のり。早く王宮編が書きたい。
しばらく玉凜が王都に行くまでの話になりそうです。
「お父様。いま何と…?」
いい生まれでもないのに“お父様”なんて滑稽だが、玉凜に呼ぶように教え込んだ母は満足げだった。
身分の高い暮らしに憧れているのは知っているが庶民が真似て使ったところで滑稽なだけだと母は気づけ無い。
そういう所が、元から育ちのいい人にも嫌われるし、母と同じ育ちの人にも嫌われるという事に気づいていない。どこまでも愚かで美しい母は玉凜の中で永遠のお花畑を駆け巡る身分卑しき公主様だった。
「ちゃんと聞け、何度言わせる。お前の嫁ぐ家が決まった。烏合にある商家だ。」
「いつ…でしょうか。」
「一週間後には送りの準備ができる。それまでに荷物をまとめておけ。残したものはこちらで処分するからな。」
それだけを面倒くさそうに告げると父は“家族”のいる部屋へ戻っていた。
(一週間…。本来そんな期間で決まるはずもない。どうせ“いつも通り”玉凜の意見など仙や神獣のように夢、幻とでも思っているのだろう…。「残したものは処分する」か…。)
知っていた。十分すぎるほど知っていた。玉凜の成績が下がると獣でも取り付いたかのように激高する母が怖くて何回も読み込んだ書よりも繰り返し、繰り返し知っていたのだ。
誰からも愛されていなくても、必要とされなくても、疎まれていても玉凜にとって。
玉凜にとってはこの場所が生家なのだ。
目から勝手に溢れてくる液体のせいで口がしょっぱくなり始めたので
玉凜は自分の唯一の居場所である布団の中に潜ると声を押し殺して泣いていた。
それがこの家で玉凜に許された泣き方だから-
「不思議ですな。」
独り言をよそをっているが、玉凜に話しかけてきているのだろう。
億劫でたまらなかったが、婚家の人間に下手な対応をして父の耳にでも入れられたらたまらない。
「不思議…ですか。」
「左様、全くもって左様。普通未来の旦那様の事や烏合の事を聞きたがるのではないかな。」
「はぁ…。では、どのような方なのでしょう。
一瞬来ないことも危惧した父が普通にいた、見送りで何やらお互い母を除き、気詰まりに上辺だけの挨拶を交わし、馬車に乗った後一言も喋らない玉凜に気を使ってか、息詰まりを起こしたか迎えの使者がべらべらと話しかけてくる。
「そう、お暗い顔を召されるな。生家から離れるのは寂しいかもしれんが烏合はいい所ですぞ。玉凜様の生家がある茗溪なんて比べ物になりません!・・・。あ、いや失礼。
しかし、烏合は都にも劣らないほど綺羅びやかで毎日楽しく過ごせましょうぞ。なんせ、都から商人が行き来する場所です。いろんなものがみらますぞ。」
旦那様の事を聞いたのに、なぜ烏合の話ばかりなのだろう。
「旦那様になる方はどのような方なのでしょう。」
「そのほかにも、烏合は・・、ああ。やはり気になりますよね。まあ、なんだ良い方ですよ。とてもね。烏合でも五本の指にはいる大商家ですし、頭もいいし、顔も悪くない。前に細君がおりましたが離縁済です。お気に召される事はない。結婚すれば玉凜様も自動的に都の籍になりますし、ここだけの話ですが、近年中に名字を買おうとしているのですよ。きっとお幸せにしていただけるでしょう。」
(・・・・。う、うさんくさいわ。)
まあ、結婚前の花嫁に旦那の悪口を耳に入れようとするわけはないわね。
「玉凜様お疲れですか。烏合まではまだまだありますからなぁ。この先に久賀という町があるので、日が暮れる前に行きましょう。」
家を出てからずっと、慣れない人や景色不安だらけの状態に緊張が続いていたのか馬車にも関わらず疲労していた玉凜は、とても嬉しかった。
(あと、少しで休めるわ。)
玉凜がほっと一息つこうとした時、馬車がぐらりと揺れる。
「おぃ。こっちには客が乗ってんだぞ、どういうつもりだ!」
「す、すいやせん。さっきから変だなと思ってたんですが木の中に人影が、どうやらつけられてるらしいんでさぁ。」
「なにっ!野盗か。おい御者久賀には警備兵はいないのか。」
「いるわけないでしょ。あんなすたれた町なんかぁ!どちらかというとはぐれ者の頭が治安維持に貢献してるくらいでさぁ」
「俺が行きで来た時はこんな危険な感じじゃなかったぞ。ったく。とにかく久賀を目指せ。なんとか助けを呼ぶんだ。報酬は弾むぞ。」
「言われなくても、馬共全速力でさぁ!」
「玉凜様!ちゃんと捕まっててくださいね!!」
「は、はいっ!」
怖いっ。このまま捕まったたらどうなるの。どこかえ売り飛ばされたり、最悪生きてはいないわ。
玉凜様は初めて死の恐怖に怯えていた。
父にいくら暴力を振るわれようとも世間体をとかく大事にする父だ。
けして玉凜を殺しはしないという“安心感”はあった。
(お願いっ。このまま逃げ切って!どうかっ。お願い!天よお願いします。今まで不幸だったのだから、このときぐらい助けてよっ。)
いつだって玉凜は心の中で助けを求めて来たが、無駄たった。
父に手を振り上げられた時だって何度願ったか。
そして、それは今回も同じ結果だけを玉凜に与えつづける。
「きゃあ!」
馬車が大きく揺れると止まり、馬の鳴き声と何かがドサリと落ちる音がした。
「何事だ、御者は無事なのか。」
無事だなんて微塵も思っていないだろう。男は先程御者をせっついていた時とは違い打って変わって小声で誰にでもなく呟いていた。
馬車の扉がガチャリと開く-
そこには警備兵が、なんて。
目をギュッと閉じてゆっくり開いてみたら幸せな展開なんて。
あるはずもなく、中を覗き込んで来たのは野盗の集団だった。
「おぃ、女がいるぞ!しかも、若い!これは当たりだな!」
「な?俺のカンが当たったろ?」
玉凜を見るなり嬉しくないことに喜色満面の笑みを浮かべたま若い男の横から背の高い男が覗きこんでくる。
玉凜の顔色は青を通り越してもはや白くなっているが、恐怖で声も出せなかった。
そんな、玉凜とは対象的に使者の男は野盗が若い男、しかも最近子供を卒業したような幼い連中だらけなのをみて逆に安堵したらしい。
「おいっ、ガキども!なんのつもりだかしらないが、俺たちは都の役人にも伝手がる人間だぞっ!どうなるかわかっているんだろうなっ!さっさとしっぽ巻いてどっかにいけ!金ならくれてやる!」
懐から銭袋を取り出すと野盗の足元へ投げつける。
「えー?いーの?おじさん優しーね。でも、俺たちは優しくないからそっちの女の子は頂戴ね。」
「バカをいうなっ・・ぐはっ」
背の高い男が使者の腹に拳を入れるとずるっと力が抜け落ちたかのように倒れ伏してしまった。
それを見て玉凜はいよいよ絶望的な気持ちになる。
もう、もうこれで助けてくれる人は誰もいないのだ。
「慧、そこの女の子だけど頭のところに連れてくよ。」
背の高い男が若い男に諭すように話しかける。
「なんでさ。頭に見つかると面倒じゃん。」
「今回情報あげたの俺だろ?連れて行かないなら、頭通さずに狩りした事バラすよ?」
「なっ、そんな事したら叱られんのお前もだからなっ」
「知ってるさ。でも決定。」
「さっ、こっちへ降りてきてくれるよね。お嬢さん。」