3.なんちゃってホラー
ある夏の夜。
帰宅してすぐ、私は部屋に荷物を置きに行き、そして洗面所で顔を洗った。同棲して二年、彼にすっぴんを見られることにも慣れている。
タオルで水滴を取り、化粧水や乳液をつけ、そしてジャージに着替えてリビングに向かった。
――カチャ……
扉を開けると、そこには見慣れた彼の、見慣れない姿があった。
右腕から血を流していた。
左手には、それを抑えたであろう血痕がついていて、彼はリビングの真ん中で立ち尽くしていた。
「あぁ、大丈夫だよこれくらい」
彼はいつも通り笑う。その穏やかな笑みに、私は胸が痛んだ。
本当はわかってた。
私が帰ってきたとき、マンションの玄関から後をつけられてたってこと。
「ごめん、まさかあなたが私の代わりに刺されるなんて…!」
気づいてたって、言えなかった。
だってそうでしょう?私は彼が刺されるかもってわかっていて、こうして部屋に戻ってきた。
叱られるのが怖くて、気づいていたことは告げなかった。
彼は、腕から血を流しながら笑っていた。フローリングにあるヤツの亡骸は、まだ片付けられていない。
「刺されるのは、僕の役目だよ」
夏のはじまり。私たちの戦いはこれからだ。
「ところで殺虫剤、どこ?あと1匹いると思うんだよね。あぁくそ、痒いな」
「さっき買ってきたわ」
ティッシュで彼の腕の血を拭うと、まん丸い膨らみができていた。