セチャイの言葉
『 人間にとって大切なのは..."真理"を見つけることらしい
例えば"矛盾"。
絶対に貫く矛と絶対に貫かれない盾
どっちが勝つのか...。そこに"真理"が生まれる
真理というのは..."真実"と似ている
だが真実と真理は全くの別物である
コウモリと鳥の羽根は...それぞれ違う器官だったように
相似であるが合同ではない.....
そう難しく考えるな...感じなさい...
そうすればきっと"真理"は見えてくる...かもしれない
真理が見えない人もいる
真理が見える人もいる
それが"真理"であり、"真実"である』
..........上記の言葉は、フリアンガリッシュの記憶の中の偉人「セチャイ・フォールスマン」の言葉である。
セチャイは真理学者である。
周りの人々からは「エセ哲学者」と揶揄されることも多かったが、どんどん力をつけていった。
メキメキと"力"...つまり「ツいてくる者」を増やした
フリアンガリッシュは"真理"をハッキリと理解はしていなかったが、不思議とセチャイの言葉に惹かれた
分からない方が良いという事はこのことなのかもしれない
フリアンガリッシュはそう思っている。
フリアンガリッシュは"真実"を悟ろうとしていた。
しかしそれはあまりにも恐ろしい"真実"だったので彼は目を瞑った。
二度と開かなければいいとさえ思えた。