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#8

 ネルを代表に四人が俺の前に立ちはだかる。

 その瞬間、魔力の粒子が舞い上がる。大魔法を行使するための準備だ。まず主体であるネルが発動困難な立体多重型魔法陣を構築し、そこにカルと呼ばれた可愛い系男子生徒と、エレナと呼ばれた美女系女子生徒が全力で魔力を注ぎ込む。グレイスと呼ばれた知的系男子生徒は大魔法の照準制御を担っていた。


 いきなり仕掛けてくるつもりか?

 しかしそんなこと事前にどうやって打ち合わせ――ここでようやく俺は事態の深刻さに戦慄した。すべて向こうの計画通りなのか? まず【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】を使わせて最強の防御力を削いでからの大魔法――なるほど沖田小次郎が天才と称するわけだ。


 ネル・イニエスタ――その名前は記憶に刻んだぜ。

 おそらく優秀であろう班員の魔力を借りるとはいえ、これだけ大仕掛けな魔法の発動は簡単なことではない。ネルが激励を込めてなのか仲間に声をかけた。


「私の戦略を信じてくれるかしら?」

「当然のことっすよ」

「あったり前だろ」

「そうでなければ拒否していますよ」


 詠唱時間を経て――大魔法が発動する。

 嘘みたいに早くて瞬間的に気が逸れてしまう。


 それは風系魔法で最高位に値する【極上鎌鼬<エアラキル>】だった。超高速の真空の刃が無数に襲ってくる魔法だ。避けるべきか防ぐべきか非常に悩ましい。僕は向こうの様子を窺うために逃走を選んだ。どういうわけか誰一人追跡して来ないが、おそらくそれが向こうの計画なのだろう。


 ひょっとして僕を遠ざける目的なのか?

 確かに葵を押さえられたら勝ち目はない。

 どうする? 否――逆だ。向こうも明確な案がないなら攻めあぐねている。だったらこちらが慌てる必要はない。きっちりと準備整えてから女狐を打ち落とせばいいだけの話だ。


 刹那――追撃してきたエアラキルの猛威が襲いかかる。

 おそらく学園内でも上位四人の詠唱した大魔法だけあって俺の防御魔法では手に負えない。だから放たれた風を刃を素早く動いて凌ぐ。高位魔法といっても俺を仕留められるほどじゃないからな。


 しかし面倒臭いことに変わりはないんだよな。この無数に発生する風の刃は標的を無作為に狙っている。故意でないだけに動きが読み難い。それが高位魔法の威力と言ってしまえばそれまだがこれ結構きついんだよな。


 俺が風の刃を回避すると背後の木が無残なまでに刻まれる。当たり前の話だが舐められない魔法だ。高速移動をしていても刃が誘導してくる。ネルの考えはおそらく俺の足止めだろう。残りの班員が葵を追い払えば勝機は目に見えているからな。


「俺一人じゃ勝てないとでも思っているのか?」

「は?」


 最初に反応したのはエレナという女子生徒だ。ネルもなにか発言したそうだったがカルとグレイスは慎重だった。真剣に侮れない。というのも四人の構成が非常に練られている。おそらく前衛はネルとエレナ、後衛はカルとグレイスだろう。


「速攻よ!」


 その言葉に合わせてネルとエレナが俺の両横から魔法を放つ。怖ろしく素早い上に連携も完璧だ。時間を優先した簡易詠唱の不意打ち魔法だが、俺じゃなければ普通防げないぞこんな攻撃!


「やっぱり防げるのね」


 後ろからネルに声をかけられるやエレナが正面から仕掛けてきた。反射的に肘で本気の一発を決めたが死んでないだろうな? 奇襲が失敗したからだろうかネルの動きが止まる。


「俺を甘く見過ぎたんじゃないか?」

「違うわ」


 言うが早いかネルは【煉獄の鎖<ガトリーチェーンⅢ>】を発動する。次の瞬間、大仰な銀の鎖が俺の身体に絡む。対象者の動きを制限するだけのしょぼい魔法だが、こういう手段を俺が嫌う戦略と判断したのだろう。


 俺は魔法を解除して銀の鎖を消し去った。もちろんネルも想定していた出来事だろう。素早く姿を消し第二第三の罠にかけるつもりなのだ――いや足止めが最優先の目的か?

 ところがだ。予想外の事態が起きる。


「動くな架神! 森山葵を捕らえた」


 男子生徒の一人が気絶した葵を押さえて喚く。距離にして五十メートル、時間にして一秒くらいだな。


「おいおい、模擬戦でも対象者を殺したら失格だぞ。捕虜なんて脅しが通じないことはわかっているだろうが?」


 苛つきながら俺は静かに足を進めたつもりだった。しかしそれより先にネルが捕獲者にドロップキックをかましている。それは見事なくらい決まっていた。もうなにがなんだかわからない。


「ごめんなさい。私たちの負け、ただ反則は許して頂戴」

「本当にいいのか?」

「もちろん戦えるならまだ戦いたいけど班員の態度は恥ずべき行為だわ」

「お前、いい奴だな。葵を人質に取られたら俺が無抵抗になるのはわかっていたことだろ?」

「知らなかったの? 私が倒したいのは古代魔法を使ってくるような架神くんなんだけど? 真剣勝負じゃなくなるなら戦う意味がないわ」

「そりゃどうも」


 俺は両腕を組んで思考する。

 こういう優秀な眷属が本気でほしいんだよな。わからないかもしれないが冗談じゃなく使えない奴の使えない感えぐいの知ってる? 俺のストレスを溜めるという仕事しかしないんだぜ? とはいえ愚痴っていても仕方がない。俺は詠唱中の魔法を止めてネルへ声をかける。


「知っていたのか?」

「あのね、私はただ傲慢な女じゃないのよ?」

「わかっているから迷惑しているんだ」

「あらそう。ごめんなさいね」


 ネルは真顔で話を再開する。


「あの馬鹿の不正行為は私のドロップキック一発で許してくれないかしら? 勝ちを取り急ぎ過ぎたのは許し難いけど悪い生徒ではないわ。事実、森山葵の身体を見ればわかるでしょう?」


 その通りだ。あいつは勝つための手段として森山葵を人質に取っただけで最初から傷付けるつもりはなかった。選んだ方法は別として本当にただネル班を勝利に導きたかっただけなのだろう。なにせ寝込んで出したであろう涎まで拭いてくれているからなあ。


「お前はこの結果に納得できるのか?」

「気が早いわね。模擬戦なんて連日のように開催される総当たり戦なのよ?」


 なるほど――俺の勝ち逃げというわけにはいないわけだな。いいだろう面白いじゃないか? いずれ言い訳のしようがない勝ち方をしてやる。不意にネルが宣戦布告とも取れる発言をした。


「私の班は統制が取れていなかったわ」

「まとまっていれば俺と葵に勝てたと?」

「当然よ」


 平然とネルは言い切った。その瞳に迷いはない。つまり本気で俺と渡り合うつもりなのだ。


「俺の班に欲しいんだが来れないのか?」

「はっ?」

「森山葵は疎いところもあるが信頼の置ける奴だ。しかも強いぜ?」

「そんなことは【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】で証明されているわ」

「確かに出てきた全裸男子の意味不明な実力で召喚者の力がいかに優れているか判断できるな」

 エレナが口を挟んでくる。ネルは「小次郎様よ」と反論してから見解を述べた。

「というかVクラスの召喚魔法で全裸の男子生徒が出てくるってあの子大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないだろうな。Vクラスの魔法で上級生を強制召喚しているくらいだからさ。本当ならもっと得体の知れないものを呼び出せるだろ?」

「あの全裸男子も普通じゃなかったぞ?」

「エレナ、しばらく黙っていてくれる?」

 ネルは忠告しながら葵へ視線を向けた。

「あなたもそうだけど――この学園には油断ならない人物が多いみたいね」

「それは俺の台詞だ」


 ぐったりしている森山葵を背負い場を去る。すでに敗北宣言を受けているので無茶なことはして来ないだろう。俺は最後に心残りになっていた質問をする。


「総当たりなら優勝みたいなやつもあるのか?」

「当たり前でしょう。勝者のいない戦いなんてないわ」


 つまりただ全班と戦うだけではないわけだな。魔法科はネルの班が最大手だが、反旗を翻している連中もかなり多い。勝ち星の食い合いになれば俺の班もネルの班もどうなるかわからない。

 しかしまあ、今は森山葵の容体が優先だ。


「なんなら私たちの班で運びましょうか?」

「別にいいよ。移動系魔法には自信がある」

「そう言えばそうね。心配して損をしたわ」


 良い奴なのか悪い奴なのか本当にわからないな。とりあえず勝利への追及は怠らないが誰彼構わず喧嘩を吹っかけるわけじゃないというところだろうか?


「カル、エレナ、グレイス、勝手に敗北を宣言してしまって悪かったわね」

「全然悪いと思ってないっしょ?」

「ほんとそれ」

「だけどそれがいいんですよね」


 三者三様の意見が口から漏れた。どうやら向こうの班も仲違いはしていないらしい。しかし四人掛かりとはいえ風系魔法で最高位に値する【極上鎌鼬<エアラキル>】を詠唱してくるとは考えてもいなかった。


「あのさ、ちょっといい?」


 そんなときカルと呼ばれた少年が話しかけてくる。


「できれば先を急ぎたいんだが?」

「訳のわからない魔法で沖田小次郎を召喚できるその子、すごく優秀だと思うならちゃんと大切にしてあげてね」


 にこっと笑う顔からは敵対心を感じられなかった。エレナは舌打ちしていたがグレイスは助言してくる。


「これだけの戦力差で勝ちを拾えたのはすごいことですよ」

「拾えた?」

「確かに失言でしたね」


 俺が突っ込むとすぐに修正してきた。


「救護は専門家に任せたほうがいいかもしれないわね」


 言うが早いか学園の救急班が向かってくる。あとはあれこれ押しやられるうちに流れに従うしかなかった。さすが本職だけあって治癒系は完璧で安心して一息吐ける。


「あなたもかなり消耗しているみたいね?」

「俺の治療はいい。それよりあいつらに魔力の一つでも分けてやったらどうなんだ? 平気な振りをしているがあれだけ短時間で精度の高い【極上鎌鼬<エアラキル>】を詠唱したんだから余力があるわけがないからな」

「あら知らなかったの? 新入生でも私のことくらい憶えておきなさい。特殊な能力だからわからないのも当然のことだけど――私の近くにいると【神のおもてなし<リフレッシュV>】の恩恵を受けられる。致命傷なら別だけどそうじゃなければ大丈夫よ」


 さらっと言ってくるが本当にすごい。師団長級でも唱えられる奴いたか? それを常に詠唱状態にしておけるなんてどんな化物だよ。


「あまり小次郎を酷使しないでね。あの子、文句は多いけど頑張るでしょう? こっちとしてはどうしても心配なのよね」

「ちょ――あなたまさか?」

「小次郎の母だけど?」


 どう見ても二十代後半にしか映らない女性が沖田小次郎の親と名乗った。怖い怖い怖い。学園三年生の子供を持つなら若く見え過ぎじゃないか?


「変な顔しないでくれる? まあ歳の離れた姉と勘違いされることも多いから仕方ないんだけどね。ともかく私が救助に駆け付けたのだから安心しなさい」


 治癒と防御に特化した一族ね。やれやれ俺の真逆だ。


「ちなみにこいつ、森山葵っていうんですけど大丈夫ですか?」

「正直なところ【極上鎌鼬<エアラキル>】を詠唱した四人より重症かな。わかってるでしょうけど【絶対強制召喚<エンド・オブ・ザ・サモンⅤ>】は最高位級の魔法を超えている。息子への恋心が足りなければ命を落としてもおかしくない状況よ」


 黒髪をポニーテイルに纏めた沖田小次郎の母と名乗る女性は森山葵の額に触れる。眉間に皺を寄せたあと俺に詰問してきた。


「どうしてもっと早く私を呼ばなかったの!」


 事情はわからないが緊急事態であることは理解できた。すぐさま治癒系の魔法を唱えながら愚痴ってくる。班員の負傷なので俺としても無視はできない。


「なにをすればいい?」

「この子、早く小次郎に合わせないと死ぬわよ」

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